第46話 女騎士

(……装飾品が派手だよな。そうとう偉い地位の人なんだろうけど……女性の地位が高い国なのか? まぁ、男女平等な国なだけかもしれないけど。けど、この国の王様は男性だったよな?て、どうでもいいか)


 目の前の集団のリーダーが女性だろうが男性だろうが関係ない。

 一番重要なのは、なぜヒナヒコに話しかけてきたのか。そして何を聞いてくるのか、だ。


(とりあえず様子をうかがうか)


 カグチからも、いきなり権力者にはたてつかず様子を見るように言われている。


「……僕のことですか? いったいどのようなご用件でしょうか?」


「そうだ。何、大した事ではない」


 声を張り上げなかったが、甲冑の女性は聞き取れたようだ。

 距離にして5メートルは離れているのだが、耳は良いようである。


 もしくは、甲冑に何か細工がされているのか。


 あんな甲冑で頭を覆われていたら、普通聞こえない声のはずだった。


「見たところ一人旅のようだが、どこの町の者だ。その服装、市井の者ではないだろう?」


(……服装?)


 ヒナヒコは自分の着ている装備をみる。


 それは、昨日手に入れた支給品の装備達だった。

 

 制服を着たままよりも目立たないと考え、装備を

 変えたのだが、これでも、この世界の一般人が着る服ではないようだ。


(って、当たり前か。いろいろ弾くとか書いてあったし。しかしわざわざ確認されるような服装なのか、これ)


 甲冑の女性の質問になんと答えるべきか。


 異世界からやってきたという説明をして信じてもらえるのだろうか。


(あまり異世界のことは言わない方がいいって兄さんは言っていたっけ?)


 権力者に知られると、いろいろ面倒な事になるし、そもそも信じられない可能性が高いそうだ。


(……適当にごまかすか)


「僕はそこらへんの……遠い町の出身です。この装備は兄からもらったものです」


「……私は町の名前を聞いているのだが?」


「遠いので、名前を言ってもわからないと思いますが」


「いいから言え。それとも言えないのか?」


 甲冑の女性が腰に手を当てると、彼女の身長はありそうな槍が出てきた。


 何か、槍を収納出来る装備があるのだろう。


(……面倒なことになったな)


 ごまかそうとしたが、ごまかせなかった。


 町の名前を言えと言われたのに、答えられなかったので当たり前だが。

 しかし、この世界に来たばかりヒナヒコに、町の名前の知識などない。


 適当な名前を出したところで、結局は怪しまれただろう。


(王都出身ってことにしとけば良かったかな? いや、でも市井の者ではないとか言っていたから、名前とか聞かれてボロが出ていたか)


 この状況を打破する方法はないか。


 ヒナヒコは考えるが、すぐに考えるのをやめる。


「……メンドクサいし、もういいか」


「何?」


 ヒナヒコの周りを、風が渦巻き始める。


「……風? 何をするつもりだ?」


 敵意を見せたと甲冑の女性は判断したのだろう。


 女性が馬を走らせ……ようとしたときだ。


 ヒナヒコはすでに接近し、女性の腹に手を当てていた。


「っっ!?」


「飛べ」


 濃密な風の固まりを受け、ギュルギュルと回転しながら甲冑の女性が吹き飛んでいく。


「隊長!」


 周りにいた甲冑達も女性のようだ。


 吹き飛んだ隊長を見たあと、腰に手を当て武器を取りだし、ヒナヒコを囲む。


 槍、剣、弓、杖。


 様々な武器がヒナヒコに向けられていた。


「貴様……ただですむと思うなよ」


 甲冑の女性達は明らかな敵意をヒナヒコに向けていた。


 その敵意を感じ、ヒナヒコは思わず震えた。


「……どうした? 震えて、怯えてい……ひいっ?」


 震えるヒナヒコの顔を見た女性は、悲鳴をあげた。


 同時に、ヒナヒコの顔を見た女性以外も、あまりの寒気に声が出せなくなる。


「……ああ……はぁ……」


 ポツポツとヒナヒコがつぶやく。


(……なんだ、コイツ)


 ちょうど、ヒナヒコの後ろ。


 甲冑の女性達の中で副隊長に当たる地位の女性は、腹の底から感じる寒気に、その寒気を与えている目の前の少年に確かに怯えていた。


「暑い……熱い……熱が……『熾烈』が……ふふっ」


 ヒナヒコが振り返る。


 その顔は、笑っていた。


 凶悪を張り付けたような、笑顔だった。


(……死ぬ)


 ヒナヒコに見られた瞬間、汗が吹き出て、そして体温が失われていく。


 確かな死の予感。


 終わりの予兆を感じ取り、副隊長の女性は体から力を抜く。


 ヒナヒコが手のひらを向けた。


「……待てっ!」


 あと数瞬で、副隊長にヒナヒコの手が触れようとしたとき、二人の間に槍が落ちる。


 続けて、金色の髪の女性が着地した。


 女性は、槍を地面から引き抜き構える。


「……隊長!」


 金色の髪の女性は、先ほどヒナヒコに吹き飛ばされた甲冑の女性達の隊長だった。


 頭の甲冑は、ヒナヒコに吹き飛ばされたのだろう。


 かなり遠くに飛ばしたはずの女性が戻ってきたことに意識を取られ、ヒナヒコは攻撃の手を止めてしまう。


「なんのつもりだ?」


 だから、隊長の質問も、ヒナヒコの耳に入った。


『熾烈』が、少しだけ収まる。


「なんの……って。いや、メンドクサかったので」


「メンドウ……だと?」


「はい。武器を向けられたし……じゃあ、殺してもいいかな、って」


「殺す……?」


 平然と殺すと言ってのけたヒナヒコに、隊長は戦慄した。


 おそらくは、本当に、ヒナヒコは彼女たちを殺してのけるのだろう。

 メンドクサイと、簡単に。


「……もう一度聞くが、お前はどこの者だ? 別の国か?」


「遠いところです。町の名前を言っても分からないと思います」


「じゃあ……なにをしに、この国に来た?」


「別に、何も」


「……はぁ?」


 ヒナヒコの答えに、女性は思わず疑問の声だけ出してしまった。


「っというか、来たくて来た訳じゃないし……て、これも言わない方がいいんだっけ? ああ、メンドクサイ」


 ブツブツとヒナヒコがつぶやく。


「……で、もう質問はないですか? 殺していいですか?」


 ヒナヒコが、スッと隊長に手を向ける。


「いや……その……」


「ああ……メンドクサイ……ん?」


 遠くから、馬の足音が聞こえてくる。


 その数は、甲冑の女性達よりも明らかに多い。


「……応援?」


「間に合った」


 隊長がほっと息を吐く。


 甲冑の女性達の10倍はある人数が、ヒナヒコ達の所へやってくる。


 その中で一人だけ、鎧を身につけていない銀色の長い髪の男性がいた。


 まるで、温泉旅館に置いてある浴衣のように緩やかな着物の男性は、ゆうゆうと前に出てくる。


「ホーメルから珍しく救援要請が来たが……こんな小僧が相手とは」


「んなっ!?」


 男性を見て、なぜか金髪の隊長、ホーメルが驚いたような声を出す。


「さて……とりあえずおまえ達は武器を下ろせ。そして話そう。そこの強者よ。俺の名前はズィルバだ。よろしくな」


 ズィルバは、ヒナヒコを見てニカッと笑うのだった。

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