第53話 『シュザリア』の討伐

『ウイーナ』は、農業が盛んな町だ。


 魔物襲撃に備えた壁の中は、様々な作物が実り、王都と港町『ズィルバーフン』に食物を運んでいる。


 その『ウイーナ』の町から離れた林に『シュザリア』は群を作っているそうだ。


「着きましたね」


「ここですか?……結構時間がかかりましたね」


「……これでも早い方ですが」


 呆れる様にホーメルはヒナヒコを軽く睨む。


 まだ日は一番高い場所まで上っていない。


 通常ならば、この場所に来るまでに日は頂点を越えているはずなのだ。


「そうなんですか?」


「どっかの誰かが、あんな風に魔物を倒すから……」


 街道は武装していればあまり魔物に出くわさないが、道から離れると襲われる。


 その魔物に襲われることも計算して、討伐の計画は組まれるのだ。


 今回も『シュザリア』がいる林まで向かおうとしたところ、大きなネズミの魔物『デッドワズ』に襲われた。


 その刃のような歯は、人の首など簡単に切り落とせる。


 そのため、『デッドワズ』は普通の狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)ならば、強い魔物として認識されている。


 しかし、ホーメルは『ズィルバーフン』の騎士で、『蜂』の部隊長だったのだ。


『デッドワズ』ならば一太刀で斬り伏せるし、彼女の部下も2~3回切りつければ倒してしまう。


 そのため、『デッドワズ』を倒すことはそんなに難しいことではなく、時間もかからない。


 問題は、だから、ヒナヒコの倒し方なのだ。


「原型が無くなるほどにぐちゃぐちゃに潰してしまって……あんな風にしては、肉も討伐部位も取れないでしょう?」


 魔物は倒しても、肉や皮など使えそうな部位を切り分けて回収する。


 その解体に一番時間がかかるのだが、今回はヒナヒコが解体が出来ないほどに魔物をぐちゃぐちゃに潰してしまったのだ。


 ゆえに、ここまで早く来てしまっている。


「倒してみろというので、つい……」


「はぁ……まぁ、今回は『デッドワズ』が狙いではないのでいいですが。でも、『シュザリア』はあんな風にグチャグチャにしてはいけませんよ? 討伐部位が必要ですし、肉は人気がありますから」


「人気……って、食べるんですか?」


「部位によっては。昨日の食事にも並んでいましたよ……って、そう言えば口を付けていませんでしたね」


「……おいしいのかな?」


 ポツポツとヒナヒコが独り言をつぶやく。


「聞いていないし」


 二人が話していると、偵察に行っていた部下達が戻ってきた。


「林の中に『シュザリア』の群を確認しました。数はおおよそ二十匹。『暴走(カタストロフィ)』の兆候はまだありません」


「よし。じゃあ行きますよ」


 馬から下りて『シュザリア』がいる林へ向かう。

 徒歩だ。


 騎乗では空を飛ぶ『シュザリア』を狙いにくいし、馬をましてや魔物を調教した『プラッド』を攻撃されると損害が大きい。


「とりあえず、僕はその『シュザリア』をグチャグチャにしないで殺せばいいんですよね?」


「ああ……どうします? 難しいようなら私たちだけでもいいですが……」


 人には得手不得手がある。


『シュザリア』の肉体をただの血の固まりにするような攻撃しか出来ないなら、正直今回の討伐には邪魔になるだけだ。


「いえ……心配しないでください。今度はちゃんと綺麗に殺しますよ」


「……そうですか」


 林の数十メートル手前で歩みを止める。


 ここが間合いの境界線だ。


『シュザリア』は当然、ホーメル達の接近に気づいている。


 しかし動かない。


 逃げもしないし襲いもしない。

 それは、互いにとって攻撃が必殺に届いていないからだ。


 この距離ならば、たとえ弓を用いても『シュザリア』は避けるだろう。


 もっとも、それは通常の狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)の話だが。


 ホーメルが腰に手を当てる。


 出てきたのは槍。

 金色に輝くホーメルの背丈ほどの大きさの比較的小型の槍。


 投合するには少々大きい槍だが、その槍をホーメルは林にいる『シュザリア』の一匹に向ける。


 線が走った。


 まるで何事も起きなかったような静けさで、『シュザリア』が落ちる。


『シュザリア』の首には穴が空いていた。


『蜂針』


 ホーメルの槍に仕込まれている武器の一つ。


 ホーメルの魔力を使用して撃たれる『針』は100メートル離れた場所にある岩石にさえ突き刺さり貫通する。


 二匹目、三匹目。


 次々とホーメルは『シュザリア』を落としていく。


「……ち。さすがに動くか」


 魔物は仲間の死を気にしない。


 仮に目の前で同種の魔物を惨殺しても行動は変わらないのだ。


 休憩しているなら休憩しているし、食事をしているなら食事を続ける。


 何の変化も起こさない。


 しかし、『群』を作っている時は別だ。


『暴走(カタストロフィ)』まで発展すれば、ただ暴れ壊し殺すだけの集団になるのである意味では変化が起きないのだが、『群』の時はなぜか同種の魔物の死に反応するのだ。


 その理由は定かではないが、まるで自分が危機に落ちたように、『群』の魔物は仲間の死に動く。


 林から陰が飛び出る。


『シュザリア』だ。


「……おい! これのどこが二十だ!?」


『シュザリア』の群を見てホーメルが怒鳴る。

 その数、軽く見積もっても五十匹はいるだろう。


「そんな……木の上には……奥に隠れていた?」


「呆けるな! 死ぬぞ!」


 偵察に出ていた部下の一人が想定より多い『シュザリア』の群に唖然とし、ホーメルが檄を飛ばす。


 もう隊長ではないが、しかし皆ホーメルからの指示を期待し、ホーメルもそれに答える。


「『プラッド』まで走れ! 距離を置く! 私が殿だ!」


 ホーメルはもう一本槍を出す。


 二匹『シュザリア』が落ちた。


 しかし落ちた『シュザリア』はすぐにほかの『シュザリア』の陰に隠れる。


「ヒナヒコ! お前も走れ! ネット! ヒナヒコを頼む!」


『シュザリア』の数が増えていく。


『暴走(カタストロフィ)』寸前の量だ。


 紛れもなくその群は人類の脅威であり、だからこそ、ホーメルは昂揚し、笑みを浮かべていた。


 それが『蜂』。


 ホーメルの全身に力がみなぎり、熱を帯びていく。


「ねぇねぇ」


 ふいに、ふにっと、ホーメルの頬がつねられた。

 むにむにとその感触を楽しむのは、ヒナヒコである。


「……何をしている!? 走れと言ったよな!? 私は!!」


 隣にいたヒナヒコに驚き、ホーメルは怒鳴る。


 しかし、ヒナヒコはなんてこともないように言う。


「アレを倒しに来たんですよね? 何で逃げるんですか?」


「バカ! あの数を見ろ! アレを全て倒すには時間がかかる。私もある程度時間を稼いだら逃げるから、お前も……」


「倒すんですよね?」


 ヒナヒコは頬から手を放しをホーメルの前に立つ。


「……バカ! いいから私に任せて……」


「大丈夫ですよ」


 ヒナヒコは『シュザリア』の群に向けて手をかざす。


 それだけだった。


 それだけで、バラバラとまるで枯れ葉のように『シュザリア』が落ちていく。


「今度はちゃんと綺麗に殺せたでしょ?」


 傷一つ付いていない、大量の『シュザリア』の死体を積み上げたヒナヒコは、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

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