第18話 魂の殺人
「お母様は、望んで私を身篭ったわけじゃない!!!!」
気づけば、ロザリアはそう絶叫していた。
その言葉の意味を、一体どれだけの生徒が理解しただろうか。
本妻を不幸にした女。
汚らわしい売女。
多くの人たちはロザリアの母をそのように呼ぶ。
けれど事実は違う。
一体、誰が望んであの男の子どもを産もうなどと思うのだ?
ロザリアの母ローズは、本当は自分の愛した男と結婚するはずだったのだ。
それなのに、公爵は無理やりローズの体を奪った。
いつの時代も、愛人だとか、妾だとか、そういった言葉は絶えないし、話のネタにもされてしまう。男だから仕方ないとか、油断していた女も悪いとか。
ロザリアたちの住むこの国でも、身分が高い男が召使の女に手を出すことは「よくあること」だった。
けれど当人たちにしてみれば「よくあること」で済まされる話ではないのだ。妊娠と出産は女性の体に大きな負担を与える。また、新たな命が生まれるということは、もう一つ人生が生まれるということなのだ。二人の人生を左右する、大きな出来事なのだ。
それをそんな簡単に、自らの利己的な思考で女に手を出した公爵は、人間として最も汚らわしい男であるとロザリアは考える。
つまり何が言いたいかって、ロザリアはレイプされたことによって生まれてきた子どもだったのだ。
魂の殺人とも呼ばれるその行為のせいで、ロザリアはこの世に生を受けることになったのだ。
ロザリアは父が憎かった。
憎くて憎くて仕方がなかった。
そんな汚らわしい行為を母に敷いたことに対しても、自分に一度も合わなかったくせに、本妻の子が死ねば利用するために呼び寄せることも。
だが一方で、そんな父がいなければ自分は生まれることがなかった。
そして今現在も、大嫌いな父に金銭的に依存することでしか生きていけないのだ。
だからロザリアは結局、そんな自分が、この世で一番嫌いだった。
父の顔にそっくりな自分の顔も、汚らわしい行為の果てに生まれてきた自分自身も。
ロザリアは、自分の存在自体が好きになれなかったのだ。
自分は生きていていいのか?
よくそう考える。
父さえいなければ、生まれてくることもなかっただろうに。
自分さえいなければ、母は今頃幸せに暮らしていたのではないかと。
ロザリアは母が大好きだった。
そんなひどい行為を強いられ、子を産まされ。
それでもロザリアを愛してくれたのだ。
だからロザリアは、これ以上母の尊厳が汚されるようなことを──公爵にレイプされて子を孕まされたなどということを、口にしなかったのだ。
母の矜持を守るために。
望まれて、生まれてきたわけではないこと。
十三歳の少女にとって、それはあまりにも大きすぎるコンプレックスだった。
「……戯言を」
グレンが呟いた。
一部の生徒たちは、呆気にとられていた。
ロザリアの言葉の意味を理解したとき、完全に彼女に対する見方が変わるからだ。どうやら真実はもっと、闇深くにあるのだと。そしておそらく、世間が抱いているロザリアに対するイメージは、本当のロザリアから乖離しているものなのだと。
グレンはどうやら、ロザリアの言葉の意味を完全には理解していないようだった。というか多分、信用していないのだ。
ロザリアは地面に押さえつけられながら、歯を食いしばった。
──もういい。どうせ明日退学になるんだ。
何もかもおしまいだ。
『このままでいいのか?』
ふとロザリアの脳内に、男の声が響いた。
夢にいつも出てくる、あの男の声だ。
ロザリアは気がつくと、いつもの闇の中に立っていた。
玉座には、退屈そうに男が座っている。
──だって、私じゃ何もできない。それならいっそ、このままここを去ったほうが……。
ロザリアは拳を強く握った。
『お前は本当にそれでいいのか?』
男はなおも問いかける。
ロザリアは顔を上げて、叫んだ。
「私は、好きで学園に来たわけでも、魔導士になりたいわけでもない! 好きで公爵の子どもに生まれたわけでも、こんな顔になったわけでも!」
『……』
「どうして!? どうして私ばかりこんなひどい目にあうの!?」
怒りの矛先をどこへ向ければいいかわからなくて、ロザリアは絶叫し続けた。
「どうして私はあの男の子どもに生まれてきたの! どうして人は生まれてくる環境を選べないの! どうして大人は誰も助けてくれないの!?」
どうして人は生まれや顔で人を差別するの。
どうしてみんな、私を悪役だと決めつけるの。
どうしてアリスは裏切ったの?
どうして、どうして。
「いやっ! もういやぁあっ!」
ロザリアは絶叫して、暗闇の中でくずおれた。
地面に拳を叩きつけて、涙を流す。
「みんな……周りが悪いんだわ! 私のせいじゃない!!!」
だって、みんなは幸せそうだ。
ごく普通に、笑って暮らしているではないか。
何も悩みなどない、というように。
ロザリアが不幸なのは、生まれてくる環境がひどかったからなのだ。
この状況を変えるにはもう、一度全てをまっさらにしないといけないのだ。
「周りが変われば、私だって……」
ロザリアは声を上げて泣いた。
泣いて、泣いて、涙が枯れるまで。
一体どれほどそうしていただろうか。
『見ろ』
男はロザリアにそう告げた。
ロザリアが顔を上げると、あの闘技場に戻っていた。
「あ……」
アリスと目があった。
アリスは泣いていた。
ごめんなさい
「え……?」
アリスの唇が震えるようにそう紡いだ。
ごめんなさい、ごめんなさい……。
(アリスちゃん……?)
アリスの目はうつろだった。
それから彼女も、地面にくずおれる。
(まさか……)
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