第47話 ズィルバ
「話そうって……僕からは特に話すことはないんですけど」
「本当にそうか? 困っていることがあるなら協力するぞ?」
「……協力」
ヒナヒコにとって、この国に来た目的はないがやりたいことはある。
兄、カグチに会うことだ。
そのためには、協力してくれる者がいてくれたほうが効率的であろう。
ズィルバは笑顔のままだ。
敵意はないように思える。
「……わかっ」
とりあえず、話をしてみようとヒナヒコが体から力を抜いた時だ。
背後から、金髪の隊長ホーメルがヒナヒコに槍を突き出していた。
「っ……!」
ホーメルの槍は、ヒナヒコの腕を掠めていた。
とっさに発動した『風の力』で槍の軌道をそらしたが、間に合わなかったらヒナヒコは死んでいただろう。
腕から血が出ている。
その傷の痛みが伝わるよりも早く、ヒナヒコの奥から熱が湧いてくる。
『熾烈』の熱が。
「ズィルバ様! お逃げください! こいつは話が通じるような奴ではありません! ビーナ! 早く……」
ヒナヒコは振り返り、ホーメルの方を向くと右手を挙げた。
ヒナヒコの右手で風が蠢き、そしてそれは形になる。
白く長い一本の刀。
それは、その刀身の色とは真逆に禍々しい形をしていた。
まるで『災害』そのもののような。
その刀が振り下ろされれば、確実に死ぬ。
ホーメルは一瞬で悟った。
自分だけではない。
アレは周囲の全てを巻き込み、破壊するだろう。
ヒナヒコの腕がぴくりと動く。
振り下ろされるは、破壊の風。
「……!?」
しかし、それが振り下ろされることはなかった。
ヒナヒコとホーメルの間にズィルバが立っていたからだ。
(……いつの間に)
ヒナヒコは自分を傷つけた相手を、ホーメルを見ていたはずだ。
なのに、気がつけばズィルバが目の前にいた。
それぞれの立ち位置を考えれば、ズィルバはヒナヒコの後方にいたのだ。
そのズィルバがまったく関知されずに目の前に立っているということは、もし仮にズィルバが武器を持っていたらヒナヒコの命を奪っていたかもしれない。
反射的にヒナヒコは自身の首と胸に手を当てるが心臓は動いていた。
怪我をしている感覚はない。
ホッとする間もなく、ズィルバが動く。
ヒナヒコは身構えるが、それが終わるよりも早くズィルバの行動は終わっていた。
「……すまなかった」
ズィルバが低い声で言う。
ズィルバの行動は、今の姿勢は見事な土下座だった。
(……いや、少し違うか?)
ズィルバは足を組み、身を屈めた状態で地面に肘を付け、両手は頭の横で手のひらを上にしている。
顔はしっかりと地面を見据えていて、ヒナヒコの感覚で言うなら、まるで何かを献上しているように見える。
「……その格好はなんですか?」
「この姿は、我が国では相手に許しを乞うときにするモノだ」
「……許し?」
「ああ。俺の部下の非礼を許してもらえないだろうか?」
ズィルバの格好は、やはり土下座に近いモノのようだ。
しかし、そうだとすると、人の上に立つ人物がそんな簡単にして良いものだろうか。
ヒナヒコが目線をずらすと、ホーメルが慌てている。
「な……ズィルバ様! そのような事をしては……それに、早く……」
「何をしているのかはアナタの方です。主が頭を下げているのに、アナタは何をしているのです?」
声が聞こえた方を向くと、ズィルバと共に来た甲冑たちが全員馬から降りて膝を付いている。
「ビーナ!? しかし、アナタも見たでしょう? この少年は何か恐ろしい! メンドクサイという理由で私たちを殺そうとした。会話が通じるとは思えない。ズィルバ様を連れて逃げないと……」
「ホーメル! いい加減にしなさい!」
恐らく、ズィルバが引き連れてきた甲冑たちの中で一番偉いのだろう。
ビーナと呼ばれた甲冑がホーメルを一喝する。
「ズィルバ様の判断です。アナタは何を命令されましたか?」
ホーメルは噛みしめるように堅く口を閉じると、ゆっくりと膝をつき、槍を地面におく。
ホーメルに続くように、彼女の部下たちも馬から降りて武器を捨て、膝を付いた。
皆、声を発しない。
ズィルバも黙ったままだ。
「これは……僕が何か言う流れですか? うーん……」
もう、戦う空気ではない。
熱かった『熾烈』も冷めていく感覚がヒナヒコにはあった。
同時に、白い剣が風に紛れて消えていった。
「ズィルバさん、でしたっけ? 確か、協力してくれるという話でしたけど、例えば僕が別の国に行きたいと言っても協力してくれますか?」
ズィルバは頭を下げたまま答える。
「別の国? 場所によるが、力になれる場所なら協力しよう」
「なら……北の……『ゾマードン』だったけ。そこに行きたいんですけど、協力してくれますか」
何を思案するように、数秒時間を置いたあと、ズィルバが言う。
「わかった。出来るだけのことはする」
「じゃあ、そういうことで」
ヒナヒコはズィルバに近づき、手を差し出す。
しかし、ズィルバは頭を下げたまま動かない。
「えっと……ほかにも何か?」
「許しをもらえるまで、この姿勢は崩せない。申し訳ないが、一言『許す』と言ってもらえないだろうか」
少しだけ、ズィルバの口調が明るい。
「……許す」
ヒナヒコがそういうと、ズィルバはゆっくりと顔を上げる。
その顔は実に、うれしそうに笑みを浮かべていた。
「許しついでに……名前を聞かせてくれないか?少年」
「ヒナヒコ」
「そうか、よろしくなヒナヒコ」
ズィルバは力強くヒナヒコの手を握った。
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