第13話 『支援』

カグチは、箱の近くに、石板が置いてあることに気がついた。


この世界の文字で、何か書いてある。


『慈愛を持つモノよ。優しき心を持つ者よ。その献身により、苦境に立たされているのならば、これらを持っていきなさい。きっと、助けになるでしょう。あなたたちに、幸多からんことを』


カグチは書かれていた文字を読み、そして、置かれていた10個の宝箱を見る。


「……これ、Fランクの奴らに用意したのか」


火のグループとして北の大国 『ゾマードン』にやってきた者のうち、Fの力を持っている者の数と、宝箱の数が一致する。


書かれている言葉からも、この推測は正しいのだろう。


胃の奥に、どうしようもないムカつきを覚えながら、カグチは、手に持っていた宝箱を開く。


中は虹色が、オパールのようにうごめいていて、どうなっているのか、なにが入っているのか分からない。


(……この箱、もしかして……)


カグチは、箱をひっくり返す。


すると、ボタボタと、箱の容量では考えられない大きさのモノが、いくつか落ちてきた。


カグチは、箱を振り、他に何も落ちてこないことを確認すると、そのうちの一つを手に取る。


『地球』では、見たことがないような輝きの、複雑な波紋が入っている手のひらくらいの刀身の小刀だ。


他のモノも、一目で、ただならぬモノであることを予感させる代物ぞろいである。


カグチは、言葉が書かれていた石盤をひっくり返してみた。


そこには、宝箱に入っていたモノと、宝箱そのもの説明が書かれていた。


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『活火の打ち石』『火の力』が込められた石。濡れ木にも火を点す事が出来、自分の意志で消すことも出来る。


『雲水の筒』『水の力』が込められた筒。水の鮮度を保ち、また、汚れた水を浄化する。


『威風の外套』『風の力』が込められた外套。火水風土を弾き、また、汚れない。


『浄土の小刀』『土の力』が込められた小刀。汚れず、刃こぼれしない。また、切断したモノを浄化する。


『瑞光の衣』 『光の力』が込められた衣。汚れず、悪しきモノを弾く。


『暁闇の靴』 『闇の力』が込められた靴。汚れず、悪しきモノを弾く。


『初雷の鎚』 『雷の力』が込められた鎚。打てば雷が発生する。


『虚無の箱』『無の力』が込められた箱。虚無に、モノを納めることが出来る。※制限 人一人分の大きさ、重さまで。


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「……ふぅ」


その説明を読み、おそらく、同じモノが入っているだろう他の9つの箱を見て、カグチは白い木に寄りかかるようにしながら、腰を下ろす。


「……どんだけ優遇するんだよ」


おそらく、天使は公平なつもりなのだろう。


おそらく、天使はFの力を得た者たちが、本当に困っていると思っているのだろう。


おそらく、天使はSSの力を得ている者が、苦境に立たされているなんて、考えてもいないのだろう。


『火の力』に絶望しているなんて、知らないのだろう。


「……アホくさい」


何に対して、言ったのか。


カグチにも分からない言葉だったが、何か、強ばりのようなモノが抜けた気がした。


ぐぅ~と、音が鳴る。


腹の音だ。


「……そういえば、起きてから何も食べていないな。飲んでもない」


よほど、気を張り続けていたのだろう。


起きてから今まで、10時間程度は動き続けたはずなのに、自身の空腹と乾きに、カグチはようやく気がついた。


「……水だけでも飲むか」


カグチは十数メートル離れた場所にある、わき水が溢れている小川に目を向ける。


聖域に溢れている水だ。


そのまま飲んでもおなかを壊すなんてことはないだろう。


多分。


そのとき、カグチの視界に、あるモノが入ってきた。


「……使うか」


Fの力を得た者たちの為に、天使が送ってきた追加のアイテムの一つ。


『雲水の筒』には、水を浄化する力があるらしい。


カグチは、蒼色の竹の水筒のような筒を手に、小川に向かう。


「よく考えたら、別にFランクの奴に残したって書いてはないのか。『苦境に立たされているのなら』。水も飲めないくらいの苦境だ。遠慮なく使わせてもらおう」


わき出ている、一番水が新鮮なところに、『雲水の筒』をカグチは入れ……ようとして、カグチは気がついた。


手が、汚い。


黒く、汚れている。


「……触った覚えはないけど……いつの間にか汚れていたのか」


この汚れが、何なのか。


カグチが今日見た黒なんて、アレしかない。


さすがにこれから飲もうとしている水に、こんな汚れた手を浸けるわけにはいかない。


カグチは、小川の下流にいき、手を洗うことにした。


小川に手を着けると、黒が流れていく。


煙のように、魂のように。


カグチは手をこする。


祈りのように、謝罪のように。


「……っ!」


カグチは、そのまま、小川に顔をつけた。


頭を振り、何度も振り、顔を上げる。


「……ぷっはぁ!!……はぁ、はぁ……」


カグチは、そのまま制服を脱ぎ始めた。


アイテムの中に、服もあったのだ。


せっかくなので、体も洗い、着替えることにする。


上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、インナーを脱ぎ、パンツを脱ぎ、靴下を脱ぎ、靴を脱ぎ、生まれたままの姿に、カグチはなる。


小川の深さはせいぜい50センチ。横幅は一メートルくらいだろうか。


カグチは、倒れるように、小川に横になる。


「……っっっっっ!! あぁぁぁぁ!!」


水は、凍るほどに冷たかった。


北の大国 『ゾマードン』は、今、夏が始まろうとしている季節だ。


寒くはないが、水浴びをするような季節ではない。


だが、今のカグチにとって、この冷たさは求めていたモノだ。


カグチは、声を上げる。


誰もいない聖域で。


誰にも聞こえないから、大きな声で、獣のように、叫んでいた。


その声は、仲間を呼ぶ狼の遠吠えに似ていた。

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