第15話 朝食

「……はぁぁぁ……眠れた、か」


ばさりと、体にかけていた碧色の布をどかしながら、カグチは大きく伸びをする。


「体はバキバキだけど……思ったよりも痛くない。これのおかげか」


カグチは、自分の体の下にある、体にかけていた碧色の布と、同じ布に目を向ける。


それは、『威風の外套』。


寝袋の代わりになるかと、もう一つ箱を開けて、一つは地面に引いて、もう一つは掛け布団にしたのだ。


寝心地は、思ったよりも良かった。


火風水土を弾く。という言葉通り、地面の土を少しだけ弾こうとしているのが、マットレスのような効果を生んでいたからだ。


聖域というだけあって、害虫もいないのだろう。


現状では比較的快適な睡眠を、カグチは得ることが出来ていた。


「……さてと」


カグチは、小川に向かい、顔を洗う。そして、昨日のうちに開けていた宝箱から取り出していた、


10本の『雲水の筒』に水を汲み、ふたをして、『虚無の箱』に入れる。


「……タオルがほしいな」


すべて、弾く材質のモノしかないので、拭くものがない。


濡れた顔のまま、カグチは、白い木の元へと向かう。


夜は淡く光っていた白い木の光は、消えていた。


「おはよう。おまえもよく眠れたか?」


ポンと、白い木の幹に手を触れて挨拶すると、白い木はうれしそうにガサガサと揺れた。


そして、ボトボトと木の実を落としてくれる。


「……ありがとう。期待してはいたけど、まさかマジでくれるとは思わなかった」


『イイって事よ!』


と返事をするように、白い木が揺れる。


一晩経って、だいぶ懐いてくれたようだ。


「……これがそんなにうれしかったのかね?」


カグチは、木の根本に蒔かれている灰に目を向ける。


昨日、火を消して、他の『虚無の箱』に入っていたモノを整理してから寝ようとしたとき、ふと思いつき、白い木に聞いてみたのだ。


『これ、いるか?』と。


聞いたのは、白い木がくれた木の枝や、とうもろこしの芯を燃やした灰だ。


灰は、肥料になると聞いたことがあったので、試しに白い木に訪ねたのだが、今まで一番点滅してくれたので、丁寧に木の根本に蒔いたのだ。


「自分の木の枝の灰でもうれしいんだな」


元々、自分の落ち葉を栄養にしていることを考えると、木にとってもそれはスタンダードなのかもしれない。


カグチは、白い木の隣に腰を下ろす。


そして、筒に入れた水を飲みながら、木の実をかじる。


白い木が落としてくれた木の実は、丸い、バナナみたいな果物だった。


それに、リンゴのようなモノに、いちごのようなモノもある。


立派な朝食だ。


「さてと……」


木の実を食べ終えたカグチは、水も一本飲み干し、立ち上がる。


白い衣に、碧色の外套を羽織る。そして、黒いサンダルのような靴を履き、腰に短刀を下げる。準備完了だ。


「……昨日よりは、冒険者っぽいな。いや、魔法つかい? どっちにしても、動きやすい、はず」


くるりと、カグチは回ってみる。


ちなみに、カグチが着ていた制服と靴は、『虚無の箱』に入れている。


その『虚無の箱』は、『威風の外套』を風呂敷のようにして、まとめて持てるようにしてある。


風呂敷の包み方は、『地球』でカグチが学んだモノだ。


いつか、異世界に旅立ったときに役に立つかもしれない、と。


かなり痛い発想であるが、それが本当に役にたっているから人生何が起こるか分からないものである。


「よし。準備完了。忘れ物なし。じゃあ、行ってくるな」


カグチは、ポンポンと白い木の幹をたたく。


すると、白い木はガサガサと揺れ、ボタボタと大量の木の実や枝を落とし始めた。


「……あー、もしかして、餞別のつもりか?」


ガサガサと、白い木が揺れる。


『そうだよ! 元気でな!』と言っているように。


「……戻ってくるつもりなんだけど、今日中に」


ガサガサ揺れていた白い木が、ピタリと動きを止めた。


なぜか聖域中の草木も、止まっている気がする。


気まずい空気が、聖域に流れた。


「……なんか、ごめん。えっと、戻ってくるのはダメだったか?」


白い木が、横にブンブンと激しく揺れる。


否定な感じが凄い。


「戻ってきていいのか?」


今度は縦に激しく揺れる。


肯定だろう。


木が揺れるのに、縦とか横とかあるのか、という気がしないでもないが、そうとしか表現出来ない揺れ方なのでしょうがない。


どちらにしても、戻ってきて良いと白い木に言われ、カグチはほっと息をつく。


「よかった。戻れないなら少し困ったんだ。これは……そうだ。お弁当にするよ。 出先で食べるものをどうしようか悩んでいたんだ。ありがとう」


白い木が『それなら良かった!』と、笑うようにガサリガサリと揺れる。


カグチは、白い木がくれた枝と木の実を回収する。


「じゃあ、今度こそ行ってくるな」


『行ってらっしゃい』と言うように、白い木はユラリユラリと揺れ、枝を振ってくれた。



「……さて、やるか」


カグチは、腕を回す。


場所は、昨日、勢いのまま走り去ってしまった、聖域を覆う森の中。


カグチは、その森を歩いていた。


何かを探すように、見つけるように。


「……お、これは」


そして、ギザギザとした葉っぱに目を付ける。


それは、カグチが『アスト』ではじめて見る葉っぱだった。


道沿いの雑草にも、生えていなかった葉っぱ。


けど、『地球』では似たような葉っぱを見たことがある。


「ヨモギにそっくりだ。こっちじゃどうかわからないけど……刈るか」


カグチは『浄土の小刀』の手に、つぎつぎとヨモギみたいな葉っぱを刈り取っていく。


そう、昨日カグチが思いついたこと。


それは、採取だ。


(……『火の力』を手に入れてしまったから、なんとなく魔物退治をしないといけない。魔物退治でお金を稼がないといけないって思ったけど……そんなわけないんだよな。別に)


ヨモギみたいな草をある程度刈り取ったカグチは、次に、ベニバナに似た花を見つけた。


それも、次々に刈り取る。


(『火の力』で、魔物の素材が回収できないなら、魔物退治をしなくていい。狩人(ハンター)なんて、目指さなくていい。道は、一つじゃないんだ。『火の力』の使い道は、一つじゃない)


黙々と、刈り取っているカグチの背後から、大きなネズミ、『デッドワズ』が襲いかかる。


しかし、『デッドワズ』は一瞬のうちに炭になり、崩れて消えた。


それを見ないようにしながら、カグチは採取を続ける。


(……もう『カウンター』で死ぬのはしょうがない。襲ってくる奴が悪い。『火の力』の使い道は……これだ)


魔物を狩るためではない。


『火の力』は、自分の身を守るためにつかう。


それが、カグチが出した結論だった。


カグチは、次々と、森に生えてた道沿いの雑草の中には見あたらなかった草や花、キノコや木の実を採取していく。


採取したモノは、『虚無の箱』に入れた。


「……とりあえず、こんなモノか」


2時間ほど採取をし、一通り目に付いたモノは、刈り取ることができた。


とりあえず、『地球』で見かけた薬草に似てるモノなどは多めに取ったが、どれがどうなるか分からない。


採取については、インストールされている情報がほとんどなかったのだ。


村や町の外では、魔物を狩ることがメインで、草や果実などで有用なモノは、村の中で栽培している。


わざわざ、採取をしに行くことはないようなのだ。


「……だから、逆に天然物や、栽培できないモノは貴重……だったらいいなぁ」


最近、期待通りに物事が運ばないことが多いカグチは、そんな願望を口にしながら森を出る。


「さてと、どっちに行くべきか」


雑草の草原も抜け、カグチは道に出た。


ちなみに、森も、当然雑草の草原も、魔物が襲いかかってきてはいたのだがが、皆炭になり、散っている。


カグチは、森から出て太陽が昇っている方に目を向ける。


そちらは、地球と同じ、東側だ。


東側に、北の大国 『ゾマードン』の王都もある。


「……あっちには、あいつらが向かったよな」


昨日、遭遇した馬車は、東に向かっていた。


とりあえず、繁華街か、王都を目指す方針なのだろう。


それは、間違いではない。


何を成すにも、人が集まる場所にいかなくてはいけない。


この国で一番人がいる場所は、やはり王都なのだ。


「……じゃあ、俺はこっちだな」


だから、カグチは逆の道を歩き始めた。


「どうせ王都に行くんだったら、今はそっちには行かなくていい。それに、今日は様子見だからな」


カグチがこれからすること。


それは採取して手に入れた植物たちの売り込みだ。


そもそも、売れるのかどうか分からないのだ。


もしかしたらとんでもない赤っ恥をかくかもしれないし、逆に変に目を付けられるかもしれない。


そのとき、最終的には向かうことになる王都に近い村よりも、少しでも遠い村の方がいいだろう。


「あとは……この先には確実に、歩ける範囲内に村があるしな」


昨日、きつ目のポニーテール女子たちが、馬車に乗った村があるはずなのだ。


10人近い団体で行動しても、半日ほどでたどり着ける場所にある村。


それはカグチにとってちょうどいい距離だった。


それからしばらく歩き続け、カグチは昨日見つけた野営の跡と同じような場所を見つける。


「……休憩するか」


白い木が、お弁当を持たせてくれたのだ。


そこらへんに転がっていた丸太に腰をかけると、木の実と筒を取り出し、食事を始める。


「うん、美味い」


本当に、いろいろな木の実を白い木は用意してくれた。


今カグチが食べているのは、ナッツのような触感と味がする木の実である。


「でも、ちょっと塩気がほしいかも……昨日から、甘い奴が多いし……調理器具がいるな」


なんて言いながらポリポリと木の実をかじっていると、また馬車が道の向こうからやってきていた。


「……あ」


乗っていた人物が、見覚えのある人で、カグチは思わず声を上げる。


もっとも、乗っていた方が気がついていなかったが。


乗っていたのは、カグチの担任……だった人物だ。


『魅了の力』を使おうとして、失敗した人である。


王都へ向かって、王女様でも狙うつもりか、それとも、昨日魅了することに失敗した女子生徒たちを追いかけているのか。


どちらにしても、ろくなイメージがわかない。


「……ま、いいか。俺が向かう村から離れてくれたってなら、万々歳だ」


カグチは木の実を食べ終えると、立ち上がる。


「さてと……あの馬車が朝に出発したんだったら……昼ぐらいには着くかな?」


伸びをして、カグチは道の先を見る。


「なんか体調もいいし、行くか」


カグチの足取りは、実に軽やかだった。


それからしばらく歩き続け、


「……これが村か」


カグチの予想通り、昼頃には、村に着いた。

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