第4話 アリス・エヴァレット
「えーみなさーん、試験の日も近いので、今日は自習にしようと思いますぅ」
ピンク色の髪にとんがり帽子をかぶった若い女教師が、黒板に『自習』と大きな文字を書いた。
可愛らしいその文字を見てから、ロザリアは教科書を開いた。毎日勉強するくらいしかやることがないロザリアは、もうほとんどすべての範囲を復習し終わっている。
「ロザリアさん、何かわからないところはないですかー?」
本に目を落としていたロザリアのもとに、女教師が回ってきた。
「……いいえ、ポップル先生」
(あ、声が冷たかったかも)
ロザリアは若干焦った。ロザリアは無表情無愛想なだけでなく、声も抑揚がないので喋り方には気をつけなければいけないのだ。
(ポップル先生に私はなんて冷たい態度を……)
ポップルと呼ばれるその魔導士は、ロザリアが大好きな先生だった。なぜなら、こんな悪役顏のロザリアにも何も気にせず接してくれるからだ。ロザリアがどんな態度をとっても、そうですかーと何も気にしない。
「そうですかー」
このように。
ポップルは鼻歌を歌いながら、生徒の間を巡回していた。
「ポップルせんせ……」
「せんせー! おれんとこきて!」
ロザリアの斜め前に座っていたアリスが、声を上げると同時に、元気な男の子がはーいはーいと手をあげてそれを遮った。
「はーい、ワンズくん、静かにねー」
ポップルはアリスに気づかず、ワンズと呼ばれた少年のもとへ赴く。ワンズ少年は赤寮の制服をだらしなく着こなしていて、ポップルにそれを直されていた。
「あ……」
しゅん、とアリスは手を下げた。
ロザリアはその様子を見て、ハッとする。
アリスのノートが視界に入り、なんとなくどこを質問しようとしていたのかがわかったからだ。
(わかるわかる、私もそこ詰まったよ!)
ロザリアはうんうんと勝手に頷いた。
魔術分野の問題だ。
Qある魔導士の魔術ロッドは三つある。そのうちの一つは魂装強化のために埋まっている。しかし魔導士は三つの魔術を使うことができた。それはなぜか。
答えは武具自体に魔術効果が付与されているからだ。
この場合、魔導士の魔術ロッドに二つしか空きがなかったとしても、魔術効果を追加しているため、三つの魔術が使えることになる。
(ど、どうしよう……教えてあげたほうが……)
ロザリアはばくばくする心臓を抑えて、アリスを見ていた。
アリスは強い視線に気づいたのか、ちらとこちらを振り返る。
「!」
ぎょっとした顔で、アリスは再び前を向いた。
ロザリアはものすごい顔をしていたらしい。
(あれ、またなんか私、失敗しちゃったような……?)
結局、ロザリアがアリスと会話することはなかった。
◆
放課後。
勉強するために、ロザリアは図書館へ赴いていた。
図書館は黒寮とは反対の場所にある。
そのため少し歩かなければならない。
ロザリアは夕方の光を見ながら、のんびりと歩道を歩いていた。
すると、カバンを持ったアリスが、なにやら急いで駆けていくのが見えた。
(あ、アリスちゃんだ……)
何をやっているのだろうか。
(あれ、あっち側って、確か……)
アリスがかけて行ったほうを見る。
そこは、改装予定のため、立ち入り禁止の建物がある場所だった。
昔、授業で使われていた旧校舎らしい。
噂によると、ある生徒が暴走したせいで壊れてしまったとか。
訓練場などは、壊れても自動修復される複雑な魔術がかけられているのだが、普通の座学で使うような校舎には、そのようなものは施されていない。そのため改装工事になってしまったのだろう。
(アリスちゃん、なんであんなところに……?)
壊れかけた建物に近づくのは危険だ。
入れないようになっているはずだが……。
ロザリアは、気がつくとアリスの後をそうっと追っていた。ロザリアの予想通り、アリスは人気がないのを確認すると、建物の裏へ回り、そっと立ち入り禁止の札をよけて校舎の中へ入っていく。
(危ないよ……)
ロザリアは不安になってしまい、ついその後を追いかけてしまった。
◆
時間帯のせいもあってか、旧校舎の中は薄暗かった。
「あれ、どこにいっちゃったんだろう……?」
一度も旧校舎に立ち入ったことがなかったせいか、ロザリアは見事にアリスを見失ってしまった。
ロザリアは結構おばけとかの類が苦手だ。
そもそも怖がりなので、何も考えずに旧校舎に飛び込んでしまったことを少し後悔してしまった。
「ここ、どこ……」
カツーン、とヒールの音が響く。
奥へ進むにつれ、薄暗さも増してきた。
日が落ちてきたのだろう。
ロザリアが震えながら進んでいると、閉じられたドアの中、一つだけ扉が半開きになっている場所があった。
「?」
ロザリアはそっと中を覗き込む。
『天文学研究室』
ドアのプレートにはそう書いてあった。
──ここに入っていったのかしら?
ロザリアは音をたてないように、そうっと中へ入る。
その部屋は、夕方の淡い光を受けて、不思議な色合いに輝いていた。
「!」
ロザリアは部屋の中央にあったものをみて、ハッと息をのんだ。
「これは……」
部屋の中央には、見事な天球儀が浮かんでいた。
宇宙を模したその空間には、いくつもの星がぷかぷかと浮かび、不思議な色合いを発している。
おそらく魔術によって固定された特殊な天球儀なのだろう。
こういう類のものは、繊細な魔術式によって構成されているため、下手にうごかすことができないのだ。
「綺麗……」
ロザリアは思わず、ぽつりと呟いてしまった。
星々が煌めき、意識がぼうっとそれらに吸い込まれていくようだった。
ロザリアはいつの間にかその天球儀に近寄って、右手を球に伸ばしていた。
そして、その瞬間。
「!」
ガタン! と激しい音がしたかと思うと、宙に浮いていた球たちが、次々にロザリアに向かって降ってきた。
ロザリアが思わず目を瞑ると同時に、視界が真っ暗になった。
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