第48話 ヒナヒコの目的

「では……俺の屋敷で話を聞きたいのだがいいだろうか?」


 ズィルバが立ち上がりながらヒナヒコに聞いてくる。


「ええ。いいですよ」


「……いいのか」


 驚いたように言ったのは金髪の甲冑の女性隊長ホーメルである。


「ん? どうしたんですか?」


「え、いや……」


 ホーメルは立ち上がりながら、少し困ったようにキョロキョロと下を見る。


「……私が話を聞きたいと言った時と態度が違うな、と」


「それは当たり前でしょう。僕に協力してくれると言ったズィルバさんと、怪しんできたお姉さんとじゃ対応も違います」


「……そうか」


 とホーメルは落ち込んだように下を向いたまま自分の馬に戻っていく。


 そんなホーメルの態度に不思議そうにヒナヒコが首を傾げていると、ズィルバが教えてくれる。


「ホーメルはあれでも皆から慕われているからな。色々思うことがあるんだろう。それよりヒナヒコ。一ついいか?」


「なんですか?」


「なんでお前、そんな顔をしているんだ?」


 ズィルバに指摘され、ヒナヒコは自分の顔に手を当てる。

 どうということはない。

 今、ヒナヒコはちゃんと『優しそうに微笑んでいる』はずだ。

『優しさ』を忘れないように。


「そんな、ってもともとこんな顔ですけど?」


 ヒナヒコの返答にズィルバは軽く眉毛をあげた。


「……なるほどな。まぁいい。とにかくその腕の傷だな。ビーナ!」


 呼ばれた甲冑の女性が馬を引いてやってきた。


「任せたぞ」


 そう言ってズィルバはビーナが引いてきた馬に跨がる。


「かしこまりました。ヒナヒコ様。私は『回復の力』を持っています。その力でヒナヒコ様の治療をしたいのですがよろしいでしょうか?」


「……どうぞ」


 ヒナヒコはホーメルに切られた部分をビーナに差し出す。


「ありがとうございます」


 丁寧な口調でお礼を言うと、ビーナはヒナヒコの傷口に両手を向ける。


 ビーナの手が淡く光り、ほんわりと温かくなる。


(……これが『回復の力』か。あの……ミカって人とどう違うのか。分からないな)


 傷の大きさも違うので、早さを比べることも出来ない。


 ただ、腕の切り傷は1分もすれば見事に消えた。


「よし……終わったな」


 ズィルバが馬に乗り近づいてくる。

 そして、ヒナヒコに向けて手を差し出した。


 自分の馬に乗れということなのだろう。


「……アナタの馬に乗るんですか?」


「ああ。見ての通り俺の部下は女ばっかりだ。たまには男同士の話もいいものだ」


 ズィルバがニカリと笑う。


 ヒナヒコもつられて少し苦笑してしまう。


 そのまま、ヒナヒコはズィルバの手を借り、前に乗った。


「……その顔だな」


「え?」


「……いや。事情を知らない俺が言う事じゃないか。道すがら色々聞かせてくれないか? この鞍は魔術具だから『プラッド』に乗っていてもほとんど揺れないしな」


 馬のような生き物は『プラッド』というらしい。


 もっとも、少々大きいだけで馬とほとんど変わらないが。


 ズィルバが『プラッド』を走らせる。


 確かに、『プラッド』の動きに比べ、ほとんど揺れない。

 これなら会話をしていても舌を噛むことはないだろう。


「いいですよ。兄に会うために協力してくれるならお話しますよ。何でも……というわけにはいきませんが、当たり障りのない会話なら」


「そうか。と言っても当たり障りのない会話といえば出身地の話などになるが……それは答えられないんだろ?」


「ええ。それでホーメルさんとも揉めたので……あれ?」


「ん? どうした?」


「いえ、なんで出身地の話がダメだとわかったのかな、と」


 ヒナヒコの疑問に、ズィルバは笑って答える。


「それは、ホーメルの任務が『それ』だからだ。昨日からこの一帯で、年齢の割に妙に豪華な装備をしている集団が目撃されてな。旅慣れている感じもないし、どこから来て、どんな目的で行動しているのか調べさせていたんだ」


(……なるほど。どうりでホーメルさん達は最初から僕を疑っていたわけか)


 ヒナヒコが今身につけている装備も、高校生達が身につけているモノほどではないが、十分豪華な代物なのだろう。


 だから、ヒナヒコに色々聞いてきたわけだ。


「……どうなんだ? 実際。ヒナヒコはその集団に心当たりはあるのか?」


「そうですね。多分ズィルバさんが言っている連中は、僕が元々リーダーをしていた集団だと思いますよ」


「……ほう? これは当たり障りのない話じゃないのか?」


 ズィルバの声が少し高くなる。

 警戒はあるのだろうが、それ以上に興味が強いようだ。


「別に、大した話じゃないので。強制的に知らない奴らのリーダーを任せられたので、集団自体を解散させました。なので、そいつ等の情報を僕は持っていないし、話すことも特にないです」


「つまり、当たりようも障りようもない話ってわけか」


「そういうことです」


 ヒナヒコがおどけて見せると、ズィルバが軽く笑う。


「なるほどなるほど。ちなみに……言いたくないなら言わなくてもいいが、ヒナヒコ以外のその集団の目的は何か分かるか? 全員、ヒナヒコの兄さんに会いたい、とか」


「いや、それはないです。というか、目的……」


 ヒナヒコは集団の一人、ナガレが語っていた目的を思い出す。


(……世界を支配する、なんて目的の奴がいたことは言わない方がいいんだろうな、さすがに)


 どちらにせよ、すでにナガレはヒナヒコがボコボコにぶちのめしている。

 言わなくて問題はないだろうとヒナヒコは判断した。


「……どうした?」


「いえ、集団に決まった目的は特にないですね。適当に集められた集団なので」


「適当に?」


「ええ、適当に武器やら装備を与えられて、適当にこの世界に送られた人間達です」


 ヒナヒコの答えに、ズィルバは少しだけ考えて口を開く。


「……なるほどなぁ」


「……疑わないんですか?」


「何?」


「いや、自分で言っていても胡散臭いな、って」


「ん? 確かに話はよくわからんし、おそらく言っていないことも多いのだろうが……嘘は言っていないだろ?」


 ズィルバはカラカラと笑う。


「まぁ、だいたいわかった。元々よくわからない事態だ。適当に集められた者が適当に散らばったのなら、合点もいく。ところで、次はヒナヒコの話だが」


 ズィルバは、少しだけ声のトーンを落とす。


「お前さん。何の力を持っているんだ?」


「……それは」


「ああ。スマン。別に言いたくないなら答えなくてもいい。しかし、見たところ風を操っていたようだったからな。だから『魔法の力』かと思ったが、白い剣を出しただろう? あんな魔法は見たことがなくてな」


 ただの興味本位だ。とズィルバは言った。


(……風を使っていたことまで知られたんだ。じゃあ、別に言ってもいいのかな? 兄さんの話だと、『力』が珍しいモノの場合は隠し通せっていっていたけど今の話だとそうでもないみたいだし)


「ちなみに、俺はまだ使える『力』を持っていなくてな。東の迷宮で手に入れなくてはな、と思っているのだが、遠くてなかなか……」


「『風の力』」


「ん?」


「僕の力は『風の力』です。ああ、そうだ」


 ヒナヒコは一つ思い出す。


「僕の目的は兄さんに会うことですけど……あと一つ、空を飛びたいんです。『風の力』で」


 そう、ヒナヒコは笑いながら言った。

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