八十八人の天啓者
おしゃかしゃまま
『火の力』の使い方
第1話 白い部屋
高校一年生の今夏 嘉颶智(いまなつ かぐち)は、気がついたら壁も床も、自身が座っている椅子も、目の前にある机も、真っ白な、広い円形状の部屋の、片隅にいた。
周囲を見渡すと、彼と同じようにブレザーの制服を着た、つまり彼と同じ学校に通う学生たちが数十名、階段状になっている椅子に腰をかけた状態で、彼と同じように周囲を見渡していた。
見渡しながら、自分たちがどこか異質な場所にいることがわかったのだろう。
ざわざわと、騒がしくなっていく。
困惑、混乱。教師の姿も数名見えたが、彼らも皆、生徒たちと同じように冷静さがない。
悲鳴のようなモノさえ聞こえてくる中、カグチは、息を飲んでいた。
困惑はあった。でも、混乱はしていない。
それよりも、彼は、興奮していた。
なぜなら、この状況は、彼が今ハマりにハマっている、ある創作物のジャンルに酷似していたからだ。
それは、『異世界ファンタジー』
死亡した人間や、召喚された人間が、別の世界で生活するというモノだ。
今、自分たちに起きている出来事はそれだと、カグチはほとんど確信していた。
(……拉致から始まるデスゲームモノじゃない。拉致するにしても、全員座ったまま、放置する意味がないからな。それに、『異世界転移』でもない、な)
死んでいない人間が、別の世界にいく『異世界転移』というモノもあるが、それではないとカグチは断定する。
(……気絶する前に、目を開けられないほどの光があった。体を、何か電流みたいなモノが走っていく感覚があった。それに、何か、今の俺、薄い気がする)
確かめるように、カグチは自分の二の腕をさすり、手を広げる。
一見。何も変わらない。
でも、自分の手のはずなのに、まるで人形をみているような感覚に襲われるのだ。
定まっていない、肉体と魂。
自分は生きていない。
そのことを、はっきりと予見させる感覚だ。
おそらく、他の皆も本能的に感じているのだろう。
だからこそ混乱し、困惑していると思われる。
(……けど、余裕な奴らもいるな)
見渡しながら、カグチは自分と同じように、落ち着き、座ったままでいる者たちがいることに気がついた。
どちらかといえば、オタクっぽい者が多いだろう。
おそらく、カグチと同じ事を思っているに違いない。
自分たちは、『異世界ファンタジー』の始まりにいると。
(なら、今俺がすることはあわてることじゃない。落ち着くこと。そして把握すること。大切なのは、『アレ』が『ある』か『ない』か)
目の前の机を、カグチは調べる。
(……何も『ない』。じゃあ、どうなる? これから、どうするか……)
一部の生徒が、立ち上がり、なにやら騒いでいる。
出口を探そうとしているのだろう。
教師はその職務を真っ当出来ていない。
彼らを止めようとする者はいなかった。
彼らの判断は、おそらく正しい判断ではない。
なぜなら、カグチの予想が、これまで培ってきた『異世界モノ』の知識が正しければ、もうすぐ来るからだ。
そして、それは本当にすぐ現れた。
「おはようございます。神の子供達よ」
いつの間にか。円形状の部屋の中心に、女性がいた。
見た目は、カグチたちと同じくらいの、幼い感じの少女ではあるが、彼女はとにかく、美しかった。
この世の者とは思えぬほど。
でも、何よりも。
彼女の声に、カグチを含む、その部屋にいた全ての者が、それまでの喧噪をやめ、口を閉ざしていた。
彼女は、ヒトではない。
そう、部屋にいた者は瞬時に悟る。
「おそらく、困惑していることでしょう。理解が出来ぬ事態に、恐怖を覚えているでしょう。まずは落ち着いて、座ってください」
彼女の言葉に、今まで立ち上がり、部屋から出ようとしていた者も、大人しく自分が座っていた席に戻る。
それを見届けたあと、彼女は、口を開いた。
「ありがとう。では、まずは自己紹介を。といっても、私の名前を聞いても意味はないでしょう。なので、役割だけ。お伝えします。私は神の使い。アナタたちにわかりやすく伝えるなら、天使という役割を神から与えられている者です」
彼女……天使は、そう告げる。そのことに、カグチは驚きはしていなかった。むしろ、少し拍子抜けしている。
(……神様そのもの、じゃないのか。それか女神様か。だいたい、不手際で殺してしまって、神様土下座から、色々始まるんだけど……)
天使、ということは、もしかしたら、カグチが期待している『アレ』はないのかもしれない。
そうなると、拍子抜けというか、落胆ではある。
そんなカグチの心情を知ってはいないだろう。
天使は、話を続けていく。
「アナタたちは、今、魂の状態です。なぜそのような事になっているか。それをお話いたしましょう。これからアナタたちには、『地球』の代表として、今まであなた達が生活していた世界とは違う別の世界。『アスト』に行ってもらいたいからです」
天使が手をふると、小さなホログラムのような地球と、地球に似たもう一つ別の星が現れる。
あの星が、別の世界『アスト』なのだろう。
『アスト』のホログラムが、大きくなる。
「旧体制の技術が生き続け、ヒトよりも強靱な生き物が闊歩する世界。神秘が残る世界。全てがそのまま、停滞している世界。それが『アスト』です」
ホログラムが、光り始める。
「この世界は、見た目は似ていますが、根幹が貴方たちの世界とは大きく違います。神秘が残っていますから。なので、向こうの世界では、今の貴方たちの魂に合わせた肉体を用意しています。あちらではその肉体を使用して下さい。それが貴方たちを魂の状態にしている理由の一つです。」
そう、天使が言うと、ホログラムが消えた。
数秒、間をおいて、天使が続ける。
「……では、ここまでで、何か質問はありますか?」
動揺が、広がっている。
カグチも、自分の想定していた内容とのギャップに、少々戸惑っている。
(……神秘が残る世界……か。それよりも、気になるのは、強靱な生き物がいる世界って点と、肉体が用意されているって点。じゃあ、『アレ』はあるのか? 不手際とかじゃないにしても、協力を依頼されているわけだし)
そのことについて、質問しようか。カグチが手を挙げようとしたときだ。
カグチの遙か前方。天使の前の位置に座っていた男子生徒が手を挙げた。
真面目で、地味な外見の、メガネをかけた男子生徒だ。
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