第13話 第三王子レイ


「嘘よ、こんなの嘘……」


 旧校舎の中。

 ロザリアは膝を抱えて、虚空を見上げていた。

 その膝にはさらに大きくなった真白が、へっへっとしっぽを振り回しながら乗っている。もう大型犬くらいの大きさになっていた。


「せっかく猛勉強して入ったのに、退学……?」


 テストが終わって数時間が経ったが、ロザリアはまだその事実を受け入れられていなかった。


「退学って、そんな大げさな」


 隣でパンを食べていたアリスが、手をひらひらと振った。


「もう一回テストしてダメだったら、きっと先生方がなんとかしてくれるよ」


「でも私、アレイズ先生に言われたの。退学だって」


「え? 私、何も言われなかったけど……」


 アリスとロザリアは目を合わせた。


「そんな、退学なんて絶対嘘だよ」


「そうかしら……」


「アレイズ先生って、なんでロザリアちゃんにだけあんなにあたりがきついんだろ?」


 アリスが首をかしげた。


「わからないわ。やっぱりあの噂を先生も信じているのかしら」


「そんなバカな」


 アリスは真白の頭を撫でながら、呟いた。


「自分の寮の生徒なのにね」


 真白はきゅううん! とアリスのほっぺを舐める。


「本当だったら、テストが終わってのんびりしているはずだったのに」


 オワッタという感じである。


「まあ、今日はもういいよ。明日考えよう」


 アリスはグーっと伸びをすると、立ち上がった。


「私、今日バイト入れちゃったから、もういかなきゃ」


「バイト?」


 ロザリアも立ち上がり、真白に別れを告げて、アリスと廊下に出た。


「うん。この学校は授業は無料だけど、生活費がないからね。週に何回か、喫茶店で働いてるんだ」


 ロザリアは感心してしまった。


「すごいわ、働いているなんて……!」


「そんなことないよ、ただお客さんにお茶出すだけだし」


 孤児院にいた頃は、荷運びなどもっと大変な作業をしていたらしい。


「やっぱ王都は仕事がたくさんあるから、選び放題なのがいいよね。お給料もいいし!」


 そう言ってアリスはのんきに笑った。


「そうだ、今度遊びに来てよ。ちょっと大人っぽいところだけど、騒がしいお客さんとかいないから、のんびり読書とかできるよ」


「!」


 ロザリアはどきりとした。


(は、初めて誘われた……)


 しっぽがあったらなら、千切れんばかりに揺らしていただろう。


「じゃあね!」


 旧校舎を出た二人は、手を振って別れた。

 ロザリアは寮へ、アリスはバイト先へ。

 そしてそれをじっと見つめるものがいたことに、二人は気づいていない。


 ◆


 試験が終わり、二日間の休暇を挟むと、テストがすぐに返却された。

 友達がいないロザリアはほとんどの時間を勉強に当てていたので、テストはどれも点数がよかった。

 悲しいのか、嬉しいのかよくわからなかったが、まあテストの点数はよかったのでよしとしよう。


 テストの点数に呻くものや、喜ぶものたちで、校舎は騒がしかった。

 そんな中、ロザリアは一人、魂装武具の召喚練習に勤しんでいた。


(やっぱり私には、魔導士のセンスがないのかもしれないわ……)


 訓練場で一人練習しながら、ロザリアはため息を吐いた。

 何度やっても、うまくいかないのだ。

 ロザリアは休憩しようと、椅子に座った。

 そのままぼんやりと訓練場のほうを見ていると、先ほどから誰かが模擬演習をしていることに気づいた。

 銀色の髪に、冷たい青色の瞳。黒寮の制服に身をつつんでいる。


「あ」


 誰かと思えば、第三王子レイ・バルハザード。

 この間ロザリアに絡んできた第四王子グレンの兄だった。

 彼は黒寮の五年生でときたまロザリアも見かけることがあるのだが、いつも静かで、人を寄せ付けない雰囲気がある人だった。


 噂によると、彼は五年生の中で一番強いらしい。

 どんな武具を使うのかロザリアは興味が出てきて、目を凝らして見てみた。

 しかし、レイは何もその手に持っていなかった。

 その代わり、魔術を駆使して相手を押さえている。


「……?」


(魔術の練習なのかしら?)


 レイは武具がなくても、十分に強かった。

 その動きは見惚れるほどに美しく、彼が五年生の中で一番強いと言われるのも納得できた。


「私もせめて、魔術が使えたらなぁ」


 一年生の魔術ロッドなど、大抵は一つしかない。

 そこに魂装強化をあてるから、戦いの際中に魔術を使うことなどできないのだ。


「はぁ、もうどうしよう……」


 ロザリアは自分の手に視線を落として、ため息を吐いた。

 もしも今週末の追試で、武器を具現化できなかったら。

 そのときは本当に退学になってしまうのかもしれない。

 そうしたら、ロザリアはまたあの家に……。


「っ」


 父と継母の顔を思い出して、ロザリアはぞっとしてしまった。

 あんな家に戻るくらいなら、死んだほうがマシだ。


「もしも退学になったら……」


 それ以上のことは想像できない。

 ロザリアはふるふると顔を横に振って、立ち上がった。


「アリスちゃんだって、頑張ってる。私だって……」


 ロザリアの心の支えは、アリスだった。

 一年生の中で、唯一武具の召喚できない二人。

 一人ではないのだと思うと、ロザリアは勇気が出たのだった。

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