第43話 不思議な光

(……仙人の桃? なんだそれ)


 皮をむき終えたヒナヒコは、その桃のような実、仙桃をしげしげとながめた後に口に運ぶ。


(……うっまっ)


 噛んだ瞬間、果汁が溢れ出した。


 噛めば噛むほど、口の中は果汁でいっぱいになる。

 ヒナヒコは口に入れた果肉を飲む込むと、すぐに次の一口をかじる。


(なんていうか、ジュースよりも瑞々しい。それに飲み込んだ瞬間。清められた感じがした。爽快感っていうか。洗浄液で口を濯ぐよりも清々しい気分だ。なるほど、これは仙人が食べていても不思議じゃない)


 この世界に仙人という人種がいるのか不明ではあるが、この桃のような木の実は、そんな人物が食べるような果物だと思える。


 ヒナヒコは、あっという間に仙桃を食べ終えてしまう。


「……不思議と、もう一つ食べたいとはならないな。っていうかおなかいっぱいだ」


 桃一つだけなのに、満腹に近い状態になっている。


 あれだけの果汁があふれる実なので、そうなっても不思議ではないが。


「……ところで、アナタはどれだけ食べるんですか?」


「……おなか空いたから」


 ヒナヒコの質問にミカは見もせずに答える。


 ミカの足下にはすでに10個分以上の仙桃の皮が落ちていた。


 それから、黙々とミカは仙桃を食べ続け、追加で10個ほど食べてからようやくその手を食べる。


「……ふぅ」


「もう、いいんですか?」


「うん」


 ミカはぺろりと果汁のついた指を舐めた。


「腹八分」


「……そう」


 細身のわりによく食べるようだ。


「忘れないでね」


「それは覚えている意味があるんですか?」


 ミカは何も答えない。


 答える意思を見せないことから、もしかしたら多少は羞恥を感じているのかもしれない。

 態度からはまったく分からないが。


(……どうでもいいけど。ああ、でも)


 しかし、どうでもよくないこともある。


 ヒナヒコは、そこでずっと気になっていたことを聞くことにする。


「ところで……いつまでその格好なんですか?」


「……格好?」


 ヒナヒコの問いに、ミカは不思議そうに自分の体をみる。


 ミカは今、薄手の衣をまとっているだけの状態だ。


 帯で前を止めることさえしていない。

 なので、簡単に言えば大事な部分はほとんど隠れていない。


 ミカが恥ずかしがる気配も見せずにその格好でいたので指摘しなかったのだが、10分以上経過するとさすがに気になったのだ。


 しかし、ミカはヒナヒコに指摘されても特に衣服を整える様子もなくクルリとその場で一回転する。


「……問題ない」


「あ、そう」


 本人が問題ないなら、ないのだろう。


 パンツさえ履いていないが。


「不思議な光が大事な所を隠すから」


「何ですかそれ」


「見てみて」


「見てみてって」


 女性の裸をマジマジと見るのは流石に抵抗がある。

 しかし、こうも堂々と見ろと言われると、断るのも何か負けた気がする。


 しょうがなく、ヒナヒコはなるべく見ないようにしていた目線をミカの体に移す。


「……え? マジで見えない。どうなっているのこれ?」


 ヒナヒコは試しにグルグルとミカの周りを回って見るが、確かに光が眩しく反射して重要な部分は一切見えない。


「忘れないでね」


「こんな不思議現象忘れないと思うけど……まぁいいか。……じゃあ、僕はもう行きますね」


 結局光の正体は分からなかったが、いつまでもこんな不思議系痴女の相手はしていられない。

 ヒナヒコはカグチに会わなければならないのだ。

 立ち去ろうとするヒナヒコに、ミカは不思議そうに聞いてきた。


「行くってどこへ」


「……さっきアナタも言っていたでしょう? もともと僕ははここに長居するつもりはないんですよ。アナタたちに出て行けって言ったのも水浴びをするためだし」


(ああ、そういえば)


 そこでヒナヒコは気が付いた。


(いつのまにか……熱が、『熾烈』がなくなっているな)


 体の奥底から沸き上がるような熱が消えている。


 いつから消えたのだろう。


(……まぁ、いいか)


『熾烈』が消えているなら、なおさらここにいる理由はない。


 しかし、そう判断したヒナヒコにミカは告げる。


「まだここにいたほうがいい。お兄さんに早く会いたいなら」


「……どういう意味ですか?」


 ミカは、テクテクと歩き始める。

 おそらく水浴びをした場所に戻るのだろう。


「どんなに急いでも貴方がお兄さんに会えるのに一年はかかる。空は飛べなかったんでしょう?」


「……なんでそれを知っている?」


 ヒナヒコが起きてから真っ先にしたことを。


 高校生たちが寝ている間にしていたことを。


 それは、ヒナヒコが何よりも出来なくてはいけないことだった。


 カグチに会うために。


 ヒナヒコは空を飛ばなくてはいけなかった。


「見たから。急いでいるからこそゆっくりしないといけない時がある。お兄さんにも言われていたはず」


 ミカがクルリとヒナヒコに振り向く。


「急がば回れ。回らなくてもいいけど、落ち着いたほうがいい。空を飛べないなら。忘れないでね」

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