第9話 第四王子グレン


 ロザリアは卒倒しそうになった。


 そういえば、この学園には二人の王子が在籍しているのだった。

 第三王子のレイ・リムリス・バルハザードは五年生で、ロザリアの所属する黒寮で暮らしている。彼はかなり優秀らしく、先生からの信頼も厚い。ただ談話室では見かけなかったため、ロザリアはあまり彼のことを知らなかった。


 そしてその弟のグレン・ディール・バルハザード。


 この国の第四王子。

 堂々とした佇まいに、燃えるような赤い髪。

 一度見れば、その姿は目に焼き付いて離れないかもしれない。

 学園に在籍する二人の王子は、それくらい見目が整っていた。

 

 どうしよう、とロザリアが冷や汗をたらしていると、グレンがそんなロザリアを見て、眉をひそめた。


「君……名前は?」


 ひいい、名前を押さえられるなんて……。

 ロザリアは名乗るかどうか迷ったが、王子に逆らうわけにもいかない。


「……オルガレム公爵が長女、ロザリア=リンドともうします、殿下」


「!」


 名を名乗った瞬間、グレンの顔に驚愕の表情が浮かんだ。

 周りの女の子たちも一瞬固まってしまう。

 妙な空気が流れた。

 それからグレンは、ゆっくりと瞬きをして、ふう、と息をついた。


「そうか……君がユーイン先輩やルイス先輩の妹だったのか……」


 ロザリアはその名前を聞いてギクリとしてしまった。

 ユーインとルイス。

 それは半年前に相次いて亡くなってしまった、二人の兄の名前だったからだ。

 グレンは目を開けると、ロザリアを見た。

 その瞳には、はっきりと敵意が燃えていた。


「君はオルガレム公爵令嬢ではないだろう?」


「……」


「オルガレムを名乗ってもいいのは、公爵の子どもだけだ。妾の子に、オルガレムを名乗る資格はない」


 ズキリ、とロザリアの胸に痛みが走った。

 妾の子。

 その単語がひどくロザリアを傷つけた。

 さらにグレンは続ける。


「まさか妾の子どもが、本家の血筋をのっとろうとしているなんて、な」


「!」


 違う! そんなわけない!

 ロザリアは心の中で叫んだ。

 けれど周りの女の子たちもグレンに同調するように、ひそひそと言葉を交わし始めた。


「妾の子風情が、本当に公爵位を告げると思っているのかしら」


「ユーイン様やルイス様は本当にお可哀そう……」


「悪女、というのは、きっとこういう人のことを言うのね」


 言葉はするどい破片となって、ロザリアの心を傷つける。

 けれどロザリアは何も言い返すことができなかった。


「母親は心底、恥知らずな人間なのでしょうね」


「っ!」


 その言葉に、思わずロザリアは顔を上げて、少女たちを見た。

 ひときわ強くロザリアのことを睨みつけている女子生徒がいた。

 茶色の巻き毛の少女。

 彼女は猛烈な怒りをその瞳にたたえて、ロザリアを見ていた。

 反論したかったが、うまく言葉が出ない。


 だって、外側から見れば、何を言ったってロザリアはそう見えるのだ。

 もうそんなことに反論したって意味はないのだ。

 

 ロザリアが何も言わずにいると、突然、ロザリアの腕を引くものがあった。


「ロザリアちゃん、ここにいたんだね!」


「!」


「アレイズ先生が来いって呼んでるから、早く行こう!」


 それはアリスだった。

 そういうことなのですみません〜とぺこぺこ頭を下げながらロザリアの腕を引く。思いの外力強くて、ロザリアは引きずられるようにしてアリスについていった。


 その姿を、グレンたちは不満げに見つめていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る