第44話 一夜を過ごす

「……兄さんにも言われたけど」


 しかし、待っていて何があるというのだろうか。


 そんなヒナヒコにミカは言う。


「だから今夜はここで一夜を過ごそう。二人で」


 薄い衣の隙間からミカの美しい肢体が見えていた。


 光で重要な所は隠れているが。


「……その格好でそんなこと言わない方がいいですよ」


「格好?」


「いや、何でも無いです」


 ミカが何を考えているのか、正直ヒナヒコにはまったくわからない。


「……ここで待っていた方が兄さんに早く会えるんですか?」


「待たないと会えない」


 ミカは断言する。


「……未来は見えないって言っていたはすですけど」


 なのに、ミカは未来を見てきたかのようなことを言う。


「星に明るくなくても分かることはある。あの人は感情を隠せていなかったから」


「あの人?」


「羽が生えていた女の人」


 天使のことだろう。


 カグチを攻撃した見た目が綺麗なだけの存在。


「アイツが何か関係あるのか?」


 自身の奥から『熾烈』が顔を出してくるのを実感しながらヒナヒコは問う。


「待っていれば分かる」


 水浴びをした小川まで戻ってきたミカは先ほど脱いだ黒いパンツを手にとり履いていく。


 ミカが何を考えているのか分からない。

 しかし、ヒナヒコが知らないことを知っているようだ。


(……確かに、兄さんも別々の場所に飛ばされた場合、再会するまで時間がかかるって言っていたな。……『風の力』で空を飛ばないかぎり)


 カグチは『風の力』には空を飛べる可能性があると言っていた。


 そして、空を飛べれば早く再会出来る可能性があると予想していた。


(……この会話は、まだ高校生たちが並んでいる時にしていたから、聞かれていたんだろうな。でも見られていたのか。僕が飛べないのを)


 目が覚めてすぐに、ヒナヒコは『風の力』で何が出来るのか試していた。


 いや、正確に言えば『風の力』で空を飛べないか試していた。


 高く飛ぶことは出来た。


『風の力』を身にまとい、風圧で強烈な打撃を与えることが出来た。


 でも、空を飛ぶことだけは出来なかった。


(……僕が空を飛べないなら、やっぱり兄さんたちと会うのに数ヶ月かかる。なら、ここで一晩過ごすのも大差はない、か)


 ヒナヒコは決める。


「……分かった。言うとおり待ってみるよ」


 ヒナヒコの答えに、ミカは軽くうなづいた。


 それから数時間経過し、そろそろ日が落ちるだろうという時だった。


 仙桃が実っていた木の根本が淡く光り始めた。


「……これは」


 光が収まった時、そこにあったのは12個の宝箱。


「あの人が送ってきた」


 ちゃんと衣服を着ているミカが答える。


 ちなみに、ミカの今の格好はまさしく巫女といった装いになっている。


 準備で手に入れた装備だ。


 ヒナヒコは宝箱の一つを開ける。


 そこには便利そうな道具がいくつも入っている。


「……なんでこんなモノを」


「Fの力の人たちのため」


 それだけで察して、ヒナヒコは沸いてくる感情を『熾烈』を押さえなくなる。


「……アイツは、僕たちに与えるはずの道具を別の奴らに与えておいて、さらに施すのか? 兄さんに攻撃して、さらに?」


「しょうがない。それだけの差がある。Fと貴方たちの力には」


 ミカの答えにヒナヒコは目を鋭くした。


「どういう意味ですか? 兄さんは、Fの力が当たりだと言っていましたけど」


「それは勘違い。カグチくんの」


「……カグチくん?」


 なんでミカがカグチを下の名前で呼ぶのだろうか。


「カグチさま?」


「……いや、どうでもいいですね。で、勘違いってなんですか?」


 カグチは、この状況……『力』について詳しそうに語っていたし、その考えに間違いがあるように思えなかった。


 自分の兄が100パーセント正解を知っているとは思っていないが、それでも、ヒナヒコはカグチを信頼しているのだ。


「カグチくんが考えていたように、あの女の人が思っている以上にFの力を得た人たちはその力を悪用することを考えている。けど、それでも貴方たちの力は『どちら』も『世界』が違う」


「……『世界』が違うって強いってことですか?」


「今はそれでいい」


 ヒナヒコはミカの答えを聞いて考察する。


(……確かに、Sの力の……なんだっけ、あのは虫類……ドラゴン?の力だっけ? あれに僕は『風の力』は楽勝で勝てた。兄さんはあっちの力の方が強いみたいなことを言っていたけど、そんなことは全然なかったな。見た瞬間勝てるって思ったし)


 カグチが教えてくれていた『風の力』の切り札を使う必要さえなかったのだ。


 ミカの言うとおり、どうやらこの『風の力』などSSの力はカグチが想定していた以上に強力なようだ。


「……なるほど。で、これどうするつもりですか? まさか律儀にFの力の奴らに渡せとか言わないですよね?」


 Fの力を得た奴らは皆この聖域から離れている。どこに行ったのかも知らない。


「渡す必要はない。彼らはこれを取りに戻らない。これは使えばいい」


 別に宝箱の中に移動が出来る道具があったわけではない。

 ミカが言っているのは、宝箱に入っていた道具を売って旅費にしろということだろう。


「……わかりました。確かにそのまま歩いていくよりこっちの方が早く兄さんに会えそうですね。これは、じゃあ半分こでいいですか?」


 見つけたというより、ここに宝箱が送られてくると教えてくれたのはミカだ。


 つまり、この宝箱の権利はミカにあるだろう。

 しかし、ミカはそう考えていなかったようだ。


「全部持っていってもいいけど」


 ミカの答えに、ヒナヒコは答える。


「『優しさを忘れるな』って言われていますから、兄さんに」


 ヒナヒコは半分だけ宝箱をもらっておいた。

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