第5話 致命的なミス
(アイツ、やっぱり『異世界チート』の話を知っていたのか)
サンジョウが天使にしていた質問の内容から、こんな事態を知っていただろうことは、カグチはわかっていた。
(いや、知っていたというか、望んでいたんだ。俺と同じように。『異世界』に行ったら、自分なら、どうするか。どんなチートを得て、どんな生活をするか。頭の中でシミュレーションをしてきたんだ。だから、分かったんだ。あの力の中で、当たりはSSランクの『火の力』とかじゃない。Fランクの、一見使い勝手が悪そうな、でも実は強力な、無双できる力が当たりだってこと!)
カグチは、歯を食いしばる。悔しかった。
ただ、ぼーっと座っていた自分が。
あれだけ、緊張感を保てと自分に言っていたのに、油断をしていた自分が。
(気づくべきだった。思い付くべきだった。天使は言っていたじゃないか。話し合いで解決できたら、と。なら、自ら、天使がハズレだと思っている力、Fランクの力を望めば、手に入れられるじゃないか!!)
カグチは、拳を握りしめる。
(『軟体(スライム)の力』! まさか、一番の本命を、さっそく、こんな形で取られるなんて……!)
反吐が出そうだ。
自分の、考えの甘さに。
拳の堅さが乗り移ったかのように、カグチの背中も丸くなる。こうしないと、爆発しそうだった。
カグチは、悠長に、他人がどんな力を得るのか、なんて観察している暇はなかったのだ。
ガチャの結果が良くなるように、祈っているなんて、愚かなことをしている暇はなかったのだ。
そして、すでに終わっていることを、後悔している暇もなかったのだ。
部屋の中が、徐々に、しかし、はっきりと、騒がしくなっていく。
その変化に気がついたカグチは、丸めていた背中を起こした。
唖然とした。
さきほどまで大人しく座っていたはずの他の生徒たちが、立ち上がり、杯に群がっていたのだ。
「……あ、ああ!?」
カグチも慌てて立ち上がる。
「し、しまっ……くそっ!!」
そして、杯に向かい走り始める。
カグチも、把握していたはずだ。
サンジョウ以外にも、『異世界チート』を知っている生徒達がいたことを。
彼らも、当然狙うだろう。
あこがれの、ハズレのチート能力無双。
Fランクの力で快適異世界チート生活を。
(……今の時点でも、十、二十は、いる。でも、俺より近い場所から向かっている奴らがもう三十はいる。間に合うか? Fランクの力は、数えたけど四十四個。一つなくなって四十三個。天使も、あれだけの数に押し寄せられて、困惑している。なら、紛れるはずだ。後から来ても、さりげなく、押しのけて、前の方に……)
天使の前で、あまり乱暴な振る舞いは、これからのことを考えると避けたいリスクではある。
しかし、背に腹は変えられない。
二段、三段と階段を下りていた時だ。
「……兄さん?」
カグチは、はっきりと聞いてしまった。
それは、ここにいるはずのいない者の声。
カグチ達とは少し違う制服を来ている、優しそうな、男子中学生。
冬去 火那彦(ふゆさり ひなひこ)
名字は違うが、間違いなくカグチの弟だった。
「……ヒナ? なんで、お前がここに……」
「やっぱり、兄さんだ。良かった。探していたけど、見つからなくて。ちょうど僕の後ろの方の列にいたんだね。死角だったんだ」
「そんなことはどうでもいい! なんでお前がここにいるんだよ!」
カグチは、ヒナヒコの肩を掴む。
「え? ほら、今日、オープンキャンパスだったでしょ? だから、兄さんの学校を見に来ていたんだよ」
弟の笑顔に、カグチの顔がゆがむ。
死んでいるわけじゃない。
でも、魂を複製され、連れてこられた。
自分はいい。
本物が母の近くにいるなら、自分は複製として、新しい世界を楽しもうと思えている。
でも、弟が、家族が同じ状況になって、心を乱さないわけがない。
沸いてくる激情を、目の前の弟にぶつけてもしょうがないことは分かっている。
だから、カグチはとりあえず、力を込めて目をつぶり、そしてあけた。
「そうか。わかった。でも、だったらお前だけじゃなくて、他の人もいないとおかしいだろ。ここにいるのは、ほとんど、俺のクラスか両隣のクラスの奴らだし……」
部屋にいるのは、カグチのクラスを中心に、両隣に位置するクラスの生徒達と、その担任教師ばかりだ。
少しだけ違う、別の制服を着ている生徒なんて、気がつけないほどに、見ていない。
「いや、実は、ちょっとオープンキャンパスの説明会を抜けてきてさ。ハノメの奴が兄さんの授業を受けている様子が見たいって……」
「……ハノメって……」
「うっす! 先輩!! いやぁ、なんか大変な事に巻き込まれましたね! これは大変だぁ!!」
ひょこりと、どこに隠れていたのか、ヒナヒコの後ろから、小柄の、ヒナヒコと同じ系統の学校であると分かるデザインを来た女子生徒が顔を出す。
彼女の名前は、秋山 葉乃芽(あきやま はのめ)。
カグチの弟、ヒナヒコの同級生の女の子だ。
「なんか急に真っ白な光が光って『うひゃーまぶしいー』なんて思っていたら、変な白い場所にいて、高校生の先輩方が周りにうじゃうじゃいるじゃないですか。いやーぶっちゃけパニクりましたよね。『やべーこえーおっかねー』って。せめて、他に知り合いがいないか、ってか私とヒナくんの知り合いなんて先輩しかいないんッスけどね! とにかく、先輩がいないか探していたんですけど、ちゃんといたんですね! いや良かった良かった! そういえば、先輩、聞きたいことが……」
「相変わらずめちゃくちゃしゃべるな、お前は!」
ぺらぺらと、饒舌にしゃべり続ける弟の同級生、ハノメに、カグチは若干イラつきながらツッコむ。
「いいか? 今は……」
「あ、そういえば。先輩。先輩に渡したいモノがあるんです。かわいい後輩からのプレゼントですよーちょっと待ってください」
カグチの話を遮り、ハノメは制服のポケットに手を入れる。
胸のポケットにいれて、スカートのポケットに入れて。
パンパンと、全身のポケットを叩き、中に手を入れ、そして、またたたく。
「……先輩! プレゼントがないッス!!」
「知らねーよっ!!」
ハノメが近づいてきたので、カグチは慌てて上体をそらす。
そうしないと、当たるのだ。
彼女の、年齢の割に育ちすぎている、おっぱいが。
ツリそうなほどに、上体をそらしているのに、ハノメはグイグイとカグチに近づく。
「なんでないんッスか!? 先輩っ!」
「だから知らねーって!! ……たぶん、俺たちは魂の状態だからな、着ていた服は再現されても、持ち物までは、再現されていないんじゃないか?」
「そ、そんな……」
ハノメが、うつむき、息を落とす。
さすがに、年下の女の子に、そんな顔をされれば、カグチも邪険に出来ない。
「あー……えっとその、なんだ。まぁ、俺たちは複製された魂だし、いや、これ悪い意味じゃなくて、たぶん、そのプレゼントはしっかりと、本物の、地球の俺が受け取っていると思う、ぞ?」
しどろもどろになりながらも、かけたカグチの慰めの言葉に、ハノメは顔上げる。
「……そうッスね。そう思いましょう」
ニカリと、笑顔を見せたハノメに、カグチはほっと息をつく。
「今頃、生きている私が先輩のビビって腰を抜かしている様子を見ていると信じましょう」
「……まて、お前、俺に何を渡そうとしていたんだ?」
「……え? このまえガチャガチャで見つけた、引き抜くと血塗れの指が出てくるガムのおもちゃですけど……イタイタイタイ!!」
カグチはハノメの頭をつかみ、握りしめる。
「お前、こんな状況で何くだらないモノを渡そうとしていやがったんだ?」
「こんな状況って、渡そうとしたのは、学校にいるときッスよ!?」
「さっきも渡そうとしていたじゃねーか!」
ギャイギャイと悲鳴を上げるハノメと彼女を叱るカグチに、ヒナヒコは苦笑いを浮かべながら声をかける。
「あー、兄さん。それより、なんか慌てていたけど、それは大丈夫なのかい?」
「……あ」
ヒナヒコに言われて、慌ててカグチは杯の方を向く。
「……しまった」
杯の前には、きれいに、ぴっしりと、一部の隙もなく、行列が出来ていた。
七十人は確実にいる。
力の掲示から、『端末(スマートフォン)の力』が、消えた。
ガチャで消えたのではない。
選ばれて、消えていく。
「……彼の奉仕の心が、滅私の意思が、皆に伝わり、広がっていく。……ああ、主よ。私は今、奇蹟の前にいます」
天使は感涙しながら、並んでいる生徒たちにFの力を授けていく。
カグチは、完全に、Fの力を得る機会を。『異世界をハズレスキルで俺ツエー』をする機会を、逃してしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます