第10話 『デッドワズ』と『シュザリア』

数分歩けば、馬車を走らせるためだろう。


整備されている、(といっても、草が生えていなくて、大きな石など少ないだけだが)道が見える。


あの道を進んでいけば、どこかの村に着くはずだ。


(とにかく、村へ行ってみるか。村に行く途中で魔物を倒して、入村料を支払えるくらい稼げたらよし。無理なら、無一文で入れるか、入れないなら、何か方法はないか、探るしかない)


カグチたちにインストールされていた知識は、目を覚ました聖域以外の事は、大まかな、一般的な知識のみだ。


例えると、カグチたち高校一年生くらいの年齢の日本人が、ほとんど知っていることを知っているくらいである。

そのため、大きな国の都市の名前や、距離感、お金の価値くらいは分かるが、実際の村でどのような自治が働いているかなど、詳細は知らないのだ。


そして、魔物についても、ほとんど知らない。


雑草をかき分けて、カグチは道に向かって進む。


ただ、それだけだ。

それだけなのに、カグチを襲っていたのは、人生で最大の、感動。


(……ヤバい、俺、今、生きている)


カグチの人生において、ここまで、生命を使っていることはなかっただろう。


本能的に、カグチの肉体は、警戒していた。


今まで、見たこともない植物、空、地面、あらゆるモノに対して、味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚、そして、第六感までも総動員して、警戒し、分析に、安全、危険を分けていく。


皮膚から生えている産毛の一本一本が、まるでレーダーを関知しているアンテナのような感覚を覚えながら、カグチは歩いていく。


でも、それでも、カグチは魔物を知らない。


知識は、一応ある。


北の大国『ゾマードン』にどのような魔物が多く生息しているか、有名なモノについては知ってはいる。

北海道には、ヒグマがいる、くらいの知識で。


だから、カグチは知らない。


道を外れた、雑草を踏みしめ歩くことが、どれほど危険なことか。


第六感を動員したところで、所詮カグチは、文字通りの普通の高校生。


普段よりも警戒している程度で、関知出来るわけがない。


野生の、魔物の、餌を狙う時の、熟練された狩人(ハンター)である彼の気配を。


「……えっ!?」


やっと、カグチが気づいたときは、もう、彼はカグチの首もとにいた。


中型犬くらいの大きさはある、大きなネズミの魔物『デッドワズ』


その鋭い前歯は、人間の首など、簡単に切り落とせる。


急に現れた、巨大なネズミに、魔物に、カグチは身構えるどころか、目を閉じる事さえ出来なかった。


だから、このあと起こる惨劇をはっきりと見てしまう。


「ギィッ!?」


短い、断末魔。


一瞬で命を奪われたモノの、遺言。


生命のやりとりの勝者は、彼だった。


「……へ?」


なにが起きたか、未だに理解出来ず、疑問文しか発することが出来ない、カグチだった。


「……えっと、魔物?」


やっと、自分になにが起きようとしていたのか理解し、カグチは慌てて身構える。


「え、なんで? いきなり? ちょ、ちょっと待てよ。俺、武器もなにもないのに」


カグチはキョロキョロと周囲を見回し、グルリと回るが、なにも見つけることは出来なかった。


彼の足下で、真っ黒に変わっている、大きなネズミの魔物『デッドワズ』以外は。


「……と、とりあえず、こいつはなんでこんな事になっているんだ? こいつ、いきなり俺を襲ってきたよな?」


カグチは、慎重に、変わり果てた『デッドワズ』を足でつつく。


動く気配はない。


それはそうだろう。


『デッドワズ』の全身は、焼け焦げ、炭に変わっているのだから。


「飛び込んできたこいつが、勝手に燃えたけど……まさか、『火の力』か?」


燃えている以上、それが原因だとしか思えない。


しかし、カグチは『火の力』を使った覚えがないのだ。


そう思う余裕さえ、なかったのだ。


「……オートで迎撃した? 出来るのか、そんなこと? いや、でもSSランクの『火の力』か。あの天使が、散々『偉大なる力』って言っていたんだ。それくらいは、やってのけるのか?」


だとすれば、うれしい誤算である。


カグチが、『火の力』を四元素の力の中でもハズレと評していた理由の一つは、『守り』の面において、他の力よりも弱いからだ。


しかし、オートで反撃する力があるのなら、その評価は一変する。


「……いや、しねーわ。このままじゃ、結局な」


カグチが『火の力』をハズレに評した最大の原因は、実はまだ解消されていない。


それを確かめるように、カグチは屈み、焼け焦げた『デッドワズ』に顔を近づける。


「……うっ。キツいな、生き物が焼けた臭いって」


料理の香りとは違う、ただ生命を奪うだけだった臭いにカグチは鼻を押さえる。


「でも、念のため、調べないとな……」


カグチは、近くに落ちていた木の枝で、『デッドワズ』の焼死体をつつく。


数度、つついただけで、『デッドワズ』の亡骸は、バラバラに砕けてしまった。


「やっぱり、これじゃあ、肉も、素材も、『討伐証明部位』も取ることが出来ない」


この世界は、魔物を倒すことで『経験値』を入手してレベルがあがったり、魔物の死体からお金やアイテム沸いて出てくるような(一部例外はいるが)、世界ではない。


『力』はあるし、『神秘』は残っているが、それだけだ。そこまでだ。


魔物を殺しても、それを証明出来なければ、討伐の報奨金は手に入らないし、魔物の体から使えそうな部分を剥ぎ、肉も食料などに利用しなければ、十分な収益にならない。


そんなことは、現実的に異世界を考えれば、そういった世界がほとんであることは容易に想像がつく。


だから、カグチは『火の力』をハズレと評した。


『火の力』のウリは、文字通り『火力』だ。


敵を、魔物を、燃やし、倒す力だ。


だが、燃やすことで、本来得られるはずの報酬が、収益が、減り、無くなることになる。


今回の『デッドワズ』に関して言えば、『デッドワズ』一匹を綺麗に殺すことが出来ていれば、報奨金に、肉や毛皮の素材の売価を計算して、ちゃんと組合(ギルド)に所属している狩人(ハンター)なら300ロラ、三千円にはなっていたはずだ。


三00ロラあれば、村に入って、食事をすることも出来ただろう。


それが、0だ。

燃やしてしまえば、全て0だ。


「だから、『火の力』は……」


自分の力を罵倒しようとして、カグチはギリギリのところで思いとどまる。


その力に、命を救われたばかりなのだ。


そして、その力しか、カグチにはないのだ。


「……せめて、もう少し、『火力』を落として」


どうにか、綺麗な状態で魔物を倒せるようにしなくてはいけない。


そう考えて、立ち上がろうとしたときだ。


ヒュンと、後ろから前に、何かが飛んでいった。


「……へ?」


なにが起きたか分からず、カグチは止まる。


「ギィ! ギィイイ!! ギィィィィ……」


その正体と、出来事は、目の前で悲鳴を上げている生き物を見れば、何となく察することが出来た。


『シュザリア』


人が両手を広げたくらいの大きさの、大きなカラスのような魔物は、『デッドワズ』に比べると少しだけ事切れるまで時間がかかりながら、燃えていた。

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