第6話 真白
「っていうわけなんです! お願いします、このことはどうか内緒に!」
必死に頭を下げるアリスに、ロザリアは慌てていた。
「わ、わかった。大丈夫だから」
「! 本当に?」
珍しく言葉を発したロザリアに、アリスは顔をぱあっと上げる。
ロザリアは初めて会話を交わすことができたのと、今聞いた話の内容が相まって、頭が混乱していた。とりあえずこくこくと頷いて、それを肯定しておく。
「あ、ありがとうございます!」
アリスはホッとしたように、胸をなで下ろしていた。
ロザリアとは反対に、少し落ち着いてきたのか、胸に真っ白な子犬……のようなものを抱きしめて、ロザリアを見る。
「一回餌をやったら懐いちゃって、私もなんだか見捨てられなくて。不思議とこの校舎からは出ないし、ここでかえないこともないなぁって」
「そ、そうなの」
「今日も近くの教室でこの子と遊んでいたら、ものすごい物音がして。見に来たらロザリア様が倒れていたんです」
どうやらこの犬のような生き物は、アリスが見つけた迷い犬らしかった。その犬をこの校舎で飼っていたのだ。
ロザリアはそういうことだったのね、と納得した。
自分は余計なことをしてしまったのでは、と少々不安になってしまう。
犬のような生き物は、しっぽを振り回して楽しそうにしていた。
「子犬、だと思うんだけど。買い手が見つかるまで、お世話したいんだ」
私のわがままかなぁ、とアリスは頬をかいた。
「な、名前とか、あるの」
「名前はねー、まっしろだから真白って呼んでるよ!」
そういって、アリスはにこ、と笑った。
「あれ? ロザリア様はどうしてここに?」
「……様、なんてつけなくていい」
ロザリアはつい気になってしまったことを言ってしまった。
アリスは目を丸くして、それから笑った。
「ほ、本当?」
こくん、とロザリアは頷いた。
「だって、同じ学校にいる人なのに、変」
「そ、そっか。私、一人だけ孤児院出身だから、どう接していいのか分からなくって」
「そんなの関係ない、よ」
ロザリアは自分がすらすらと人と会話できていることに驚いた。
あの変な男……の夢のせいで、混乱していたのか、さっきから普通にアリスと話せているのだ。
思った以上に、自然に言葉が出てくる。
一度話せると、ロザリアは緊張しなくなってきていた。
「あの、あなたが、ここに入っていくのが見えたから」
ロザリアはもじもじと言った。
「え? 見えたから?」
きょと、とアリスは目を瞬かせた。
「し、し、心配、しちゃって、その……」
ロザリアの顔が真っ赤になる。
アリスは目をまん丸にしていた。
──言わなきゃ。この間のことも、ちゃんと。
「あ、あ、あの」
「え?」
「こ、この間は、その……私のペンダントを拾ってくれて……ありがと、う」
ばくばくする心臓を抑えながら、ロザリアはようやくその言葉を吐き出した。
「大切なものだったから、その、ずっとお礼を言いたくて、私……」
ロザリアは言いたかったことをようやく吐き出すことができた。
混乱に乗じて、はっきり話せるようになったのがよかったのかもしれない。
また、アリスもロザリアに対する印象が大きく変わっていた。
これがロザリアにとって初めての友達……アリスとの、邂逅になった。
◆
ロザリアは過去最高に浮かれ気分で自身の寮へ戻っていた。
アリスと話せた。
なんとなく、誤解も解けたような気がする。
先ほどの会話を思い出して、頬を緩ませる。
『ロザリアちゃんって、話すとイメージとは全然違うね』
『私、その、口下手で、人見知りだから……』
『もっと怖い人なのかと勝手に思っていて、本当にごめんなさい』
『いいの。ずっと話せない私が、悪いのよ』
真白を撫でながら、二人はかなり長い時間話していた。
アリスには自身が孤児院出身だというコンプレックスがあり、彼女も彼女でまだ学園にうまく溶け込めていないのだという。
『それにまだ武具の召喚もできないし』
『私も同じ……』
二人は顔を見合わせて苦笑した。
実技訓練の時間、いつも訓練場の端っこでアレイズに武具召喚の練習をさせられていたからだ。
二人はぽつぽつとお互いのことを話して、その日は別れた。
真白はいつも、教室に置いていくらしい。
朝と昼と夜に世話にきているのだとか。
今飼い主を探していて、何人かかいたいという人を見つけたので、予定を合わせて真白をつれていくつもりなのだそうだ。
「ふふ。天球儀に頭ぶつけて、変な男の夢を見て。なんだか今日は最悪な日かもって思ったけど、そうでもなかったわ」
ロザリアはベッドへダイブした。
男子は基本的に相部屋が多いのだが、女子は個室を与えられている。
もともと人数が少なく、黒寮の一年生はロザリアしかいないからだ。
ほとんどカスタマイズされていないロザリアの部屋。
殺風景なその部屋も、今はなんだかキラキラとして見えた。
「私にも、もしかしたら夢の学園生活が……」
そう言いながら、ベッドに横になる。
すると、ずきん、と頭に痛みが走った。
「ッ」
ロザリアは顔をしかめる。
そういえば、天球儀に思いっきり頭をぶつけてしまったのだ。
「あの夢……変だったな」
妙にリアルな夢だった。
まるで本当に、あの男に会ったような。
ロザリアはしばらくぼんやりしていたが、ベッドからおき上がった。
保健室にいって、たんこぶを冷やすものをもらおうと思ったのだ。
「頭の怪我って怖いって言うしね……」
そう呟くと、ロザリアは部屋を出た。
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