第42話 金星 輝香
「……えっと、何をしているん……です?」
ちなみに、ヒナヒコはボクサーブリーフだけは身につけている状態だ。
いくら一人とはいえ、完全に全裸になる勇気はなかったのだ。
そんなヒナヒコの姿を見ても、ミカは動じることはない。
「……何って……服を脱いでいるの」
「そりゃ、そうだろうけど……」
そんな会話をしながらも、迷うことなくミカは身につけている衣服を脱いでいく。
そして、恐ろしいほどに白くなめらかな肢体を露わにしながら、ミカは上着も下着も脱ぎ捨てて、裸になる。
「……僕が言いたいのは、服を脱いで何をするつもりなのかってことで……」
ヒナヒコは、ちょっとだけ目線をそらしながら、話しかけた。
そんなヒナヒコの内面の葛藤なんて気にもしていないのか、ミカはただ首を傾げながらいう。
「何って……」
そのまま、ミカはヒナヒコのことなど気にも止めないようすで、小川の中に入ってくる。
「お清め。汚れたから」
ミカの髪が水面に浮かび、放射状に広がっていく。
適当な深さまで歩んでいくと、ミカはそこで腰を下ろした。
ぷかぷかと水浴びをしている。
「あー……えっと」
ミカがまったく動じないので、ヒナヒコも動けなくなる。
「お清めって……じゃなくて。僕……さっき言ったと思うけど? 聖域から出て行けって。なんでここにいるの? もしかして、さっき助けたから自分は別……なんて思っていない……ですよね? だったらそれは……勘違いだ」
ヒナヒコの周りに風が起き、水を飛ばす。
他の高校生達が『災害』と感じ、恐れたヒナヒコの風を……しかしミカはまっすぐ見つめていた。
「どうします? 大人しく言うことを聞くか、それとも……」
「出て行った」
「は?」
ミカは、ヒナヒコを見つめたままもう一度言う。
「出て行った」
「出て行ったって、今いるじゃ……」
「『聖域から出ろ』って言われたから、一度出て戻ってきた。だから、ここにいる」
ミカの言葉を反芻し、ヒナヒコは考える。
「いや、出て行ったなら、そのまま戻ってくるなよ」
あれほど、脅したのだ。
なぜわざわざ戻ってきたのだろう。
「……わかった。じゃあ、もう一度言いますね。ここから……」
「それは無理」
しかし、ミカはヒナヒコが言う前に拒否を示す。
「無理って、だから……」
「ここ以上に綺麗な場所はない。だから無理」
「……綺麗な場所?」
「ここは聖域。だから綺麗。それに、貴方はここからすぐにいなくなるんでしょ?」
ミカの指摘は、的を射ている。
水浴びを終えたら、ヒナヒコは聖域から出て行くつもりだ。
(早く兄さんに会わないと行けないからな)
しかし、だ。
「なんで、そう思ったんですか?」
ヒナヒコはミカにそのようなことを言っていない。
「見えるから」
ミカは、それだけ答えた。
「……見える?」
ミカはうなづく。
「見えるって、『予知』が出来る女の子がいるって兄さんが言っていたけど、まさか、そうなのか?」
ヒナヒコの質問に、しかしミカは首を横に振って否定した。
「私は本家ほど、予知が出来るほど、星に明るくない。私が出来るのは見ることだけ。忘れないでね」
「忘れないでって……っていうか、見る?」
「私は目がいいの」
そう言って、ミカは立ち上がる。
水面に触れていた髪が、ミカの肢体を隠していく。
そして、ミカはヒナヒコの右手を取った。
「怪我している」
ミカの言葉に、ヒナヒコは正直驚いていた。
確かに、さきほど女子高生を殴ったときにヒナヒコは右手を負傷してしまったのだ。
しかし、それは怪我と言うには余りに小さい、点のような擦り傷である。
(水につけてもシミないような傷に、気づいた? あの距離で?)
驚きと考察で頭がいっぱいになっている間に、ミカはヒナヒコの手を取ったままつぶやいた。
「治ったよ」
「……治った?」
ミカが手を離し、ヒナヒコは自分の手をみる。
確かに、先ほどまであったはずの小さな傷が消えている。
「『治の力』」
そう、ミカは小さく言う。
「……そういえば、そんな力をもらっていましたね」
兄に言われたので、誰がどんな力を手に入れたのか、ヒナヒコも可能な限り見ていた。
もっとも、名前も知らないような人の顔など、そうそう覚えていられないが。
ミカは、じっとヒナヒコを見ている。
何を考えているか。
一切読めない黒い目で。
「……そういえば」
どうも耐えられなくなり、ヒナヒコは口を開く。
「さっき、汚れた、とか言っていましたけど……聖域の外はそんなに汚い場所なんですか?」
そんな情報、脳内に入っているこの大陸の情報にはなかったが。
ヒナヒコの質問にミカは首を横に振る。
「違う。治したの」
「……治した?」
「さっき、貴方が殴った女の人とか」
ヒナヒコはミカが誰のことを言っているのかわからなくて、少しだけ考える。
そして、それが先ほど殴り飛ばした女子高生だと理解した。
「ああ、あの人か。治したんですか。まぁ、別にいいですけど、なんで治したんですか? 友達だったとか?」
ヒナヒコが見た限りだが、彼女たちはミカに対していい感情は持っていなかったように思える。
「治せるから。私が得た力は熟れたトマトが地面に落ちてくしゃくしゃになったような顔でも、折れたかりんとうみたいに胴体を食いちぎられて、手足が噛み砕かれても『治す』ことが出来る。忘れないでね」
「忘れないで、って。何それ? 口癖ですか?」
「それは……」ミカが、ヒナヒコの質問に答えようしたときだ。
きゅるるる
と動物の鳴き声のような音が聞こえる。
その音は、時折聞こえる人間の音。
腹の音。
鳴らしたのは、ヒナヒコではない。
ミカだ。
「おなか空いた」
そう告げると、ミカは小川から上がる。
「どこに行くんですか??」
ヒナヒコの質問には答えずに、ミカは準備で手に入れたと思われる薄い衣だけを羽織ると、ふらふらと歩いていく。
「……はぁ」
(……ここら辺、一通り見たけど食料になりそうなモノなんてなかったぞ? もしかして、聖域の外にはあるのか?)
少しだけ気になったので、ミカの後をヒナヒコも追いかけることにする。
音も立てずに、それどころか歩いていることさえ分からないような不思議な歩行をしながらミカは進んでいく。
なんというか、体幹がまったくブレていないのだ。
(なんだ、この女?)
色々不思議なミカの言動に困惑しながらも、ついて行った先には木々が数本並んでいた。
どの木も、葉っぱが新緑に輝いている。
「……この木をどうするんですか?葉っぱでも食べるとか?」
ミカは、確かおなかが空いたから移動していたはずだ。
しかし、やってきた場所に生えている木には何も実っていない。
何をするのか見ていると、ミカは木の幹に手を当てた。
(……光った?)
ミカの手は淡く光ると、手を当てられていた気が風に揺られたように揺れ始めた。
「……マジか」
そして、ミシミシと明らかに成長を始めた木は、その枝に丸々とした桃のような実をいくつも実らせていく。
ミカは木の成長に動じることもなく、その一つを手に取ると丁寧に皮をむいて口に運ぶ。
パクパクと、一つ二つと食べ終えたミカは、実を一つ手にしてヒナヒコに言う。
「……食べる?」
「……うん」
ヒナヒコはミカに近づき、実を手にする。
(……重っ)
見た目とは裏腹に、ずしりとした重量をしている実に少々驚きながら、ヒナヒコは桃のような皮を剥いていく。
「仙桃」
ミカがつぶやくようにいう。
「……何?」
「仙人の桃。忘れないでね」
ヒナヒコの問いにそれだけ答えると、ミカはまた黙々と桃のような実を食べ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます