第9話 北の大国『ゾマードン』
(……ま、予想通りで、予定通りだ)
風が、カグチの鼻を撫でていく。
(仲のいい奴らは固まって、それ以外はバラバラに、あれだけの人数で、各々力を与えられた状態で放り出されたら、そうなるわな)
あの人数をまとめて、行動するなんて、カグチには重荷だった。負担だった。それが早々になくなり、身軽になったことは喜ぶことだ。
自由になったのだ。
荷物はない。
しかし、重さがない、ということは、負担もないが、心細いものでも、ある。
言いようのない寒気を感じ、カグチは震え、その身を起こす。
「……ぼーっとしている場合じゃねーか」
独りになった以上、全て自分でしなくてはいけない。
カグチが出来ることは、『火の力』を使うことだけ。
「……ほかに、マジで何もねーからな」
支度金も、何もない。
着の身着のまま、なんて言えば快適独り旅だが、状況はそんなに優しいモノではない。
「……当面の目標は、ヒナヒコとハノメと再会することだが、それは当分無理だ」
インストールされていた知識に、それぞれのグループが、どこの聖域に降誕したのか、大まかな位置が入っていた。
ちょうど、5つある大陸のうち、大きな四つの大陸に、一つのグループといった感じで、配置されている。
つまり、ヒナヒコとハノメに会うには途方もない距離を移動しなくてはいけない。
「山を越えるならまだしも、海も越えて、だ。一ヶ月、二ヶ月じゃ、無理だろう。年単位で考える必要がある」
もっとも、それはカグチが、自分だけ移動してヒナヒコやハノメに会いに行った場合だ。
「……ヒナヒコの機動力に期待だな。『風の力』なら、もしかしたら空も飛べるかもしれない」
一応、異世界に到着したあと、バラバラになってしまったときの再会方法についても、話し合っている。
ただ、それは大まかなもので、しかも、『準備』をちゃんと得られた時が前提の話だったが。
「別れたときは、それぞれ、近くの首都、城下町、一番大きな町を目指す。そこで、何らかの連絡手段を探すってのが、次の目標になるわけだが……」
大きな目標を叶えるための中くらいの目標。
それが、今のカグチにとっては城を目指すことなのだが……
「ここから城まで、馬車で5日。徒歩で移動すれば……一ヶ月はかかるのか? 途中の繁華街なら馬車で2~3日だけど……」
考えると、イヤになるくらい歩かなくてはいけないことは分かる。
「途中の村で休みながら行ければ、それでもいいんだけどな」
さすが、異世界というべきか。
インストールされている知識では、村に立ち寄り、休憩するということが、今のカグチにとって、かなりハードルが高いことが分かるのだ。
というのも、町もそうだが、村に入るのにも、お金が必要なのだ。
入村料とでもいうのか。
なぜなら、この世界の村は、地球でイメージするような、ポツポツと一軒家が建っているモノではない。
村の周囲は、城壁のような壁で、しっかりと守られているのだ。
理由は、魔物の存在だ。
人よりも強く、好戦的な彼らの存在は、地球よりも人々に守りの意識を強くさせている。
(……この世界の基軸通貨の単位はロラ。1ロラが十円位の価値で、村に入る平均的な入村料が、100ロラ)
無一文のカグチが工面するには、厳しい金額。
つまり、カグチが次に考えなくていけないことは……
「金をどうやって稼ぐか。これは、これからずっと続く課題だな」
実に、頭の痛い課題である。
なぜなら、カグチの力は『火の力』
『火』で、どうやって金を稼げばいいのだろうか。
「……『土の力』なら余裕なんだけどな。『土』で色々作ればいいから」
『火』でできることなんて、決まっている。
「……魔物退治か。ベターだけど、それしかないよな」
魔物が人の驚異となっているこの世界。
人ならざるモノが残した神秘が眠るこの世界。
当然、狩人(ハンター)や冒険者(アドベンチャー)といった生業は、存在している。
免許制ではあるが、無免許の者でも魔物を退治することは推奨されており、退治した証になる魔物の部位を示せば、各村に一人はいる、組合(ギルド)から報酬を得られる。
「魔物を倒すことに、問題はないはずだ。なんてたって、SSランクの『火の力』だ。問題は、そのあと……」
それは、本当に頭の痛い問題だ。
「……悩んだってしょうがない、か。とりあえず、やってみないことには、実際にどうなるか、わからないからな」
カグチは立ち上がり、背伸びをする。
やることは決まった。
なら、後は行くだけだ。
周囲を見渡し、大きく息を吸う。
聖域。
天使が異世界に連れてきた者たちに用意した、転生者しか視認できないこの場所は、つまり、この世界での唯一のセーフティエリア。
ここを出れば、いつ、何が起きるか分からない。
未知の世界。
それでも、カグチはここを離れることにする。
色々、理想とズレてはいるが、あこがれの、異世界なのだ。
旅立たない理由はない。
カグチは、聖域の草原の中心に、一本だけ生えている白い木に向き直る。
正直な話、業腹な部分もあるが、それでも礼儀は必要だろう。
「……『力』をありがとうございます。『守』をありがとうございます。……行ってきます」
カグチは、頭を下げる。
白い木が、風に揺れて、まるで返事をするようにしなり、かさかさと葉っぱが音を鳴らした。
十分ほど歩き、明らかに今までと植生が違う境目にやってきた。
草原から、急に森になっている。
カグチは、一歩森に踏み込む。
外に出たと、カグチは直感した。
つまり、この先が本当の異世界、『アスト』なのだ。
体を、完全に『アスト』に出してみる。
感じたのは、強烈な生々しさだった。
生きている、木から、生き物から、土から、感じる生命力が、明らかに、『地球』のモノよりも、濃い気がしたのだ。
カグチは息を飲み、なんとなく後ろに戻ってみた。
あっさりと聖域の草原に戻ることが出来た。
少しだけ懐かしさを感じる、神聖で荘厳な空気が、カグチを包む。
「も、戻れるな」
確認をしただけ、とカグチは自分に言い聞かせ、再度、森へと、『アスト』へとカグチは踏み出す。
踏み出して、また戻る。
踏んで、戻って、何度もカグチは繰り返す。
「……って、俺は県境に興奮している奴か」
自分で自分にツッコみ、カグチは自分の額に手を当てる。
「……あ~~~……こえぇぇ……」
カグチは、そのまま境目で座り込んだ。
憧れていたはずの異世界。
いや、今でも憧れ、すぐにでも冒険したい気持ちがある。
あるが、それでも、恐怖もあるのだ。
見知らぬ土地に、歩み出す。
一人で。
しかも、『地球』とは比較にならないほどの危険が、溢れている。
いざというとき、頼れる者はない。
これほどの恐怖はないだろう。
憧れと恐怖に挟まれて、行き来する感情の針。
「行くしか、ないだろ。このままここに居ても、ジリ貧なんだ」
数分、森を見て、カグチはようやく、決意する。
「う……あぁああああああああ!!」
声を発し、自分を鼓舞し、カグチは走った。
境界をこえ、カグチはそのまま森を抜けた。
「……はぁ……はぁ……ここが、今度こそ、だ」
森を抜けると、背の低い雑草が生い茂る草原だった。
「北の大国、『ゾマードン』」
それは、カグチがいる国の名前だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます