第7話 『準備』の終わり

「……終わりましたね。では、あちらの部屋に。もう、他の皆さんは準備を終えています。残りはあなた達だけですよ」


天使は、扉を進むように促してくる。

ハナは、ちらりとカグチたちの様子を確認し、進もうとしないことを理解して、先に扉の先へと歩いていく。


「えっと、兄さん。行こう」


「先輩、行きましょうよ」


「……あ、ああ。そうだな」


床に手を尽き、生まれたての子鹿のように震えていたカグチに、ヒナヒコとハノメが声をかける。


自分が何の力を得たのか。


虹色の光を視認した瞬間。


本能で理解した。


「……俺が『火の力』か」


あれだけ、避けたがっていた、『火の力』。

それが、まさか自分の力になるとは。


「二十五パーセントだった。七十五パーセントだったけどさ。でもさ……」


「そんなにイヤだったら、ガチャとかじゃなくて、話し合いにして、私たちに押しつければ良かったんじゃないッスか?」


「お前達に、自分がイヤなモノ押しつける訳にはいかないだろ?」


「……そういうところだよ、兄さん」


ヒナヒコが、呆れたように息をはく。


ちなみに、ヒナヒコが『風の力』で、ハノメが『土の力』だ。


そうなると、必然的に、ハナが『水の力』になる。


ハノメは、ヒナヒコの横で、ニヤニヤしながら言う。


「……ここで、ガチャじゃなくて、自分から積極的に選んでいたらカッコよかったんっすけどね。本当に、中途半端な先輩らしいッスよねー」


「うるせーよ!」


ギャイギャイ騒ぎ始めたカグチたちに、天使が冷たく言う。


「早く行きなさい」


「……はい」


三人は、ゆっくり、扉へと向かう。


「……お前達、分かっているな」


「うん」


「はいっス」


カグチは、前もって、扉の先で行われているだろう『準備』についても、二人に話している。


『準備』で、何を得るべきか。


(力の再配分はないと思うけど、あったら、異世界言語とか、そんな基本的な力だろう。それがあったら、真っ先に得るべきだ。そして、次にお金。序盤に無一文だと、のたれ死ぬ可能性が高い。次に、防具。武器の優先度は、一番下だ。四元素の力を得る以上、戦いで困ることはない)


あとは、それぞれの力によって、応用力が広がるような『準備』の選び方を、カグチは二人に教えている。


二人とも、カグチがSSランクの力では当たりと評していた『風の力』と『土の力』を得ているのだ。


ちょっとしたアイテムや些細な力を『準備』で手に入れることが出来れば、簡単に死ぬことや、生活に困ることはなくなるだろう。


(……もっとも、俺はキツいけどな)


『火の力』


文字通り、火力は高いから、おそらく戦闘で困ることはない。


しかし、他に応用力が効かない。


『準備』をしっかりしないと、序盤でのたれ死ぬ可能性も、大いにあるのだ。


(理想は、全員に、当分生きているだけの、お金とかの支援がされることだが……)


カグチたちは、扉の先にある部屋に入る。


「……これは?」


「ようやく来ましたか。遅かったですね。早くそれぞれの、力のマークが描かれている場所に立ちなさい」


先ほどまで、白い部屋にいた天使と同じ顔をしている天使が、尊大な態度でカグチたちに指示をする。


その天使に意識を奪われ、しかし、カグチはすぐに部屋を見渡す。


「……なんだ、これ?」


そこには、先に力を手に入れて、この部屋に来ていた生徒達がいた。


生徒達は四つのグループに分かれている。


『火』『水』『風』『土』


のグループだ。


全部で八十八人いたので、綺麗に二十二人ずつ、並んでいる。

それはいい。


問題は、彼らの今の様相だ。


「……武器?」


彼らは、今、一様に武器のようなモノを見に帯びていた。


背丈はある大剣や、日本刀、槍やハンマーや、武器と呼んでいいのか、棒の先にフリスビーのような丸い物体がついているモノから、スコップやバールのようなモノまで、様々なモノを持っている。

中には、カグチたちが着ている制服ではなく、鎧のようなモノや、質の良さそうなローブなどを身につけているモノもいた。


(……『準備』って。アイテムの再配分はあるかもしれないって思ったけど、こんなに良いものを、また選べるのか?)


しかし、なぜか、カグチはまったくワクワクしなかった。

伝説の武器を選択し、身に帯びる。

これも、また『異世界チート』の醍醐味であるはずなのに。


カグチは、『火』のマークがかかれた床の前に立つ。


そこには、この部屋の中で、誰よりも荘厳で、雄大な力を感じる、武器や防具を身に帯びているモノがいた。


『軟体(スライム)の力』を手にした、メガネの男子生徒、サンジョウだ。


サンジョウは、上機嫌に、頬をゆるめている。


自分こそが、勝者であると確信している顔だ。


(……まぁ、そりゃそうだろうよ)


おそらくはハズレのアタリである『軟体(スライム)の力』を手に入れたのだ。

しかも、豪華な装備も手に入れている。

どう考えても、向こうについて困ることはしばらくないだろう。

それどころか、『軟体(スライム)の力』がカグチが思い描いている力なら、天下を取れる可能性もある。


(……どうでもいいか)


サンジョウを見ていたくなくて、カグチは向き直る。

そうすると、天使の方を向くことになった。


遅れてきたカグチが後ろではなく、先頭なのは、一応四元素の力を手に入れたからだろう。


(……さてと、この部屋の様子から見て、異世界には四つのグループに分かれて行くことになるのか。ヒナやハノメと別行動になるけど、まぁ、そこら辺は想定済みで、話してはいる)


天使の後ろの壁には、異世界の大まかな地図や、『準備』の説明、そして今この部屋にいる天使のことなど、疑問点になりそうなことが、細々と書かれている。


(あの天使の正体は、白い部屋にいたやつの分体、ね。まぁ、予想通りだな。グループは……四元素の力を持っている者以外、Fランクの力を持っている者から希望を聞く形にしたわけだ。こりゃ、早々にこのグループは解散だな)


希望制にしたら、仲のいい奴とだけ組んで、行動するに決まっている。


異世界なんて、不慣れで不安しかない場所なら、なおさらだ。


(率先してFランクの力を選んだ奴らは、『追放俺ツエー』を目指すだろうし……悲惨なのは、ガラの悪いグループの奴らか? アイツ等、ほとんどSランクの力だったはず)


力を選ぶとき、ガラの悪いグループのメンバーは、杯の近くにいたのだが、Fの力から優先して選ばれていくのを見て、彼らは後ろに並ぶことにしたのだ。


おそらく、オタクっぽい『異世界チート』について、詳しいモノがいなかったのだろう。


ランクの低いものから選ばれるなら、強そうに見える王がつく後半の力を得ようとし、結果彼らのほとんどはSか、一部Aの力得て、この部屋に来ていた。


(Sってことはグループを選ぶときに、全員と一緒のグループになるなんて出来なかったはずだ。2~4人ずつが精一杯……まぁ、ガラの悪いグループなんて、どうでもいいか。俺が知るべき情報は……)


カグチは、急いで黒板に目を通す。


それは、隅の方に、書かれていた。


(あった。準備の内容。選択出来るのは、食糧と薬と、金銭と、武器と防具。『力』の再配分はなかったか。じゃあ、『言葉』とかは大丈夫そう……か?で、選べる数は、力のランクによって違うのか……訂正されている? とりあえず、訂正後の数は、Sが2、Aが3、Fが5……?)


何度見ても、SSの力が『準備』で選べるアイテムの数が書かれていない。


「……おい、まさか……」


「皆さん。いよいよ旅立ちの時です。『準備』はよろしいですね? あちらの世界『アスト』は、『地球』に負けないほど、広大です。しかし、球体です。終わりはない。ここで別れた者とも、望めば再会することが出来るでしょう」


天使がほほえみ、両手を広げる。


「ちょ……ちょっと待った!!」


カグチは、大きな声で天使を止めた。


天使は、不愉快だ、とでも言いたげに、両手を元の位置に戻す。


「……どうしました?『火の力』を持つ者よ?」


「あの、『準備』って、俺、俺たち、何も貰っていないんですけど……」


「………………はぁ」


天使は、大きく、聞こえるように息を吐くと、カツカツと靴の音を鳴らしながらカグチに近づいてくる。


そして、カグチの前に立つと、右手を広げて、カグチに向ける。


「……あ、あの……ガッ!?」


空気を振るわせる強烈な炸裂音が響き、カグチはひざまづく。


電流のようなモノを浴びせられたのだと、部屋にいた者はすぐに理解した。


電気は、雷は、神様が使う代表的な天罰だ。


「……なんと、浅ましい」


ひざまづき、うずくまるカグチを見下し、天使は言う。


「偉大なる『火の力』を手にし、さらに求めるなど、なんと卑劣で、愚か。このような己の欲にまみれたモノに、偉大なる力の一つを授けることになるなど……『火の力』は、お前のような愚物にではなく、彼のような清廉な者が手にするべきであった」


天使は、一際輝く装備を身につけている、スライムの力を持つサンジョウに手を向ける。


「……しかし、それは出来ない。あの場で授けられるのは、一人一つの力のみ。最後に残った力が偉大なる力であるのならば、最後に残った愚物に与えるほかない。決まり事とはいえ、ままならないモノよ。私に出来たことは、せめて、彼に少しでも多くの助力をすることのみ」


Fの力を持つモノが手にすることができた『準備』のアイテムの数は、5つ。

しかし、サンジョウが身に帯びている装備の数は、それよりも多い。


「形式に則り、一応、この愚物を代表にしているが、どうか、火の集団は貴方に導いてほしい」


天使は、サンジョウに対し、頭を下げた。


「……お騒がせしました。では、今度こそ、旅立ちの時です。この愚物のように、欲にまみれず、皆と助け合い、協力すれば、どんな困難も乗り越えていけるはずです。あの、力を選んだときのような奇蹟を、もう一度見せてくれることを、私も、主も、望んでいます」


天使が、両手を広げる。


「隣人に、愛を。そして、皆に幸せを……」


部屋が、あのとき、学校の教室で見たときのように白く染まり、そして、カグチ達は異世界、『アスト』へと旅だった。


彼らの、別の世界での第二の人生が、これから始まるのだ。

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