第52話 ズィルバーフン

 汗だ。


 感覚が伝えてくる。


 暑かったのだろう。

 熱かったのだろう。


 ヒナヒコはゆっくりと体を起こす。


 周囲を見渡し、何も壊れていないことを確認する。


 起きたら鳴らしてほしいと言われたベルを振る。


 すると、黒い髪のメガネの女性、ケイナが入ってきた。


「汗が……体を拭かれますか?」


「ああ……そうですね」


 ケイナがお辞儀をして部屋をさり、すぐに手ぬぐいとお湯を張った桶を持ってくる。


「では、失礼いたしま……」


「自分で拭くから置いておいて」


 そのままヒナヒコの体を拭こうとするのを制止して、ヒナヒコは体を拭く。


 向こうでは朝シャンをしていたが、体を拭けるだけでも上等だろう。


「今日は……魔物退治か」


 聖域で手に入れた装備に着替え、ヒナヒコは部屋を出た。



 朝食のあと、屋敷の外へ行く。


「で、これからどこに行くの?」


『プラッド』……大きい馬に跨がり、話しかけたのはヒナヒコの前に乗っている金髪の女性、ホーメルだ。


 甲冑の隊長の任は解かれたが、ヒナヒコの護衛として魔物討伐の部隊に参加するのだ。


 なお、ほかのメンバーも昨日ヒナヒコと戦ったホーメルの部下達である。


「まずは組合(ギルド)に行って情報の確認をしましゅ?」


 ふにっと、ヒナヒコはホーメルの頬を潰す。


「……何をするんですか?」


「いや、柔らかくて気持ちがいいから」


 ふにふにとヒナヒコはホーメルのほっぺで遊ぶ。


「いいですか? 私は確かにヒナヒコ様の命令に従うように言われておりますし、誓いもしました。しかし、ほっぺたで遊ぶようなことは……」


「びよーん」


 ヒナヒコがホーメルのほっぺたを引っ張った。


「おお、本当によく伸びる」


「っっっ!!」


 ホーメルが後ろ向きにゴンゴンと頭をぶつける。


 しかし、ヒナヒコの方が背が高い。


 胸の辺りに頭をぶつけても大してダメージはなかった。


「こ、の! この……!」


「はいはい。組合(ギルド)って所に行くんですよね? 急いで急いで」


「ううううううう!!」


 離せとも言えずに、ホーメルはヒナヒコにほっぺたを遊ばれながら組合(ギルド)に向かった。



「……けっこうにぎわっているんですね」


『ズィルバーフン』の町を進んでいく。


 町の至るところに露天が並び、活気づいている。


「『ズィルバーフン』は『フォースン』唯一の港町ですからね。外国の品も取り扱っていますし、この時期は気候も安定しているので商品も多いんですよ」


 説明してくれたのは、ホーメル隊の副隊長、今は隊長のネットだ。


 金髪を三つ編みにしていて、大人しい印象の女性である。


 ちなみに、ホーメルはふてくされている。


 手綱は握っているが、下を向いて何の反応もない。


 ヒナヒコが遊びすぎたのだ。


 さすがに気の毒になったので、もうヒナヒコもホーメルのほっぺたには触っていない。


「あちらが組合(ギルド)です」


 ネットが指を指している方向には、門がありその先に建物があった。


「門って……向こうだけじゃないんですね」


 ヒナヒコは元来た道、ズィルバの家の方を指す。


「あちらの門は領主であるズィルバ様専用の門なんですよ。元々はこちらを使っていたのですが、同じ場所を使用すると、民が緊張してしまうので」


「ふーん」


 昨日ヒナヒコが入ってきた門が領主であるズィルバ専用だとするなら、ずいぶん質素であった。


 今、目の前にある民用の門の方が遙かに立派で大きいのである。


 これは、ズィルバが個人で使うのに大げさは門は必要ないと拒んだからなのだが、そんなことは気にせずに、ヒナヒコたちは進んでいく。


 門を出てすぐ脇に組合(ギルド)があった。


「本館は町の中にあるのですが、素材の買い取りをするために外にも出張所があるのです」


 ヒナヒコたちが本館に行かずに出張所に向かうのも、本館は人の出入りが激しく、馬を止めておくスペースもないためである。


「ホーメル様、お待ちしておりました」


 組合(ギルド)から若い女性の職員が出てくる。


「失礼、ホーメルは現在別の任務についている。話は私が聞こう」


 ネットが降りて、女性と共に組合(ギルド)の出張所に入っていった。


「……そういえば、なんで組合(ギルド)に来る必要があるんですか?」


 ネットがいなくなったので、ヒナヒコはホーメルに聞いてみた。

しかし反応がない。


「ねえねえ。どうしてですか」


 なので、プニプニとほっぺたをつつく。


 しかし反応がない。


「ねぇ」


「うひゃっ!?」


 しょうがないので、ヒナヒコはホーメルのわき腹をつついた。

 ビクリをホーメルが小さく跳ね上がる。


「あ、気が付きました? どうして組合(ギルド)に来たんですか?」


「こ、こいつ……くそっ! いいか……いいですか? 組合(ギルド)には狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)が討伐した魔物の情報があります」


 さんざん無視を決め込んでいたホーメルがヒナヒコに解説する。


「その情報を元に、私たちが狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)が討伐出来なかった魔物を倒しにいくのです」


「ふーん……でも倒せなかったって、そんなに狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)って数が少ないんですか?」


「少ないわけではありません。しかし、彼らは生きるために魔物を倒します。ゆえに、倒しやすい魔物や、近くにいる魔物に討伐が集中するのです」


「つまり、俺たちは今から狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)の人たちが討伐出来ない魔物……遠いところにいく魔物を倒しにいくってことですか」


「……まぁ、大半はそうですね。彼らは『プラッド』のような強靱な馬を持っていませんから」


「でも、そんな遠い場所の魔物なんて倒さなくてもいいじゃない?」


 ヒナヒコの意見に、ホーメルは呆れたように目を細める。


「アホですか? 魔物は定期的に討伐していないと繁殖して暴走(カタストロフィ)が発生するんですよ」


「暴走(カタストロフィ)?」


「……そんなことも知らないのですか? 色々知識がないと思っていましたが……本当にどこから来たのか」


 ホーメルが呆れているが、インストールされている知識にそのようなモノはなかった。

 暴走(カタストロフィ)が一般的な知識ではないのか。


 判断は出来ないが、ホーメルが説明を続ける。


「魔物は一般的に子供を作りません。例外もいますが、自然に発生するモノだと言われています。そして、魔物の数が多いほど、増えるスピードも早くなるのです。そのまま、一定の範囲に魔物が増えすぎると、なぜか魔物達が強く、より凶暴になり暴れ始めるのです」


「……それが暴走(カタストロフィ)」


「なので、我々が定期的に狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)に魔物が狩られていない場所に行かないといけないのです。わかりましたか?」


 ヒナヒコがホーメルの説明にうなづいていると、ネットが戻ってきた。


「現在、『ウイーナ』の方に『シュザリア』の群れがいるようです。町から離れていますので、そちらに向かいましょう」


「『シュザリア』って……」


「鳥の魔物です。問題ないでしょう。ここにいる者は皆弓をあつかえるし……」


 ホーメルはくるりとヒナヒコの方を向く。


「『風の力』とやらの使い手もいるんですから」

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