第6話 SSの四人

「まさか、このような形で力の配分が終わるなど、神さえも想像していなかったでしょう。人は、どんなに進歩しても、欲深い生き物だと考えていましたが、その考えを改めなくてはいけませんね」


並んでいた最後の一人。前髪をおろしている暗めな印象の女子生徒が、うれしそうに、扉の先に進んでいく。


彼女が手にしたのは、『死霊王の力』。


最後に残っていた、Sの力だ。


「では、こちらへ。最上位の力を得る、幸運な者たちよ」


行列を見送り、部屋に残っていた四名が立ち上がる。


今夏 嘉颶智(いまなつ かぐち)


冬去 火那彦(ふゆさり ひなひこ)


秋山 葉乃芽(あきやま はのめ)


その三名と、カグチたちの反対側の部屋の隅にいた、背の高い、手足の長い少女。


常春 埴撫(とこはる はな)


「ハナさんがいたのか」


「知り合いなんッスか? 先輩」


「知り合い、ってか有名人なんだよ、彼女。確か、知る人ぞ知る、古武術の分家かなんかで、あのスタイルの良さで、モデルもしているとか。まぁ、簡単に言えば、俺たちの学校のアイドル……いや、高嶺の花、って奴だ」


「……へー、そうなんッスか」


「なんで、ちょっとふてくされているんだよ」


「別に? 何でもないッス」


目を薄くし、頬を膨らませている弟の同級生に、カグチは首を傾げる。


「……そこ、早くこちらへ」


無駄話をし、一向に動かないカグチ達に、天使が冷たく声をかける。


「ほら、兄さん、いきましょう」


「あ、ああ。そうだな」


(……なんか、イヤな感じだったな、今の)


急激に冷え込んだ、晩秋の風のような。


寒気を感じ、震えたカグチは、天使の前にたどり着く。


「……どうも」


隣に並んだハナにカグチは声をかけるが、ハナは会釈だけを返す。


(……さすが、僕たちの高嶺の花。こんな時でも冷静沈着、か)


クールビューティー。

それが、皆がハナに抱いている印象である。


「……なんか、イヤな感じだね」


しかし、ポツリと、ハナがカグチだけ聞こえるくらいの大きさで、つぶやいた。


「……え?」


「油断しないで」


天使の方を向き、ハナは口をほとんど動かしていない。


(……まいったな)


カグチも、ハナと同様に天使の方を向く。


態度が、違う。


生徒達が嬉々としてFの力を求めていた時と違い、天使は、明らかに、カグチたちを見下ろしている。


見下している。


(どうせ、『他の人に譲られた、SSランクの力を得て、調子に乗らないように釘を刺しておこう』とか、そんな思考なんだろうな。多分、天使の中では、俺たちの扱いは、Fランクの力の奴らより、下になっている)


先ほど感じた寒気は、間違いではないのだろう。


しかし、カグチが感じている『まいった』という感情は、天使にだけではない。


(そんなことを、わざわざ、ほとんど初対面の俺に教えるなんて、悪い人じゃないのか、ハナさん)


常春 埴撫(とこはる はな)が見せた善性に、カグチは困惑している。


(これで残っていたのが、性格最悪な奴なら、押しつけようと思っていたんだけどな。残っているSSランクの力の、ハズレ枠。『火の力』を)


カグチは、隣にいるハノメと自分のヒナヒコをチラリと目を向ける。

カグチが、出遅れ、それでも並ばなかったのは、彼らがほとんど、『異世界チート』について、いや、それどころか、マンガやファンタジーについての知識を持っていなかったからだ。


(ヒナは、あの親父の影響だからしょうがないけど、ハノメも知らなかったとはな)


結局、カグチは中途半端に残った力を得るよりも、最後まで残り、ヒナヒコやハノメに、自分が持っている知識を伝えることにした。


自分たちが得ることになるのが、SSランクの力、四元素の力になるだろうと見越して。


(……まぁ、最後まで残ったことで、どんな奴がどんな力を持っていたか把握出来たけどな。ヤバい組み合わせの奴も、何人かいる。それを知れただけでも、プラスだと考えるしかない。あとは、ハズレの『火の力』をどうするか、だが……)


天使は、何も言わずに、じっとカグチたちを見ていたが、呆れたように、息を吐いてみせる。


「さて、私としては、あなた達にも、彼らのように、滅私の心、譲り合いの精神を見せてもらいたいところですが……残っているのは、どれも最高の力。どのようにして……」


「天使様。私から一つ提案があるのですが」


カグチは、ギュッと息を飲み、枯れそうになった声を最後まで出し切る。


「……なんですか?」


「ガチャ……くじ引きをしましょう。残っているのは、どれも最高の力なのでしょう? なら、どの力を得ることになっても、私たちに異論はないはずです」


カグチの提案に、天使は目を細める。


(……譲り合いの精神。どうせ、『私は最後に選びます』とか言ってほしかったんだろ? でも、それは却下だ)


カグチは、じっと天使の答えを待つ。


(仮に、俺が譲って、他の三人で選ばせても、ヒナも、ハノメさんも、知識がないんだ。ハナさんが、どれだけ『異世界』の知識があるのか分からないけど……ハナさんは、こんな状況でも落ち着いている。頭も良いんだ。あの二人に、ハナさんと勝負なんてさせられない。それに、俺も話し合いに参加して、ハナさんに『火の力』を押しつけるってのも……さっき、あんな事をされたんじゃ、後味がわるい)


カグチは、苦い薬を飲み込むように、目を閉じる。


(……だからと言って、俺が『火の力』になるのは、イヤだ。『土の力』か『風の力』がいい。最悪でも、『水の力』だ。そうなると、ガチャしかない。七十五パーセントの確率に、かけるしかない)


天使は、カグチ以外の生徒に、目を向ける。


「あなた達は、何か意見はありますか?」


「……いえ、私はそれでいいです」


「私も」


「僕も」


ハナも、ハノメも、ヒナヒコも、皆カグチの意見に賛同する。


その答えを聞き、はっきりと、落胆を表すかのように天使は息を吐く。


「いいでしょう。あなたたちに時間を使うのも惜しい。残っているモノ全員で、杯に触れなさい」


カグチ達の中央に、力の杯がゆっくりと移動してくる。


入っているのは、虹色の玉のみ。


一〇〇パーセント、SSの力が手に入る、ガチャ。


(……もっとも、ハズレのSSランクだけどな)


カグチは、肩を落とし、杯に手を向ける。


ハナも、ヒナヒコも、ハノメも、皆杯の四方に立ち、手を向けた。


「……俺が合図を出すって感じかな?」


何となく、他の三人にその役目を期待されていることをカグチは悟る。


「ええ」


「兄さん、お願いします」


「先輩、オネシャッス!」


「分かった。じゃあ、うらみっこなしで。せーの!」


四人が、同時に杯に手を触れる。


今日、一度も出てくる事がなかった虹色の光が、部屋中を包み、そして、消えた。

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