第2話 『天啓者』

「数点。質問したいことがあります。よろしいですか?」


「ええ」


天使はにこりと笑う。


「では、まず、僕たちは今、魂の状態であるとのことですが、つまり、僕たちは今死んでいるということですか? 新しい体があるとおしゃっていましたが……地球の体は、どうなっているんですか?」


メガネの男子生徒の質問に、天使は少し悲しそうな顔をする。


「それは、少々説明しづらかったのですが……正確に言うなら、あなた達は今、魂が二つあるのです」


地球のホログラムが、再び現れる。


「意識を失う前、光を浴びたことを覚えていますか? その光は、魂を読みとる光なのです。魂を読みとり、複製する光。その、複製された魂があなた達です」


教室に、今日一番のどよめきが起こる。


それはそうだろう。


天使が言っていることは、自分たちが、クローンであることを告げられるようなモノだからだ。



これには、さすがのカグチも少し混乱した。


(マジか。じゃあ、俺たちの本物は、今も地球でピンピンと暮らしているのか?)


同じような質問を男子生徒がし、それを天使は肯定する。


「これは、魂の記憶を保存したまま、別の世界へ人を運ぶときに、よく使われる方法なのです。理解はできないかもしれませんが、ご了承ください」


天使が、軽く、頭を下げる。


「……わかりました。とにかく、どうしようもないことは、わかりました」


質問しているメガネの男子生徒も、そうとう動揺しているようだ。


しかし、これ以上追求しても、意味がないことは理解しているのだろう。


複製されたのなら、複製された時点で、もはや手遅れだ。


カグチも、混乱していた思考が徐々に戻っていく。


(……まぁ、向こうに本物がいるなら、それはそれで安心かな? 家族とか、寂しい思いをしていないなら……)


母親のことを思いだし、カグチは一人納得する。


父親と、それに一つ下の弟は、近くに暮らしているが、名字が変わってしまっているのだ。


そんな母を一人にすることがなくて、それは良かったことだと思える。


(……こんなふうに思えるのも、もしかしたら俺が魂の状態だからかもしれないな)


妙に物わかりのいい自分に、カグチは自分でも驚いているのだが、それは推察するしかないことだ。それよりも、今はメガネの男子生徒の質問とその答えを聞く方を優先するべきだろう


「では、次の質問を。なんで僕たちを選んだんですか? こんな高校生じゃなくて、そんな、強靱な生き物がいる世界なら……それこそ、魔王退治とかをしたいなら、軍人さんとかを向かわせた方がいいのではないですか?」


男子生徒の質問に、天使はふっと笑みを浮かべた。


「魔王退治など、別の世界の者に頼むわけがないでしょう。その世界に発生した悪は、その世界の者が対処することです。貴方たちにしてほしいことは別にあるのですよ」


(……魔王退治じゃ……ない? なら、俺たちに何をさせる気だ?)


天使はよどみなく続ける。


「私は、さきほど『アスト』を停滞していると言いました。ええ、『アスト』はなんと2,000年以上、大きな変化が起こっていないのです。だから、貴方達にしてほしいことは、その停滞の解消。貴方達は、ここまで人が人として持てる技術を発展させ、神秘を排除した世界にいたのです。きっと『アスト』に行けば、色々不足に感じ、不満が出るでしょう。その不満を解消しようと思えば、それは『アスト』に変化を与えることになる。『アスト』に刺激を与えることになる。停滞していた世界が、動く事になる」


天使はホログラムの『アスト』をクルクルと回し、大きくしていく。


そして、それは白い部屋中を包み込んでいった。


「……つまり、貴方達は彼の世界に『天啓』を与えてほしいのです。神から遣わされた、停滞を終わらせる者。『天啓者』。それが貴方達なのです」


『アスト』のホログラムが小さくなり、天使の手元に戻った。


(『天啓者』か)


言葉は重々しいが、要約すると異世界で生活しろ、ってことらしい。


(……まぁ、『異世界ファンタジー』の主人公は、皆『天啓者』みたいなモノだよな。じゃあ、特別なことってわけでもない、か)


カグチが天使の言葉を解釈している間に、メガネの生徒が質問する。


「えっと、その『天啓者』というモノだとして、魔王を退治しなくていいとしても、なぜ僕たちなのでしょうか? 刺激を与えたいなら、技術者とかの方が文化の発展の貢献に期待できるのでは?」


「貴方達が選ばれた一番の理由は年齢ですね。もっとも若く、成人している年齢。それがあなた達の年代であったということです。若ければ学ぶ事も出来ますから。勘違いしているかもしれませんが、何も貴方達に今の『地球』の技術を『アスト』で再現しろとは望んでいません。もちろん、してもかまいませんが。望んでいるのは、刺激です。『天啓』です。彼の世界に、変革を与える切っ掛けを、貴方達に望んでいるのです。それは、若く、これまで学び、そしてこれからも学ぶ貴方達にしか出来ないことなのですよ?」


天使が、勇気づける様に微笑み、その後、困ったような笑みを浮かべる。


「もっとも、数名、別の世代を巻き込んでしまいましたが。光は範囲で指定するため、どうしても巻き込まれる者が現れるのです。その点はご容赦ください」


天使の謝罪に、巻き込まれた者、教師達がなんとも言えない表情を浮かべている。


しかし、異論も出なかったことで、メガネの男子生徒が、呼吸を整えて、言う。


「……ありがとうございます。では、最後の質問です」


重要な事を聞くのだろう。


さらに一呼吸置いて、メガネ男子生徒は言った。


「天使様の話をまとめると、僕たちは哀れにも選ばれた協力者なわけですが……しかも、ヒトよりも強靱な生き物がいる世界への。こんな若輩者だと、そんな世界で生きてはいけないと思うのですが、何かあるんですか? 例えば……チート、特別な力を与えてくれる、とか?」


メガネの男子生徒の遠慮がちに、しかし若干透けて見えるような欲を感じる質問に、天使はにこやかに答える。


「もちろん。それをこれからお話しようと思っていたのです」


天使の答えに、カグチは拳を握り、「よし!」とつぶやいていた。


それこそ、カグチが求めていた『アレ』。


(『異世界ファンタジー』が『異世界チート』になったぞ!!)


『異世界ファンタジー』の中でも、もっともカグチが好きなジャンル。


それが『異世界チート』だ。

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