第5話 謎の男


 ロザリアは真っ暗な空間の中で目を覚ました。


「なに、ここ……?」


 あたりを見回す。

 不思議なことに、旧校舎の壁は消えていた。

 


『……ようやく来たか』



「!」


 聞いたことのない、男の声が聞こえてきた。

 ロザリアが振り返ると、真っ暗な闇の中で、ほんのわずかに輝いている部分があった。

 そこには玉座のようなものがあり、誰かが足を組んで座っている。


「だれ……?」


 ロザリアは目を細めて、そちらを確認した。

 誰もいなかったはずの空間に、一人の男。

 どうやらこちらを見つめているようだ。


『しかしまあ、軟弱そうな娘だな』


 若い声の主は、ロザリアに何か不満を抱いているようだった。


『本当にお前が……なのか?』


「……?」


 声の一部が霞んで聞こえない。


「あの、あなたは一体……?」


 ロザリアは、怖くてその場から動けなかった。

 じわじわと嫌な汗が浮かんでくる。


 顔が見えない男。


 けれど、なんとなくわかった。

 そこに座る人物が、普通の人間ではないということが。

 この男はまずい。

 そう本能が告げていた。

 男は肩を震わせて笑った。


『意志も脆弱そうだ。なぜ封印はお前のようなやつを選んだ?』


「な、なんのはな……」


 ロザリアが震える声でそう言うと、男はく、と笑った。


『まあいい。退屈していたんだ。しばし、お前につきやってやるよ』


 ──選ばれた? 一体何に?


 声も出せなくなったロザリアだったが、男はロザリアの心を読んだかのように告げた。


『俺の……にだよ』


 そう言って男は不敵に笑うと、自らの手を宙に向けた。

 その瞬間、強い風が巻き起こる。

 闇の中にまばゆい光が発生し、何かを形作ってゆく。

 武具の召喚だ。

 空間がぐにゃりと曲がった気がした。

 ロザリアはその武具が何かを確認する間も無く、再び奔流の中へ放り込まれてしまった。


 ◆


「……ま! ……さま!」


「……う」


「ロザリア様!」


 ほっぺたを何かに舐められているようなくすぐったさを感じて、ロザリアはハッと目を覚ました。


「大丈夫ですか、ロザリア様!」


「きゅぅううん!」


 聞き覚えのある声と、聞いたことのない鳴き声。

 ロザリアはぼんやりする目をこすった。

 視界がはっきりしてくると、薄暗い教室の天井と、アリスの顔、そしてもふもふ真っ白な何かが、自分を覗き込んでいるのが見えた。


「え……?」


 ロザリアはぎょっとして、慌てて身を起こした。

 その瞬間、ズキリと頭が痛む。


「あ、急に動かない方がいいです。もしかしたら、脳震盪起こしちゃったのかも」


 顔をしかめるロザリアに、アリスが横になっていることを勧める。

 ロザリアは首を振って、大丈夫、と答えた。


「私、一体何を……」


 そう呟いて、ハッとあたりを見回す。


「そうだ、あの男は……!」


 先ほどまで対峙していた不気味な男のことを思い出して、ロザリアは慌てた。

 けれどアリスは不思議そうな顔で首をかしげた。


「男? 男なんていませんでしたよ」


「本当に? 私、さっき、視界が真っ白になって、そうしたらそこで、みたことのない男にあった気がしたの……」


 アリスは眉を寄せた。


「すごく大きな物音がして、慌てて来てみたら、天球儀が壊れていて、ロザリア様が倒れていたんです。人は他に誰もいなかったような……」


「……」


「きっと頭をぶつけちゃったんだと思うんですけど……」


 ロザリアは頭をさすった。

 大きなたんこぶができている。

 そして目の前に転がる、先ほどまで宙に浮いていた天球儀たち。

 時刻は夕方のまま。

 オレンジ色の光が室内に満ちている。


 心配そうなアリス。


「きゅぅううん」


 そして、謎の真っ白もふもふわんこ。


「っていうか、これは一体……」


 ──どういう状況なの?

 

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