第39話 英雄と恐怖

 ドラゴン退治。


 古今東西の物語で、それを成し遂げた者は『英雄』と呼ばれる。


 おそらく、ドラゴンという存在は、人間が本能的に感じる『強大な存在』そのものだからだろう。


 ゆえに、今ヒナヒコに対し、その場にいたほとんどの高校生が感じていたのは、『高揚感』であったはずだ。


『驚異を払う英雄』『強力な指導者』そんな、肯定的な感情。


 もちろん、そんな感情ばかりではない。


「な、ナガちんが……」


「うそでしょ?」


 吹き飛ばされ、倒れたナガレを見て、しばし唖然としていたヒマリとアイリだったが、すぐに感情を取り戻す。


「ど、どうしよう、ヒマリ……」


「なにするんだよ! よくもナガちんを!!!」


 恐怖と、怒りだ。


「ヒマリ!? 落ち着いて!!」


「ぶっ殺してやる……この『聖火の杖』で……!」


 ヒマリが赤い石が付いた杖を掲げると、人の頭程度の大きさがある火の玉が十数個現れる。


「燃え……」


 ヒマリが、火の玉をヒナヒコに放とうとしたとき、すでにヒナヒコはヒマリの目の前に立っていた。


 拳を握りしめた状態で。


 ヒナヒコは拳を、ヒマリの顔ごと地面に叩きつける。


「ぶっ!!??」


 巨大なドラゴンさえ吹き飛ばすほどの一撃が、ヒマリの顔面に突き刺さった。


 頭部の衝撃の反動からヒマリの足は空を向き、ピンと立つ。


 数瞬、間を開けてゆっくりとヒマリの足が地面に落ちる。


 ヒナヒコがヒマリの顔から拳を抜く。


「ヒマリ!! ヒマ……っ!?」


 ようやく確認出来た自分の友人の顔を見て、アイリは絶句する。


 自分たちの容姿がクラスで一番であると(ミカのことは考えていない)自惚れる程度には整っていたはずのヒマリの顔は、グチャグチャに崩れていた。


 原型がない。


「ヒ……」


 アイリは、恐怖でその場に座り込む。


 人間があんな風に壊れるなんて、アイリは知らなかった。


「……優しさを忘れるな。って兄さんによく言われるんだけど」


 ヒナヒコは、倒れているヒマリの顔を踏みつける。


 ヒナヒコは実に優しそうな微笑みをアイリに向けた。


 それが怖かった。


 アイリは体を極限まで小さくする。


 彼の右手は、血まみれだ。


「お姉さんも、やる?」


「っっ!???」


 意識が飛びそうなほどの恐れを感じながら、アイリは必死で首を振る。


「そう。じゃあ、出して」


 ヒナヒコは、ニコニコとしながら言う。


「な、何を?」


「そりゃあ、もちろん。有り金全部。アイテムも、その着込んでいる服も。アイツ等の分全部。迷惑料として……ね?」


 楽しそうに笑顔を見せながら血まみれの手を出されると、アイリは拒否など出来なかった。



『縄王の力』を使い、ナガレ達三人を結び、引きずりながらアイリが逃げるように去っていく。


 ナガレが作った火の壁は、ナガレが気絶したときにすでに消失している。


 一度は下着姿になるまでアイリたちの身ぐるみを剥いだのだが、さすがに気の毒だったのか、最低限の衣服を着せてヒナヒコは彼らを解放した。


「……さてと」


 ヒナヒコが離れていくアイリたちから目を離し、残っていた高校生たちの方を向く。


 ヒナヒコに見られ、皆一様に体を小さくした。


 先ほどまでヒナヒコに感じていた『高揚感』など、今はない。


 ドラゴンを退治した者は英雄だ。


 しかし、人を。少女を。人間を圧倒的力で壊した者は『英雄』ではなく、警戒すべき『強大な者』に変わる。


 だから、高校生達は体を小さくし、震えていた。


 何が彼の『逆鱗』に触れるのか分からない。


「さっそく何人か離脱者が出たけど……さっきも言ったように、このグループのリーダーは僕です。そして、リーダーの言うことには絶対服従。これはいいですか?」


 皆、何も答えない。


 肯定ではないが、しかし、否定する勇気もない。


 だから、何も答えない。


 今後、何かあったとき、言い訳が出来るから。


 自分や他人に。


 しかし、もちろんリーダーは、『強大な者』は、何も答えないことを肯定ととらえる。


 皆の意志でさえ『強大な者』は、自分の思うように決めることが出来るのだから。


 だから、ヒナヒコは、『強大な力』を持つ中学生は、高校生に命令する。


「じゃあ、これからこのチームを解散します。お兄さんお姉さんたちは自由だ。好き勝手行動していいですよ。僕は貴方たちの行動に責任を持たないし、命令もしない」


「……え?」


 ヒナヒコの言葉に、その場にいた高校生は一瞬理解出来なかった。


 てっきり、ナガレのように装備を没収したり、何か理不尽な命令してくると思っていたのだが。


 困惑している高校生達を見てヒナヒコは呆れたように息を吐く。


「ほら、自由だから。さっさと行ってください。そんな顔で見られても困るし」


「で、でも、自由って……いいのか? その……」


 一人の男子高校生がヒナヒコに尋ねる。


 それは、どう考えてもよけいな一言だった。


「……だから、好きにしていいって。それとも、何? お兄さんたちは命令されないと動けない人なのかな? じゃあ、前言撤回するけど、命令だ『さっさとこの聖域から出て行け』」


 ヒナヒコの周りに、風が巻き起こる。


 巻いて、巻いて、それはまさしく竜巻のような強風に変わっていく。


「う……うわぁああああああ」


『災害』と化したヒナヒコに、今度こそ高校生たちは我を取り戻し……いや、我を忘れて、あわてふためきながらヒナヒコの前から、『聖域』から去っていく。


「やれやれ」


 ようやく誰もいなくなったことを確認したヒナヒコは、竜巻を止め、体を大きく伸ばすのだった。

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