第4話『Fの力』

(……Fランクの力で『異世界チート』。完璧だ。完璧すぎる。一見役に立たない力で、成り上がる。その道が、俺にはハッキリと見える)


カグチは大きく息を吸い、吐いた。


興奮している。


脳からはアドレナリンがドパドパと放出されているをはっきりと感じ取れる。


でも、だからこそ落ち着かなくてはならない。


(大切なのは、どの力を獲得するか。Fの確率が一番高い。でも、最悪SSランク、『火の力』とかを手にする羽目になるかもしれない)


掲示された力の数々。


そのどれを手にするのか。


どうやって手にするのか。


これから天使が、説明するはずだ。


それを聞き逃してはならない。


天使が、ゆっくりと身を起こす。


「確認いただけましたか? 力の格差。私も避けられるモノなら、避けたかった。しかし、差が、進化を促し、生き物を強くしてきたのも、事実。この差を、飲み込んでほしい」


天使が、両手を大きく振る。


すると、ヒトの背丈はある大きな杯が現れた。


杯の中には、金や銀や白の玉が入っている。


おそらく虹色もあるのだろう。


なぜなら、その色は、掲示された力の色と同じだから。


「これだけ力に差があれば、話し合いで、誰がどの力を得るか、決めることはできないでしょう。ならば、どうするか。このような方法で申し訳ないのですが、運に任せる……つまり、くじ引きをしてもらいます。この聖なる杯に手をかざせば、力の玉が現れます。掲示した力は、この部屋にいる八十八人全員分の力。つまり、一人一つの力。力を手にしたモノは、あの扉へ。扉の先の部屋で、力に合わせた『準備』をしてもらいます」


白い壁だった天使の背中側の壁に、扉が現れる。


そこから出て行けということなのだろう。


しかし、それよりも、カグチが気になったのは、力の選び方だった。


(……つまり、ガチャってことね。そうだろうとは思ったけど)


くじ引きやガチャは、いつ引いても当たりが出る確率は変わらないらしい。


なら、あとはソーシャルゲームのガチャを引くのと同じだ。


自分の中で、精神を統一し、落ち着き、ガチャる。


それがカグチのガチャ必勝法である。


そして、そのガチャの必勝法を、天使も推奨しているようだ。


「では、落ち着き、覚悟が決まったモノからこの杯に手をかざしてください。『準備』でも、『アスト』で役に立つモノを得ることができますが、ここで得る力は比べものにならないほどに強大です。このときに、あなた達が『アスト』でどう生きるのか、決まると思って下さい」


天使が、杯の横に立つ。


誰も、動く気配はなかった。


最初に行動することを恐れるのは、人間の本能だろう。


ましてや、今から、異世界で、文字通り自分の助けとなる力を決めるのだ。


迂闊に動けるわけがない。


張りつめた音が、部屋になる。


そんな静寂を破るモノは、大抵、勇気あるモノ……ではない。


「……おーし! じゃあ、俺からやってやるよ」


どちらかと言えば小心者で、見栄を張るものだ。


立ち上がり、最初に杯から力の玉を引くことを宣言したのは、天使が来る前に他の生徒と集まり、何かを画策していた者たちの一人。


カグチの学年で、一番ガラが悪い生徒の一人だった。


もっともガラが悪いといっても、カグチの通う高等学校はそこそこの進学校なので、程度は知れているのだが。


正直、カグチとしては、あんな風にわかりやすい悪いヤツより、優等生に見える腹黒いヤツの方が、怖いと思っている。


ズカズカと、おびえる自分を鼓舞するように、ガラの悪い男子生徒は、歩き、そして杯の前、力のガチャの前に立つ。


「……勇気ある者よ。汝の行く末に、幸多からんことを」


ガラの悪い男子生徒が、バンと勢いよく、杯の側面をたたく。


すると、杯から金色に渦巻く光の線が現れた。


光の線は強く輝きながら、男子生徒の体を廻っていき、そして消える。


「お、終わり?」


男子生徒は、光が渦巻くなか、終始目を閉じ震えていたのだが、自身に何も起きなかったことを理解するやいなや、大きな声で笑い始めた。


「な、なんだ、大したことないじゃねーか。え、っと、きれいなおねーさん。これで終わり?」


「ええ。では、あちらの部屋へ。その力に必要なモノを、選びなさい」



天使に促され、男子生徒は扉に進む。


その際、男子生徒は自分の仲間たちの方を向き、大きな声で言う。


「じゃあ、お前たちも早く来いよ! 待ってるからな!」


「ああ、でも結局どんな力を貰ったんだ?」


「バーカ! そんなの教えるかよ!」


移動教室へいく友達を見送るような、そんな少し軽いやりとりを聞きながら、カグチは必死に状況を把握していた。


(……アイツの力は『鬼王の力』か)


教えないとウソぶいていた、男子生徒が授けられた力を、カグチは把握する。


なぜわかったのか。


答えは単純だ。


掲示されていた八十八の力のうち、『鬼王の力』だけが、光が消えていたからだ。


(誰が何を引いたのか、わかる仕組みか。じゃあ、後で引く方が有利か? 自分がどんな力か隠せるからな。……もっとも、隠すことにどんなメリットがあるのか、って感じだけど)


別に、異世界で殺し合いをしろとは言われていないのだ。


だったら、自分の力を隠す必要もないだろう。


(でも、誰が何を持っているか知っているのは、やっぱりプラスか。幸い、俺の席は杯まで一番遠いし、自然に、誰がどんな力を貰っていくか観察して、大当たりのFの力が少なくなってきたら、引きにいくって感じか……)


どちらにしても、まだ動くべき時ではないだろう。


カグチは椅子に深く腰をかけて、友人に続いて力のガチャを引きにいこうとしているガラの悪い男子生徒たちを見ていた。


六名ほどの男子生徒が、ふざけ、押し合い、順番を決めている中、そっと、その男子生徒たちの脇を通り、杯の前に立った者がいた。


(……あいつは)


「あ、オイ!」


立っていたのは、先ほど、一番前の席で、熱心に天使に質問をしていた、メガネをかけた男子生徒だ。


(名前、なんだっけ? 隣のクラスなんだよな……確か、サンジョウ、だったか?)


メガネ男子生徒、サンジョウは、後ろで騒ぐガラの悪い男子生徒を無視しながら、天使の方を向く。


そして、大きく息を吐き、意を決したように、天使に声をかける。


「……天使様」


「なんでしょうか?」


「お話があります」



そう言って、サンジョウは天使に近づき、そして、おそらくは一番近くにいるガラの悪い男子生徒たちにも聞こえないくらいの小さな声で話し始めた。


(……なんだ? 何を話しているんだ? まさか、愛の告白、とか? 異世界の案内人をする女神様とかと恋愛するパターンはあるけど、あの天使はそんな風じゃない気がするけど……)


カグチの案内人をしている天使は、とてもきれいで、カグチたちと同年代くらいに見えるが、でも、この天使とはここでお別れだとカグチはなんとなく思っていた。


なので、天使に一目惚れしたのだとしても、愛の告白なんて意味がないことだろう。


(そもそも、あの天使が人間なんかと恋愛するかなぁ? まだ、チートで大活躍もしていないのに……)


なんて、そんな事を思いながらカグチはサンジョウの愛の告白らしき行動を見守っていたのだが。


(あ、あれ? なんか良い雰囲気?)


サンジョウの話を聞いていた天使が、なぜか目を潤わせ、両手を口の前に持ってきている。


それは、どう見ても、感動している者の所作だった。


サンジョウの言葉を聞く度に、うんうんとうなづいていた天使は、両手を大きく開き、感極まったように言う。


「神よっ! 我らが主よっ!! 私は、ここに奇跡を見ました!!」


それは、おそらく天使にとって最大の喜びを表した言葉だろう。


(……あのメガネ、何を言ったんだ? まさか、マジで愛の告白を成功させたのか?)


サンジョウの容姿は、正直そこまで整っているモノではない。


60点前後。悪くもなく、良くもなく。


真面目だけが取り柄のモブキャラ、といった風貌だ。


見た目で天使を射止めたとは思えない。


では、よほど天使の琴線にふれる言葉を投げかけたのか。


部屋中にいるモノが、天使の所作に注目する。


サンジョウが、何を言ったのか、少しでも知るため。


そして、それはすぐに判明した。


「皆さん。聞いてください。彼は言いました。『天使様。アナタは言いました。これだけ力に格差があれば、話し合いで力を誰が手にするか決めることは不可能だろうと。しかし、私は、大いなる力は望みません。私の代わりに、別の誰かに、力をお与えください、と』」


天使は、讃えるように、サンジョウの手を取り、杯の前まで、連れて行く。


「なんという、奉仕の心。清廉な決意。私は、彼の、あなたたちに対する無償の愛に、少しでも報いたいと思います。彼の望みを、叶えましょう」


「……まさか」


天使の話を聞きながら、カグチは背中にザワザワと、虫は這い回るような感覚を覚えていた。


「……やりやがったな」


ガラの悪い奴よりも、真面目そうな奴の腹黒さが、怖い。


そうわかっていたはすなのに。


杯から、白い光が溢れ、渦を巻いていく。


そのとき、カグチははっきりと見た。


天使からは死角になるような位置で、サンジョウが、メガネの奥で意地汚く、ほくそ笑んでいるのを。


金色よりも弱い、白い光は、すぐに消えていった。


カグチは、すぐに掲示されている力の一覧を確認する。


「……やられた」


Fの力。


『軟体(スライム)の力』が、消えていた。

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