第8話 解散

「……カッ!?」


せき止められていたモノをかき出すように、息を吐き、そして吹い、その衝撃で、カグチは目を覚ました。


眼前に広がるのは、眩しい、でも確かに高い、青い空。


白い部屋ではない。


学校の教室、でもない。


カグチは、ゆっくりと体を起こした。


「こ……こは?」


手に触る感触は、柔らかい芝生。


呼吸は激しく、荒いが、体に痛みなどはない。


むしろ、少しだけ調子がいいくらいだ。


「……異世界『アスト』、か」


カグチは周囲を見る。

あの白い部屋のような荘厳さを感じさせる、木々に囲まれた草原。


小さな泉さえある。


ここは『アスト』に数カ所ある聖地の一つだと、カグチの脳裏にすっと浮かぶ。


自分が知らないはずの知識を、知っている。

知らない言葉を、知っている。

ここがどこで、何なのか、理解している。


おそらく、この体に、元々備えられている機能なのだろう。


言語の力などがなかったのは、それら必要最低限の知識は、インストールされている体を、用意していたからのようだ。


「……用意しているなら、『準備』も俺らに用意していろよ、って話だけどな」


カグチは、異世界に送られる直前に、天使から受けた仕打ちを思い出し、顔をゆがめる。


新しい体になったのだ。


痛みは全くないが、しかし、心に、魂に刻まれた傷は、全く癒えていない。

着ている制服も新品で、靴も新品ではあるが、それは事実を事実と伝えるだけだ。


「……大変なのは、ここからだ」


天使からの痛みに、仕打ちに、理不尽に、怒り、憤りを感じている暇はないだろう。


おそらく、ここから、また理不尽なことが起きるはずだ。


体を起こし始めた、他の人たち。

一緒に異世界にやってきた者たちの姿を見ながら、カグチはさらに痛くなりそうな心に、気合いを入れる。


「……ん?」


「……ああ、ここが……」


「ヨシフル、起きて、リルも」


「ん? アユミ? そうか、本当に来たんだな……」


「んんん……眠い」


各々、そんなやりとりをしながら、体を起こしていく。


カグチを含め、二十二人。火のグループとして異世界にやってきた者全員が、目を覚ました。


(……さて、と)


目を覚ました者全員から一応注目されていることを、その視線に感じながら、カグチは芝生に腰を下ろしている。


(どうせ、な)


なぜ注目されているのか、それが、『火の力』を持っているのが、カグチであり、このグループのリーダーであるからだろう。


(リーダーとか、俺は天使から聞いていないし、そもそも、ここにくる直前に、リーダーは別の奴に変わっているはずなんだけどな)


そのことに、いつまでもだまり、芝生に座っているカグチの様子から、他の皆も理解したのだろう。


天使にリーダーを指名された、スライムメガネの男子生徒、サンジョウの方に目を向けようとする。


「……あ、あれ? アイツは?」


「あ、本当だ。サンジョウくんがいない」


(……見事に消え(逃げ)たな)


ざわざわと他の者が騒いでいるなか、カグチはサンジョウの行動に理解を示す。


(『準備』の装備に、透明か、気配遮断の力がある奴を選んだんだろうな。それを使って目覚めた瞬間に、逃走(エスケープ)良い手じゃねーか、あのやろう)


天使様からのご指名は、サンジョウにとって迷惑だったのだろう。


せっかく、強力な力に、強力な装備。『異世界チートで俺ツエー、やりたいように生きていきます』の材料がそろっているのだ。


なら、わざわざ集団を率いて行動するなんて面倒で意味のない、むしろリスクのある行動はしないだろう。


「んっだよ! どこかに行きやがったのか? 生意気な奴。じゃあ、俺も自由にやらせて貰うぜ!」


そんなことを言い始めたのは、ガラの悪い男子生徒の一人。一番最初に、ガチャを引き、『鬼王の力』を引き当てた男子生徒だ。


「お、おい、百鬼目(マダラメ)!」


「じゃーなー! さて、アイツ等のところに行かないとな。とりあえず、城か。王様って奴に会わないとな」


マダラメは、彼の背丈はある大剣を背負っていたが、特に重そうもせずに、悠々と歩いていく。


さっそく、二人も抜け出し、どうすればいいのか、皆牽制するように互いをチラチラと見ては、何かを言い出そうと口を動かしていく。


そんな中で、次に動いたのは、二十二人の中で、唯一の、あの白い部屋では三人しかいなかった、大人。


「あー……とりあえず、皆落ち着きなさい」


カグチのクラスの担任教師、男性教諭のマツムラだ。


「出て行った者を追ってもしょうがない。先生がいるから。まずは、そうだな。他のクラスの者もいるんだ。自己紹介から、始めよう」


マツムラは、教師っぽく、そんなことを言っているが、話の調子はどこかうわずっていて、話している最中、なぜかバタバタとせわしなかった。


(……少し甘い匂いがするな。まさか、こんな序盤で、まだ皆が警戒している中、するか? 普通?)


マツムラがどんな力を持っているか知っているカグチは、警戒を越えて、軽蔑の感情でマツムラを見る。


Fの力を持っている女子生徒達も、マツムラが何を仕掛けてきたのか気づいたのだろう。


皆一様に顔をしかめ、お互いにうなづきあう。


そして、女子生徒の中で、分かっていなかったのだろう、ポニーテールの気の強そうな少女と、ボブカットの少女に、Fの力を持つ女子生徒の一人が耳打ちする。


それを聞き、明らかに嫌悪の表情を浮かべたポニーテールの少女は、この中では一番『好青年』という言葉が似合う、二本の剣を腰に帯びている少年の腕を、強く取る。


「……すみません、先生。私たち、別で行動します。皆、行こう」


「あ、おい、待ちなさい」


マツムラの制止の声も聞かず、ポニーテールの女子と、ボブカットの女子、そして、双剣好青年に、Fの力を得ている女子生徒四人が、早歩きで去っていく。


「……くっそ! 『魅了の力』じゃねーのかよ! なんで言うこと聞かないんだ?」


苛立ちながら、マツムラが芝生を蹴る。


そう、マツムラは『魅了の力』を手にしていた。

それを使い、女子生徒と、力を得ている男子生徒達を操ろうとしていたのだろう。


(……『魅了の力』が、どんな力か詳細は知らないけど、屋外の、こんな皆が警戒している中、使えるわけねーだろ)


おそらく、甘い匂いを感じたことから、フェロモンのようなモノをだして、魅了する力なのだろう。

なら、なおさら屋外で、しかも、こんな神聖な雰囲気のある場所で使えるわけがない。


残っていた男子生徒たちからも白い目で見られ、マツムラはそそくさと、マダラメと、ポニーテール女子達とも違う道へと逃げていった。


「あー……じゃあ、俺たちも、行くな」


特に仲の良かったわけではないが、カグチのクラスメイトだった、ちょっとオタクっぽい男子生徒たちも、なぜか遠慮がちにカグチに頭を下げて、道を歩いていく。


「……行こう」

「うん」

カップルっぽい男女と、女子生徒2人組もそれぞれ離れていった。


草原に残っているのは、カグチと、もう一人。


「えっと、アンタは、行かないのか?」


カグチは、自分の後方立っていた男子生徒に声をかける。

カグチの隣のクラスの男子生徒だったはずだ。


「カネボシくん……だったよね?」


寡黙で、背の高い男子生徒、カネボシ。


確か、Sランクの『騎の力』を手に入れていたはずだ。

見た目から、ガラの悪い生徒たちのグループに属しているとカグチは思っていたが、彼はマダラメと行動を共にしなかった。

別に、仲がいいという訳ではなかったのだろう。


「行くが……その、大丈夫か?」


「え?」


(……心配された?)


カグチは、カネボシから投げられた言葉に、思わず、彼の方に体を向ける。


「いや……悪い。今のは失言だ。俺みたいなヤツが、アンタに言って良い言葉じゃない」


カネボシは、腰につけていた紅色と蒼色の二本の棒を抜く。


「……円盤?」


棒には、それぞれ、フリスビーのような円盤がついていた。


「双輪・紅馬蒼鹿」


円盤のついた棒を、カネボシが組み合わせる。


すると、まるで合体ロボットのように、二つが組み合わさり、炎と氷の車輪を持つ、一台のバイクが完成した。


「……またな」


それだけ言い残し、カネボシは、炎と氷をまき散らしながら、草原を去っていった。


「……なんだよ、カッケーじゃねーか」


カネボシを見送り、カグチは他に誰もいなくなった草原で、独り横になるのだった。

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