第41話 冬去 火那彦

 冬去 火那彦(ふゆさり ひなひこ)十四歳。

 中学三年生の彼には、一つ学年が違う兄がいる。


 そして、父親と……母親という分類に位置する女性がいた。


 ヒナヒコは父親と暮らしており、その結果、兄とは名字が異なることになっている。


 父親と母親。

 彼らがなぜ別れることになったのか、本当の理由は彼らにしかわからないのだろうが……しかし、ヒナヒコには、何となくその理由が分かっていた。


 おそらくその理由は、ヒナヒコの母親の様な女性が、あまりにも『熾烈』であったからだ。


(その……母親みたいな女性に……僕は良く似ている)


 ヒナヒコは、自分の手を太陽にかざしながら、そう自嘲する。


 今、ヒナヒコはプカプカと水に浮いていた。


 高校生達が聖域から去った後、ナガレ達が持っていたアイテムを回収し、ヒナヒコは近くの小川で泳ぐことにした。


 実は、ヒナヒコは高校生達が起きるよりも一時間も前に目を覚ましていた。


 そして、周囲を探索し、自分の力である『風の力』を扱う練習をしていたのである。


 その時に発見した小川に、こうして浮かんでいるわけなのだ。


 水は冷たくて、季節も初夏に近い時期なので、正直体が冷えるだけなのだが、しかしヒナヒコにとってこの水浴びは必要だった。


(……冷まさないと)


『熾烈』な熱を。


(……久しぶりだったからな……もう、同級生で喧嘩を売ってくる奴なんていないから)


 異常なまでの『暴力性』を、ヒナヒコは水に浸かって追い出そうとしていた。


 何が異常か。


(あんな風に人間を殴り、砕いたのに……僕は今笑っている)


 ヒナヒコは手を目に当てる。


 その口角は、はっきりとつり上がっていた。


「……くっ……くっ……ふぅ……ふぅ……」


 衝動的に沸いてくる熱を何度も押し殺して……ヒナヒコはようやく落ち着いてくる。


(……想像以上に強いな。これが、兄さんが危惧していた『力を得て調子にのる』状態なのかな? アイツ等も、そうだったみたいだし)


 ヒナヒコが聖地で見つけた小川の近くで『風の力』を練習していた時に、ドラゴンに変身して暴れていた高校生たち。


 ああいう奴らが現れるだろうと、ヒナヒコは兄であるカグチから聞いていた。


(もっとも、僕のは……生まれつきだけど)


 ヒナヒコは、とても優しい顔立ちをしている美少年だ。


 実際に、中性的な服を着ていると、女の子に間違えられる時もあるくらいだ。


 ただ、その内面は『熾烈』だ。


 少々、気に入らないことがあったので、小学校の低学年時に、高学年の男の子たちを十人、病院送りにしたことがある。


 その現場を見ていた人は口をそろえて言う。


『血の海が出来ていた』

と。

『返り血で真っ赤になっていた男の子が、まるで炎のように笑っていた』と。


 それ以来、ヒナヒコの機嫌を損ねるようなマネをする者は、学校ではいなくなった。


 教師でさえ、ヒナヒコには頭が上がらない。


 唯一、そんなヒナヒコに対等以上の立場で接してくるのは、父親と、そして兄であるカグチだけだ。


(……兄さん、大丈夫かな?)


 自分の兄が口では強いことも言うし、ちょっと偉そうなことも言うが、ドキュメンタリー番組で再現された恐竜の絶滅のシーンにさえ顔をゆがめるような人物であるとヒナヒコは知っている。


 カグチが、とても心優しい人物であることを、ヒナヒコは知っている。


(危惧していたけど……いきなりクラスメイトを襲ってくるようなことは、予想はしていなかったはずだ。兄さんの考えだと、初日の夜か、色々息詰まる一週間くらい経過してから、襲ってくる可能性があるって話だったけど。まぁ、それでもいつ襲ってくるかなんてわからないから、僕とハノメには高校生たちとなるべく一緒に行動するなって言っていたなぁ)


 周りは高校生なのに二人だけ中学生だと圧倒的に立場が弱くなり、色々な悪意に狙われることになる。


 そのため、カグチはヒナヒコとハノメに、なるべく高校生たちとは別行動するように言っていたのだ。


(行動するにしても、十人以上の男女が均等なグループで。それも、町に着くまで。本当に兄さんは心配症だ)


 しかし、本当に心配なのは、そのカグチのほうだったりする。


(……あんな暴力的な奴らがいて……兄さんはちゃんと対応出来るのか? 兄さんの力はあれだけ兄さんがハズレと評していた『火の力』兄さんがハズレだって言っていた理由は……)


『火の力』が暴力的だからだ。

 そう、文字通り、『熾烈』なほどに。


 カグチは、散々ハノメやヒナヒコが得た『風の力』や『土の力』の使い方をレクチャーしていたのだが、自身が得た『火の力』については、欠点や注意点だけがほとんどで効果的な使い方を語っていなかったのだ。


 おそらくは本能的な警戒だったのだろう。


 カグチ自身は、『火の力』を使えないという。


(やっぱり、心配だ。そろそろ高校生たちもいなくなっただろうし、俺も急いで……)


 ヒナヒコが体を起こそうとしたとき、ふいに人の気配を感じた。


(……誰だ? もしかしてさっきのやつらか? あの女以外は、気絶していても、少し経てば、動けるようになっても……)


 ヒナヒコは、体を起こす。


「……は?」


 そして、自分で見た光景に、驚きを隠せなかった。


 ヒナヒコが脱いだ制服の横で、なぜか自身の黒いパンツを脱ぎ落としている黒くて長い髪の美少女が……金星 輝香がいた。

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