第12話 『火の粉』

「……いた」


カグチは、五十メートルほど先の、木の上に止まっている大きなカラス、『シュザリア』を見つける。


野営の跡地から一時間ほど歩き、やっと見つけた、道から見える場所にいる、魔物の姿。


通常、魔物は、生き物もそうだが、何かに身を隠している。


今回、『シュザリア』は、木の上だから、姿を見せても、人間や他の生き物が攻撃してきてから、十分に対応出来ると判断しているのだろう。


姿をさらしてはいるが、油断は一切していないし、カグチを見逃すつもりはないようだ。


カグチが『シュザリア』を認識し、警戒しているため、木の上にいる『シュザリア』はまだ襲ってこないが、カグチは少しでも意識を別な事に向けたり、攻撃したら、『シュザリア』は、カグチに飛びかかってくるだろう。


そんな『シュザリア』に対して、カグチは今から、攻撃するつもりだ。


野営の跡地で、サイズの調整を練習した『火球(ファイヤーボール)』で。


「これを見て、どんな反応をするのか知りたいしな」


カグチは、手のひらの上部、五センチほどの場所に、『火球(ファイヤーボール)』を作り出す。


ボール、といっても、それは、小さな、小さなモノだった。


大きさは、パチンコ玉くらいだろうか。


「やっぱり、逃げないよな、こんなモノじゃ。これじゃあ、『火球(ファイヤーボール)』というより、『火の粉』だし」


『シュザリア』は、カグチが作り出した『火の粉』が見えているのか、いないのか。


まったく動こうとしない。


「……じゃあ、やってみるか」


カグチは、そのまま『火の粉』を飛ばす。


風に乗るように、ユラユラ揺れながら、『火の粉』は『シュザリア』に向かって飛んでいく。


『シュザリア』は、まったく動かない。


五秒経過したころだろうか。


いきなり、木の上に、火の手があがった。


五十メートル離れた場所からでも、はっきりと分かる大きさの炎は、『シュザリア』の全身を焼いていた。


燃える『シュザリア』の体が木から落ちていく。


「……あれでも、まだデカいのか」


想定していたよりも『火力』が出ていたことに舌打ちをしながら、カグチは落ちてしまった『シュザリア』に向かって走り出す。


ガサガサ音を鳴らしながら、雑草が生い茂る場所を走れば、当然『デッドワズ』などの魔物たちが襲ってくるが、『カウンター』であっさりと燃えていく。


「ギィイ! ギィイ!!」


カグチが『シュザリア』の元へついたとき、『シュザリア』は全身を炎に包まれながら、暴れていた。


「……カウンターより、『火力』は落ちたけど……」


全身が燃えている以上、素材の回収は絶望的だろう。


「ギィイイ!! ギィイイキイイイイ!!」


それでも、『討伐証明』の部位は、回収出来るかもしれない。


そう思い、カグチは『シュザリア』を見ていたのだが……


「……うっ」


カグチは、口元に手をやる。


肉の焼ける臭いが、漂ってきた。


断末魔を上げ、暴れ続ける、『シュザリア』が放つ、焼ける臭い。


「……これは、考えていなかったな」


魔物の体を残すため、『火力』を落とした弊害。


魔物たちが、火に苦しむ姿を、見なくてはいけない。


自分が発した害により、苦しむモノを見る。


そうなると、どうなるか。


そんなこと、カグチは考えたことがなかった。


だって、カグチが読んできた創作物は、そんなこと、教えてくれなかったから。


三分は、続いただろうか。


殺虫剤を浴びたゴキブリのように、悶え、苦しんでいた『シュザリア』の動きが、止まる。


『シュザリア』の体は、完全に黒い炭になっていた。


火力を落としても、結局、素材も『討伐証明』の部位も、得られそうにない。


なら、カグチがしたことは、『シュザリア』を無駄に苦しめただけ。


「う……えっ……」


数度目の、嘔吐。


カグチの目には、涙が浮かんでいた。


(……最悪だ。だから、『火の力』は……)


ふらふらとふらつきながら、カグチは『シュザリア』の焼死体から離れていく。


そんな、弱り切ったカグチに向かって、魔物たちが襲ってくるが、『カウンター』で、一瞬で炭に変わる。


それが、またカグチの気分を害するのだった。



「……こんなはずじゃなかったんだけどな」


乾いた、空虚な声が、カグチから漏れる。


カグチは、いつの間にか、『火球(ファイヤーボール)』の大きさを試していた野営の跡地まで戻っていた。


進んでいたはずの道を戻ったのは、ここが、少しでも滞在出来た場所だからだろうか。


カグチは野営の跡地で、しばらくぼーっとしていた。


「……『火の力』」


四元素の力の中でも、一番のハズレだと評していたが、ここまでハズレだとはカグチは思わなかった。


他の力なら、魔物の素材を得ることも、『討伐証明部位』を得ることも、ずっと簡単だったはずなのだ。


それに、なにより。


「……エグすぎるだろ、死に方が」


目を閉じれば、火に包まれ苦しむ大きなカラスの姿がよみがえってくる。


耳からは断末魔が、肌には炎の熱が、自身の胃液の味が、そして、焼け焦げていく肉の臭いが、まだカグチの脳内にはっきりとこびりついていた。


「はっ……あぁああああああああ」


大きな、大きな、ため息で、再びこみ上げてきた吐き気をごまかす。


「……そういえば、『異世界ファンタジー』で人を殺してしまった主人公が後悔しているシーンを、『殺したくらいでなさけないやつ』とか、『偽善者っぽくて気持ち悪い』ってけなしている感想が、あったな。あれをけなしていた連中が、今の俺を見たらどう思うんだろうな」


正直、カグチも、そんな主人公たちをバカにしていた。


自分なら、もっとスマートに、クールに、殺してみせると。


悪人を殺したくらいで、罪悪感なんて持たないと。


「……人どころか、魔物でこれだからな。でも、気持ち悪いものは、悪いんだよ!」


『カウンター』で、魔物たちが、一瞬で燃え尽きるくらいなら、耐えられていたのだ。


しかし、『火の粉』で魔物たちが、悶え、苦しむ姿を見るのは、無理だった。


直視するには、あまりにも残酷すぎたのだ。


「こんなはずじゃ、なかったんだけどな」


野営の跡地に来てから、何度も同じ事をつぶやいていた。


こんなはずじゃなかったと。


もっと、チートな力で、楽に、上手に、大活躍していたはずだった、と。


「……どこで間違えたんだか」


また、ぼーっとカグチがしていると、ガラガラと、車輪が回る音が聞こえてきた。


「……馬車か?」


カグチは、今まで、馬車のために用意された道をずっと歩いていたのだが、これが、『アスト』で始めて遭遇する馬車である。


音が聞こえてきた方を見ると、金属の鎧を身にまとっている、馬のような生き物が2頭見えた。


(……これが『アスト』の馬車か。馬デケェ。頭に角が生えているし、『地球』の奴より、1.5倍くらいあるんじゃないか? 鎧を着ているのは、魔物に襲われた時のためか。馬車自体も、思っていたより大きいな。十五人くらいは余裕で乗れるんじゃないのか?)


地球のモノより、色々違う馬車に関心しつつ、カグチは馬車が通り過ぎるのを見守る。


「……あ」


そこで、目が合ってしまった。


馬車の窓から、顔を覗かせていた一人の少女。


キツい顔をしたポニーテールの少女は、間違いなく、カグチと一緒の火のグループに所属させられていたが、爽やかな好青年や他の女子生徒たちと一緒に去っていった女子生徒である。


「……馬車に乗れたのか」


馬車に乗るためには、村に入り、馬車の乗車料を支払う必要があるはずだ。


ここから、王都までは、10000ロラくらいだろうか。


比較的近くの繁華街なら、5000ロラ。


それを、彼らは支払えたということなのだろう。


「……『準備』をもらえたからな、あいつら」


Sランクの奴でも、二つ。Fランクなら、5つ、『準備』と称した、チートっぽい武器やお金を彼らは貰っているのだ。


お金が、具体的にどれくらいもらえたのか、カグチはわからないが、背の高い男子生徒が見せたような武器がもらえたのなら、お金を選んだ場合も、相当な金額をもらえたはずだ。


「……いくか」


もらえなかったモノを気にしてもしょうがない。


しょうがない、が。


カグチは見てしまった。


他の窓から、楽しそうにしている、他の生徒を。


輝かしい鎧や武器を身にまとい、誇らしげに、期待を胸に、目を輝かせているのを。


それは、本当なら、カグチが見せているモノのはずだった。


希望に満ちていたのは、カグチのはずだった。


今のカグチに、希望はない。


絶望。


カグチは、もうじっとしていられなかった。


歩いて、歩いて、歩いて。


空が赤くなり始めた頃、カグチは、気がつけば、聖域の近くに来てしまっていた。


「……ふりだしに戻る、か。マスには、こう書かれていたのかな? 『与えられた『火の力』に絶望し、ふりだしに戻る』とか」


乾いた声も、ため息も出ない。


もう、暗くなる。


他に行くあてもないのだ。

とりあえず、カグチは聖域がある森へと向かう。


雑草が生えている草原を歩けば、もう暗くなるからか、魔物たちから今までで一番の襲撃を受けたが、カグチに触れることなく炭に変わっていく。


それをなるべく見ないように、意識しないようにしながら、カグチは歩いていった。


「……あ」


ふっと、体が軽くなる感覚があった。


聖域にたどり着いたのだと、カグチは理解する。


もう、日は落ち、植生の境目では、見分けるのは困難になっていたのだ。


「……はぁ~~」


そのまま、崩れ落ちそうになるのを、カグチはこらえた。


緊張し、警戒し、全ての神経を張りつめていたから、今まで気にならなかったが、どうやら相当疲労していたようだ。


「……あそこまで、いくか」


聖域の中心にある、白い木が、ぼんやりと光っているのが見えた。


どこで横になっても同じだろうが、せめて少しでも明るいところがいいとカグチは思ったのだ。


灯りに惹かれる虫のように、ふらふらと白い木まで、カグチは歩く。


「……なんだ、これ?」


白い木の根本までたどり着くと、そこに、宝箱のような箱が置いてあった。


全部で10個。


大きさは、手のひらに乗るくらいだろうか。


こんなモノ、カグチが聖域を発ったときには、なかったはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る