第45話 甲冑との遭遇

 「……ふぅ」


 天使が送っていた支給品を手に入れた翌朝。


 聖域から離れ、周囲の竹林を抜けてヒナヒコは道に出ていた。


 ミカはいない。

 ミカは聖域に残るそうだ。


『私はここにいるから。忘れないでね』


 と、朝からむしゃむしゃと仙桃を食べながら言っていた。


「……まぁ、聖域の外がこんな感じなら分からなくもないか」


 ヒナヒコが後ろを振り返る。


 点々と見える赤い物体は、魔物だったモノだ。


 カラスのような魔物『シュザリア』や痩せた牛のような魔物『シュティア』。


 聖域を出てから、これらが執拗に襲ってきたのだ。


(『風の力』で一撃だったけど。これが、襲ってきた魔物が弱かったのか。それとも『風の力』が強すぎるのかだけど……)


『風の力』を纏った状態で腕を振れば、魔物達はグチャグチャにつぶれて死んでいった。


 あまりにあっさりと倒せてしまうので、ヒナヒコの『熾烈』が熱を持つことも無かったほどだ。


(……強すぎるんだろうな『風の力』が。聖域の外。竹林みたいな場所にはどう見ても『人が殺された跡』があったし)


 ヒナヒコが殺した魔物以外にも、竹林には血痕がいくつも残っていた。


 その血痕の近くには、高校生達が着ていた制服の切れ端のようなモノが残っている場所があったのだ。


 状況から考えて、血痕は殺された高校生のモノと見るべきだろう。


(……まぁ、いいか)


 ヒナヒコが高校生達を脅さず落ち着いた状態で聖域から旅立たせていれば、高校生達の命運は違っていただろうが、そのことをヒナヒコが考察することはない。


 ヒナヒコ自身、カグチに会うことで頭がいっぱいなのだ。


(とにかく、僕が考えないのいけないのはどっちに行くかだ。人が集まる王都に行くか。船がある港に行くか……)


 カグチとの打ち合わせでは、別の場所に転移させられた場合、連絡が取れるような大きな街に行くように言われていた。


(でも結局船に乗って行くなら、最初から港に向かった方がいいのか?それに僕が『空を飛べる可能性』もある)


 昨日、『風の力』を試した結果、高く飛び上がることしかできなかったが、まだ数時間しか使っていない。

 カグチも言っていたし、今後飛べるようになる可能性がある。


 そのとき、港にいた方が便利だろう。


「……よし。じゃあ西の港に行くか……どっちが西だ?」


 いざ行こうとして、ヒナヒコの足が止まる。


 当たり前だが方位磁石など方角が分かる道具や能力などヒナヒコは持っていない。


「……太陽はこっちか。ってことは西はこっち?ん?でも、ここ異世界だよな? 太陽で判断できるのか?」


 世界が違うのだ。


 そもそも、方角の考え方が地球と異なる可能性は大いにある。


 どう進もうかしばらく悩んだヒナヒコであったが、すぐに切り替える。


「分からんから、とりあえず道沿いに進もう。途中で村か町があるだろうから、そこで聞こう。もしくは人が歩いていたら、その人に聞けばいいし」


 右に進む道か、左に進む道か。きょろきょろと周囲を見て、なんとなく決めた右の道にヒナヒコは歩き始める。


 知らない道。


 誰もいない道。


 スマホで調べればすぐにマップが表示され、初めての場所でも迷うことなどなかったが、もちろん異世界にスマホなんてあるはずがない。


 ヒナヒコもその未知な経験に恐怖は感じていたものの、しかし怯えることはなかった。


 それよりも、何よりも、まずは兄との再会が優先される。


 ゆえに、ヒナヒコは迷うことなく進む。


 しばらく歩き、誰とも会えないまま、体感でそろそろお昼頃だろうと感じ始めた時だ。


 歩きながら持ってきていた仙桃や、汲んだ水を飲んでいたので、お腹は空いていないがふとある考えが閃き、ヒナヒコは足を止める。


(『風の力』で早く歩けないか?)


 空は飛べないが、歩くスピードを変えることは出きるかもしれない。


 ナガレと戦ったとき、吹き飛ぶように早く移動することは出来たのだ。


 あれは瞬間であったが、継続して移動するスピードを上げられないか。


 試してみようとヒナヒコが『風の力』を使おうとしたときだ。


 前の方から、気配がした。


 ドカドカと足跡が聞こえてくる。


 馬の足跡。


 見ると、複数の人間が甲冑を身に纏い、馬(おそらくは、のような生き物だろうが)に乗り、こちらに向かって走ってきている。


(ようやくというか、やっと人間を見たけど……顔も兜で分からんから、多分人間だとして。急いでいるみたいだし、話しかけることができないか。とりあえす脇にそれて、あいつ等が去ったら『風の力』を使って移動出来るか試すか)


 ヒナヒコは、すっと脇に寄り、道を空ける。

 このまま、甲冑の集団が通り過ぎるだろうとヒナヒコは考えていたが、しかし、甲冑の集団はヒナヒコの方を見ると、何か合図を送り、停止する。


(……なんだ?)


 よく分からないが、そのままヒナヒコは立ち止まる事にする。


 全身を甲冑で身に纏い、馬に乗れるということは、この集団はそこそこな地位にある者達なのだろう。


 なら、道を譲るのは間違った判断ではないはずだ。


(もしかして、大名行列みたいに、通り過ぎるまで平伏しないといけないとか? いや、そんなルール知らないけどな)


 もし、そうなのだとしたら、ヒナヒコの『熾烈』が顔を出すかもしれない。


 とにかく、早く立ち去ってくれないかとヒナヒコが考えていると、7人の馬に乗っている者達で一番偉いのだろう。


 真ん中にいた甲冑の装飾が一番豪華な人物がヒナヒコに話しかけていた。


「そこの者! 少し聞きたいことがあるが、良いか!?」


(……女?)


 甲冑を着ているので、馬に乗っている者の性別が判別出来ていなかったが、どうやら馬の集団のリーダーは女性のようだ。

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