第51話 ズィルバとビーナ

「ケイナとホーメルは?」


 夕食のあと、ズィルバは自室にビーナを呼んだ。


 今は甲冑姿ではなく、肩口で切りそろえてある金髪が夜風にさらさらと揺れている。


「伽もなく、部屋から出されたそうです。ケイナは悔しがっていましたよ。ホーメルはほっとしたようですが」


「そうだろうな」


 ケイナは元々中央の奴隷だ。


『フォースン』では現王の施政から奴隷の制度を廃止したのだが、一年ほど前に密輸入された所をズィルバが保護した。


 身分を回復させ、望む場所に送るとケイナに提案したのだが、断られ屋敷で雇うことになったのだ。


「『若くて眉目秀麗な方に仕えたい』というからヒナヒコにつけたが……やはりダメか」


「ケイナもホーメルも、見目はよいと思うのですが」


「無理だろう。ヒナヒコが怯えている」


 ビーナが不思議そうに首を傾げる。


「怯え、ですか? しかしヒナヒコ様は悠々としているようでしたが……」


 ヒナヒコはいつもニコニコと笑顔を浮かべていた。

 ホーメルを殺そうとしたときもだ。


 怯えなどあるのだろうか。


「見た目だけ、表情だけだ。あれは。ここにくるときも、屋敷に来てからもずっと周囲を気にしていた。食事も、飲み物以外ほとんど口を付けていなかっただろ?」


「そういえば、そうですね。しかし、何に怯えているのでしょう。彼はホーメルが救援要請をするほどの『力』を示しました。怯えるほどの弱者ではないと思いますが」


「『力』があるからといって、強いとは限らない。特に内面はな。多分、そのままだよ。あの子の心は、そのままだ」


 ズィルバの目が、細く遠くを見る。


 きっとその先にあるのはヒナヒコではない。


 強くて孤独で傷ついた少年の背中だろう。


「……だから保護したわけですか。ホーメルを解任してまで」


 やれやれと、呆れるようにビーナは肩をすくめる。


「そんなわけじゃないが……それにいつも言っているだろ? 俺はおまえ達『蜂』をクビにしたいってな」


 二カッとズィルバは笑って言うが、ビーナは刺すようにズィルバを睨むだけだ。


「……辞めませんよ」


「辞めていいぞ?」


 空気だけの音が、痛いほどに聞こえてくる。


「……ま、この話はいいか。そんなことよりもヒナヒコのことだ。俺が興味を持ったのはそれだけじゃない。ビーナはどう思った? あの子の『力』を」


 ズィルバの問いに、ビーナは少し視線を落とす。

 出てきたのは率直な感想だ。


「恐ろしいと。『風の力』と彼は言っていましたが、あれはまるで『災害』です。人が手にして良い『力』だとは思えませんでした。特にあの白い武器」


 ホーメルの規律違反。


 ズィルバの命令に反したことは許されないことだが、正直その気持ちは良く分かった。


 ヒナヒコが見せた力の片鱗は、この国ごと滅ぼすかもしれない。


「……『神秘』でしょうか? かの『ブラウドラッフ』でも彼を押さえられるとは思えません」


 押さえられるとすれば、目の前にいる彼女の主か、『王』か、東の迷宮にいる『王子』だろう。


「どうだろうな。聞いたこともない『風の力』知られてないだけか……別の世界の力か」


「騎乗の時にお話されていたことですね? 『この世界に送られた』とヒナヒコ様はおっしゃっていましたが。追求しないので、聞き流していたかと思いましたよ」


 ビーナは微笑みながら言う。


 ズィルバがそんなミスはしないことは、ビーナはもちろん知っている。


 ズィルバも軽く笑いながら話を続ける。


「出身地には触れられたくないようだったからな。しかし別の世界……『異世界』か」


「どう思われているのですか? 普通に考えれば、彼らが隔離され、洗脳され、『中央』などで育てられた兵士の可能性が一番高いと思われますが……」


 そんな人物をズィルバが歓待するとも思えない。


 ズィルバは大きく伸びをすると、体をほぐす。


「確かにヒナヒコの髪の色は『中央』に多い色だ。だが、ヒナヒコの話では20人以上……『中央』以外の各大陸に現れたらしいから80人以上か。そんな人数の『力』の持ち主を送る余裕があるとは思えない。そんなことをするなら『迷宮』の探査に使うはずだ」


「では……本当に『別の世界』からやってきた、と?」


「『異世界』の考察がないわけではないからな。確か、『シャフラー』のじいさんも研究していたはずだ。一番はそれこそ『中央』だろうが……」


 ニヤニヤとズィルバが笑みを浮かべる。


「……楽しそうですね」


「まぁな。強力な『力』を持つ『別の世界の人間』これに興奮しないほど、年をとったつもりはない」


「だから一ヶ月と……出そうと思えば、ズィルバ様ならすぐに船を出せるでしょうに」


 ビーナの言葉に、ズィルバはおどけるように反論する。


「いや、いやいや。いくら俺でも『国の船』は簡単には動かせないぞ? 許可を得るためにもまずはヒナヒコのことをよく知らないとな。」


「……そんな顔しても説得力はありませんよ。遊びでしょっちゅう動かしているくせに」


「『俺』が使うのと『客人』が使うのは別の話だろ? それより……別の奴らの動きはどうだ?」


 ビーナは脇に抱えていた木の板を確認する。


「……10名ほど、王都の方にヒナヒコ様の仲間と見られる人物達が確認されております。目的はそのまま滞在するか『東』の迷宮のようですね」


「こっちには来ていないのか?」


「……現在『ウイーナ』に数名いるようです。おそらくは『ズィルバーフン』まで来ると思われますが……お会いになりますか?」


「そうだな。来たら報告するように組合(ギルド)に連絡しておいてくれ」


「かしこまりました」


 ビーナが部屋を出ていく。


 ズィルバはそれを見届けると、肩をゴリゴリと鳴らしながら席を立つ。


 そして、腰に手を当てる。


 現れたのは、彼の背丈の倍はある太刀。


「これを抜くようなことが起きなければいいが……」


 ズィルバの腕がブレた。


 ズィルバの腰にある太刀は鞘に収まったままのように見える。


 しかし、確かにズィルバは『風』を切っていた。

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