第17話 罵声


「平民が邪魔だからといって、このアリスに危害を加えようとしたそうだな」


「いつも一人でいるお前を気にかけて面倒を見ようとしたアリスに、お前は平民だからという理由で数々のひどい行いをし、さらにはその魔獣でアリスを襲おうとした!」


「この仕打ちのなんたることか! お前という女には、道徳心のかけらもないのか!?」


「なんの申し開きもないということは、アリスいじめを認めるのだな?」


「……もういい。アリスがかわいそうだ。お前がかばう魔獣が何よりの証拠だ。観念してそいつを引き渡せ。そして学園から去るがいい」


 ロザリアが呆気にとられている間に、グレンはどんどん話した。

 観客席に座っていた生徒たちも、グレンに同調したり、ロザリアに憎悪の眼差しを送ったりしていた。


 しかしよく見てみると、ただの興味でこの場にいる生徒が大半なようだった。ロザリアに怒りの視線を向けているのは、グレンの取り巻きたちや、赤寮の生徒がほとんどだ。

 反対に黒寮の生徒は全くいなかった。


(つまり殿下は、私を学園から追い出したいってこと……?)


 ロザリアはグレンの話と今の状況をなんとか整理し、そう結論づけた。

 アリスの方を見れば、彼女はずっと下を向いていた。

 この場所へきてからというもの、彼女は一言も話していない。


(私がアリスちゃんをいじめていて、それでもって魔獣を学園で飼育して、襲わせようとして……)


 真白を慌てて迎えに来たのを、この場にいた全員が目撃していた。

 確かにそれは、言い訳のしようがないと思う。

 ロザリアは見事にはめられてしまったのだ。


(アリス、ちゃん……)


 ロザリアの胸がずきんと傷んだ。

 やはり、仲良くなったと思ったのは、ロザリアの幻想だったのだろうか。

 ロザリアは友達がいなさすぎて、勘違いしていただけだったのだろうか。


 真白はアリスが大切にしていた子犬だ。

 もしかして最初から、ロザリアを嵌めるために……?

 ロザリアの中で、様々な疑念が渦を巻いた。


「兄二人を殺してまで、公爵家当主になりたかったようだが、残念だったな。蓋を開けてみれば、『武具』の召喚もできない、ただの無能だった。神はよく人を見ておられるよ」


(また言ってる。そんなはず、ないのに……)


 ロザリアはひく、と眉を動かした。

 それは違う、となんとか反論しようとしたとき。

 がつん! と何かがこめかみに直撃した。


「ッ」


(え!? いたッッッ!)


 結構な勢いで飛んできたそれは、ロザリアをよろめかせる。

 ものすごい痛みを感じてこめかみに手を当てれば、ぬるりとした感触が手に触れた。


「!」


(ひいいいい! 血が!!!!)


 ロザリアの表情は一ミリも変わらなかったが、心の中では悲鳴を上げた。

 アリスが「ああ!」と声を上げていたのにも、気づかなかった。


(待って、やばい。普通に痛い。どうしよう……)


 血でパニックになってしまい、ロザリアはぶっ倒れそうになった。顔から血の気が引いていく。もともと白い肌が極限まで青白くなる。

 地面を見れば、小さな小石が転がっていた。

 小石だとしても、あんなスピードで投げられては、普通に怪我をする。

 一体だれがこんなことを、とロザリアが顔を上げたところで、一際ロザリアに憎悪の視線を注ぐ女性徒と目があった。


「この人殺し!」


 甲高い罵倒の声。

 こめかみを押さえたまま、ロザリアは石が飛んできた方向を見る。

 そこには幾人かの女性たちが固まっていて、ロザリアに憎悪の眼差しを向けていた。


「ユーイン様は、ユーイン様はあんたのせいで……っ」


 涙ぐむ女子生徒。

 ユーイン、という名前を聞くと、グレンも唇をぐ、と噛んでいた。

 そうか、とロザリアは思った。

 以前アリスが言っていたように、この人たちは本当にロザリアの兄たちが大好きだったのだ。


「あんたなんか、死んじゃえばいいんだ!」


「あなたのお兄様は、あんなに心根が美しかった人たちだったのに!」


「グレン様、もっとこの女に罰を!」


 ロザリアが嫌われる理由も、この学園から追い出そうとする理由も、わかる気がする。

 人は大切な人を失った時、その事実を受け入れられず、何かのせいにして憤ることで、心の安寧を得ようとするのだ。


 一言でいえば、現実逃避。


 この人たちはきっと、ユーインやルイスの死に向き合えていなかったのだ。

 それはとても悲しいことだと思うし、ロザリアにも覚えがあった。


 あまりにも罵声がひどかったからだろうか。

 真白がぐるる、と鼻息を荒くした。


(だ、だめだよ、怒っちゃあ)


 ロザリアは真白が人に噛み付いて処分されるのだけは避けようと、必死に真白を抑え込んだ。

 真白にはなんの罪もない。


「王子であるこの僕、グレン・バルハザードの前で、悪事は許さん。お前には学園を退去してもらうと同時に、王宮での取り調べを受けてもらおう」


 一言も発さないロザリアを見て、グレンは鼻で笑った。

 ロザリアはどうすればいいのかわからなくなって、黙っていた。

 血がだらだら流れてきて、痛い。


「それとも何か。お前が無実だというのなら、僕とここで戦うか? ああそうだな、武具の召喚ができないなら、おたがい素手で」


 失笑が起こった。

 それは、蔑むという言葉が一番ピッタリな笑い声だろう。


「『武具』の召喚もできない君には、ここに立つ資格もない。さあ、マリア、ディーナ! その化け物ともども、ロザリアを捕らえろ!」


 グレンがそう告げた瞬間、野次馬の中から二人の少女が飛び出してきた。

 少女たちはロザリアの腕をそれぞれひねり上げると、華奢なその体を地面にねじ伏せた。

 ロザリアは強く顔を地面に押さえつけられたまま、唇を噛んだ。

 地面に押さえつけられるロザリアの前で、グレンが言った。


「やはり、公爵の血が入っているとはいえ、所詮は妾腹の子か」


 押さえつけられながら、ロザリアは思わず顔を上げた。


「一体どんな恥知らずな母親だったのか……」


 マリアが吐き捨てるように言った。


「汚らわしい、売女の子どもが、ユーイン様の代わりになんてなれるわけないじゃない」


「ッ」


 その言葉は、ひどくロザリアを傷つけた。


 ──どうしてみんな、私を妾の子としか見てくれないの。


 ──どうして私が公爵家を継ぎたいなどと思うというの。


 ──どうしてお母様を、いつも悪者にするの。


  どうして、どうして。


 ロザリアの目の前が真っ暗になった。

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