第49話 ズィルバの家

「……海だ」


ズィルバと共に馬に騎乗し、ヒナヒコはズィルバの館に来ていた。


造りは平屋で、とにかく広く、雰囲気としては中国のお城といった感じだ。


ズィルバの館は小高い丘に建てられているので、実際は海まで距離があるのだが、そこから見える広大な景色は海で間違いない。


「こんな景観の良いところに、こんな豪華な屋敷を建てられるなんて……ズィルバさんはやっぱり偉い人なんですか?」


ヒナヒコの今更な質問に、ズィルバは豪快に笑いながら答える。


「ハハハハ! まぁ、そこまでではない。ただ俺は王から町を任せられているだけだ」


「……町を?」


「ああ。ようこそ新興国『フォースン』唯一の海に接した町。『ズィルバーフン』へ」


町の名前に、ズィルバの名前が入っている。


どうやら、ズィルバの名前を聞いた時点で、港町の領主だと分かるようだった。


(……町の名前までは記憶に入っていないなぁ。そういえば、町に入るとき警備兵みたいな人が敬礼していたっけ?)


甲冑の集団なので、兵士長か何かなのかと思っていた。


しかし、ズィルバは領主であった。

少々気まずい思いをしながら、ヒナヒコはズィルバの屋敷を案内されるのだった。


「おお。来たな。さぁ座ってくれ」


ゲスト用の部屋に通されたあと、ヒナヒコはズィルバに夕食に招待された。


ヒナヒコが食堂に入ると、ズィルバは見目麗しい女性達を侍らせて座っている。


なんというか、ザ・遊び人といった感じだ。


ズィルバに促された席を見ると、ヒナヒコの横の席にも女性がいる。


黒い髪の女性と、金髪のツインテールの女性。


二人とも、胸元がはだけている扇状的な衣装を着ている。


豊満な肢体を惜しげもなく強調していて、目のやりどころに困ってしまう。


しかしながら、ほかに空いている席もないので、ヒナヒコは大人しく彼女たちの間に座った。


イスはなく、床に敷物を敷いてあるので、座る位置は調整できる。


ヒナヒコが座ると、金髪の女性は距離を空けたのに、黒い髪の女性は距離を縮めて来た。


「本日給仕をさせていただきます。ケイナと申します」


ヒナヒコの右隣に座っている黒い髪にメガネをかけた女性がニコリと挨拶をしてくる。


年齢はヒナヒコよりも上だろう。

ケイナの作られた笑顔に、ヒナヒコも会釈で答える。


「……挨拶はどうした?」


ズィルバがヒナヒコの左隣に座っている金髪の女性をにらんでいる。


金髪の女性はビクリと肩を振るわせると、おずおずとした様子でヒナヒコに挨拶をする。


「……ホーメル、です。よろしくお願いします」


「……へ?」


金髪の女性の名前を聞いて、ヒナヒコもさすがに驚いた。


ホーメルは、さきほど甲冑を着てヒナヒコと戦った甲冑の隊長のはずである。


なのになぜ、目のやりどころに困るような衣装をまとい、顔を真っ赤にしながらヒナヒコの隣に座っているのだろうか。

衣装も化粧も、先ほどの甲冑の隊長のイメージとかけ離れていて、分からなかった。


「ホーメルは俺の命令を聞かなかったからな。『隊長』の位を剥奪した」


「……はぁ」


「なのでヒナヒコがこの国に滞在する間、ホーメルにヒナヒコの『護衛』を命じることにした」


「はぁ?」


わけがわからない。


ズィルバがこの町の領主ならば、命令に違反したホーメルが隊長の位を剥奪されるのは分かる。


しかし、なぜヒナヒコの『護衛』になるのだろうか。


「『護衛』といっても、実際はお世話係りだ。ヒナヒコのどんな命令にも絶対に服従するように言いつけてある。そいつは好きに使ってくれ」


つまり、ヒナヒコの『護衛』をすることがホーメルに対する罰なのだろう。


だが、ヒナヒコがホーメルを必要とするかは、別の問題だ。


「ヒナヒコ、様に誠心誠意お仕えいたします。どのようなご命令でも従いますので、お側に置いてください」


たどたどしく、ホーメルが言う。


言葉の端々から嫌々言わされている事が伝わってくる。


「うーん……そんな事言われてもですね」


ヒナヒコは、なんとなくホーメルの頬を軽くつねってみた。


「っ!」


反射的にヒナヒコに攻撃しようとしたのか。

ホーメルの体がビクリと動いたが、そのまま何もしなかった。


「自分を殺そうとした人物を近くに置く……というのもね」

(……お、きもちいい)


ホーメルの頬はまるでお餅のようにふにふにと柔らかい。


楽しくなって、ヒナヒコはそのままホーメルの頬で遊ぶ。


「心配しなくても、『騎士』として誓ったことを破る奴ではない……と俺は信じているが」


ズィルバはじっと見ているだけだ。


決定権はヒナヒコにあるのだ。


無理強いはしないつもりらしい。


「ふむ。どうですか? ホーメルさん。アナタはちゃんと僕の言うことを聞けますか?」


ふにふにとヒナヒコはホーメルの頬をいじる。


ホーメルは顔を真っ赤にして、涙を流してヒナヒコを睨んでいた。


『騎士』の隊長をしていたのだ。

ヒナヒコから受けている扱いは『屈辱』以外の何物でもないはずだ。

しかし、ホーメルは体を振るわせ、ヒナヒコに攻撃はしてこない。


「はい……私ホーメルは、ヒナヒコ様の命令に忠実に従いま……しゅ!?」


ぷにっと、ヒナヒコはホーメルの頬を両手でつぶした。

ホーメルの唇がタコのイラストのように突き出ている。


「あはは……マヌケな顔」


「っっつつ!!??」


ホーメルは手のひらから血が出るほどに拳を握りしめている。


しかし、決して抵抗しないし攻撃もしてこない。


目だけは、今にも殺しそうなほどの殺気と涙を含んでヒナヒコを睨んでいるが。


「……まぁ、いいか。『優しさを忘れるな』て兄さんにも言われているし。よろしくね、ホーメルさん」


にこりとヒナヒコは微笑むとホーメルから手を離した。

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