第37話 『竜王の力』

 異世界『アスト』


 その東に位置する新興国『フォースン』の聖地に降り立った二十二人の若者たちは、起き上がり、親しい友人たちと合流したところで、ようやく落ち着き、『次』を考えるようになった。


 つまり、『これからどうしよう』という漠然とした、自由である。


 その空白にも似た思考が皆の頭を占めていた時、ナガレは行動を起こした。


「おまえ等、聞け!!」


 ナガレ達四人は、短い草が生い茂る、他の場所よりも小高い丘に立っていた。


 太陽を背に立っていたナガレ達を見て、皆一瞬だけ顔を逸らしたが、しかし特に『次』もなかったため、皆一様にナガレ達に注目することになる。


 そうなることは、計算していたのだろう。


 ナガレは、意気揚々を語り始める。


「俺たちは今から、この世界を支配する。『王』は、もちろんこの俺。龍石 流(りゅうせき ながれ)だ。お前たちには選ばせてやろう。俺に従い、栄誉ある配下になるか。それとも、従わずに……ここで死ぬか、だ」


 そう宣言すると同時に、ナガレの体が、大きく膨れていく。


 鋼鉄ような鱗が体を覆い、ナイフのような牙が生える。


 それは、まさしくドラゴンだった。


 マンガやゲーム、アニメに疎い者達でも、ナガレの姿を見ればすぐにドラゴンだとわかるような、古典的で、しかし、はっきりとしたドラゴンである。


 全長は十メートルを越えるだろう。見上げるほどに、大きい、赤色のドラゴンだ。


「……おいおい、マジかよ」


「これ、本当?」


 ドラゴンに変身したナガレを見上げ、困惑が、恐怖と混ざり、生徒たちに広がっていく。


 ナガレが、人の姿のまま、先ほどの言葉を言っても、これほどまでに生徒たちに動揺は広がらないだろう。


 しかし、ナガレが見せた『力』。


 ドラゴンという分かりやすい巨大で強大な『力』は、『異世界でこれからチートでツエーな楽勝生活だ』と息巻いていた生徒たちのやる気を削ぐのに効果的だった。


「俺に従うという者は、その場に座って頭を下げろ」


 ナガレは、顔を空に向ける。

 そして、大きく口を開けると、吠えてみせた。


「ゴラァアアアアアアアアアア!!!」


 ナガレの口から紅蓮の炎が巻き起こり、青い空を赤く染める。


 遠くに感じる熱だけで、皮膚が焼けるようだった。


「ヒィイイイイイイ」


 その炎を見て、腰が抜けた者がいた。


 なにも言えずに、ただ固まる者がいた。


 そして、本能的に走り、逃げ出す者も、当然いた。


「ウワァ、ウワァ!!」


「た、助けてくれ……!」


 そのような行動を起こす者が現れることを、ナガレは予見していたのだろう。


 空に打ち上げられた炎が、まるで隕石のように、逃げ出そうとした者達に向かって降り注いでいく。


 悲鳴と、爆発の音が聖地に響いた。


「………………は、はぁ……はぁ」


 炎は、逃げ出した者達の眼前に落ちていた。


 外れたのではない。ナガレが外したのだ。


 炎は、まるで逃亡を拒むように逃げ出そうとした者たちの眼前から高く伸び、壁のように周囲を覆っていく。


「ほらほらーナガちんは本気だよー? 早く座って頭を下げないと、死んじゃうよ?」


「早くしろ! オラァ!!」


「ッッ!?」


 ヒマリとマモルの言葉に、逃げ出そうとした生徒たちを含め、他の者達も急いで座り、頭を下げた。


 これが、異世界に来た直後でなければ、彼らも自分の『力』を知り、冷静に対応出来ていたかもしれないが……まだ、この世界に来て一時間も経過していない。


 つまり、ただの高校生である彼らに、炎で壁をつくるような強大なドラゴンという『力』に、ナガレが見せた『竜王の力』に、反抗出来るほどの気概はなかったのだ。


 座り込んでいる皆を見て、ナガレは満足したようにうなづく。


「……よし。じゃあ、まずは武器と防具。お前たちがもらったアイテムを回収する。心配するな。一度確認したら、こっちで選んで分配してやるよ。これから世界を支配するんだ。戦力の確認は必要だからなぁ……」


「ねぇ、ナガちん。頭を下げていない子がいるよ?」


「……なに?」


 アイリが指さす方向にいたのは、先ほど見たときと同様に、空を見上げたままの美少女……ミカがいた。


「おいおいおい……ナガちんの言葉を聞いてなかったのか? ナメやがって」


 マモルが、拳を握りしめながら、ミカに向かって歩き始める。


「……おい、マモル」


「……グヘヘ。ナガちんに逆らうとどうなるのか、分からせてやる」


 マモルが、だらしなく笑みを浮かべている。


 分からせるという建前で、色々やるつもりなのだろう。


 マモルが、時々ミカの容姿についてイヤらしいな妄想を語っていたことをナガレは知っている。


(……おい、それは俺のモノだぞ!?)


 せっかく『力』を使い、王として『威厳』を示したのだ。

 これからのことを考えると、些細なことで動揺する姿を見せるわけにはいかない。


 つまり、マモルを止めないことが最上であり、止めるにしても、普通に止めるわけにはいかない。


 なぜなら、マモルはナガレに逆らうモノを粛正するという、ナガレの配下として正しい行動をしているのだ。


 マモルは、ミカの前に立つと、ニマニマと笑みを浮かべながら、彼女の整った顔を見つめる。


「おーい、ミカたん。ミカたん。ナガちんの話、聞いてた? その顔、地面につけないと、ヒドいことになるよ?」


 なぜか優しげな声でマモルはミカに話しかけるが、ミカはただ空を見上げているだけだ。


「んー? 無視かな? 学校でもよく無視していたけど……ここにはカケルもいないんだよ? 分かる? ん? つまり、どういうことか……」


 マモルが、ミカの小さな顔に両手を添える。


 そして、空に向いていた顔を、強引に自分の方に向けた。


「こういうことをしても、止める奴はいないんだよー? ミカたん? ほら、どうする?」


(……アイツ)


 ミカの綺麗な顔を、文字通り手中に収めて気分がいいのだろう。


 マモルのニヤニヤした顔が気持ち悪いを通り越して、おぞましいモノになっている。


 そろそろ止めに入るべきか、ナガレが思案していると、ヒマリとアイリが小さな声で話し始める。


「うわぁ、ガイテツ、キモっ!」


「でも、良い気味じゃん? あのミカって子、カケルの姉だからって調子こいていたし、見た目が気に入らないんだよね。髪長すぎでしょ?」


「わかるー。それに、あの子がやられたら、皆もナガちんの言うこと聞くでしょ」


 アイリの言葉に、ナガレは止める。


 確かに、ここで、マモルがミカに制裁を与えれば、その後の行動がとりやすくなる。


(……まぁ、いいか。あの程度の女。探せばどこかにいるだろう。全てを手にすれば、どうとでもなる。さすがに、マモルが手を出したあとの女なんて、必要ないしな)


 少々惜しい気もしたが、ナガレはマモルにミカを譲ることにした。


 マモルは、自分の顔をミカに近づける。


「……やっぱり旨そうな顔だよな……舐めてぇ……どうする? 大人しく地面に顔をつけてナガちんのいうことを聞くか? それとも、唾まみれにしたあとに、無理矢理、地面につけて顔を砂まみれにするか? その綺麗で旨そうな顔にー?」


 マモルが、ミカの顔に自分の舌をのばしていく。


 そして、あと数センチでミカの白い頬にマモルの舌がふれようとしたときだった。


「なんか、面白そうなことしているんですね」


 マモルのすぐ横に、優しそうな顔をした少年が立っていた。

 少年は、ナガレ達とは違う制服を着ている。


 背は高いが、顔はどこか幼い。


(……アイツ……誰だ? どこかで見たような……というか、どうやって現れた?)


 マモルとミカに注目していたとは言え、ナガレは少年がやってきたことを感知出来ていなかった。


 周囲は、炎の壁で覆っていたはずなのに。


 ナガレが疑問を浮かべると同時にマモルが少年の方を向く。


「……なんだ? お前? 何しているんだ、そんな所で」


「……そんな所って、別に変な所じゃないですよね? というか、ほとんど同じ場所にいるんだから、なんで貴方にそんなこと言われないといけないのか分からないんですけど……」


「……ナメてんのか? お前、その服、中学生だろ? ナメたマネしていると……」


「ナメるって……お兄さんがその人舐めようとしていたみたいに? ベロベローって」


 マモルが威圧するように少年を睨みつけるが、少年は舌を出しておどけてみせた。


「いやぁ、それは気持ち悪いでしょ。うぇー」


「……ッザケンなぁあああ!!」


 少年の態度に激怒したマモルが、ミカの顔から手を離し、少年に殴りかかる。


 そんなマモルの拳を難なく少年は避け、マモルの腹に手を当てる。


「飛べ」


「ゴフッ!??」


瞬間。


マモルの体がグルグルと回転しながら、ナガレの横を通り過ぎていった。


「……なに?」


 ナガレが飛んでいったマモルの方をみる。


 十数メートル先の場所で、マモルが砂まみれになって倒れていた。


 着込んでいた鎧は、腹部の所から大きくへこんでいる。


「さて、と。なんか偉そうにベラベラしゃべっていましたけど、忘れていないかなー? このチームのリーダーは誰か」


ナガレは、少年の言葉で思い出す。


(……コイツは、最後にやってきた……)


 天使が言っていたナガレ達のグループのリーダー。

 元々、ナガレは天使の言葉に従う気も興味もなかったので忘れていた。


「僕、今夏 嘉颶智(いまなつ かぐち)の弟。冬去 火那彦(ふゆさり ひなひこ)がリーダーだったはずだ。確か、そうでしたよね? 高校生のお兄さんたち?」


(SSの力『風の力』の持ち主か)


 優しそうに少年、ヒナヒコは微笑みながらナガレたちを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る