第3話 七つの大罪


 どうして自分は武具の具現化ができないのだろうか。

 全ての授業を終え、黒寮に帰る途中、ロザリアはため息を吐いていた。

 ロザリアの暮らすこのバルハザード国では、影から生まれる魔物「アンブラ」と戦うため、魔導士の育成に力をいれている。


 アンブラと戦うためには、


 ・魂装強化(アンブラと渡り合えるように肉体を強化すること)

 ・魂装武具の召喚(魂に内包された武具を現実世界に取り出すこと)


 の二つの魔術が必須とされている。

 ロザリアは魂装強化には成功しているが、武具の具現化には至っていない。

 武具がなければアンブラと戦うこともできないので、学園での立場はなくなってしまう。


 このまま武具を召喚できなければ、退学になってしまうのだろうか。

 そもそもこの学園で武具の召喚ができなかった人というのを聞いたことがないので、どうなるのかはわからない。

 が、戦力なしと判定され退学になってもおかしくないとロザリアは思った。


「あのぉ」


 ぼうっと歩いていたからだろうか。

 いや、まさか自分に声をかけてきたなんて思わなかったからかもしれない。


「あの!」


「!」


 二度声をかけられて、ロザリアはようやく歩みを止めた。

 振り返れば、白寮の制服をきた金髪の少女が、ロザリアを見つめていた。

 ロザリアの頭の中のクラス名簿がさっとひらく。

 クラスメイトのことは、一応全員チェックしている。

 一人一人どうやったら仲良くなれそうか、戦略を立てていたところだ。

 ロザリアのクラス名簿によると、彼女は同級生のアリス・エヴァレットだった。

 先ほどアレイズに名指しされていた少女である。


「これ、落としてたよ!」


 アリスはロザリアに何かを差し出した。

 ロザリアは目を見開く。

 それは母ローズの形見であるペンダントだったからだ。

 ロザリアはそれをなくさないよう、いつも肌身離さず持っていた。

 戦闘訓練のため外してポケットにいれていたものが、落ちてしまったのだろう。


「……」


 ──ど、どうしよう! ついに話しかけられてしまったわよ!


 声をかけられたのが嬉しすぎて、ロザリアの思考は爆発しそうになってしまっていた。

 言葉がうまく出てこない。


「ロザリア、さま?」


 アリスは眉を寄せた。

 それからしおしおと視線を落としてしまう。


「ご、ご気分を悪くされてしまったなのなら、ごめんなさい……」


「……」


(ち、違うの! 待って、お願い! 返事を考えるのに二分くらい頂戴!)


 アリスは固まったロザリアの手にペンダントを乗せると、そのまま走っていなくなってしまった。

 アリスの後ろ姿が廊下の曲がり角に消えていくまで、ロザリアは呆然と見送っていたのだった。

 

 ◆

 

 アリス・エヴァレット。

 孤児院出身。

 入試試験で魔導士の才を認められたため、入学を許可された。

 だがロザリアと同じく、まだ魂装武具の召喚に至っていない。

 

 アリスは学園内でも少数派の、庶民の娘だ。

 そもそもこの学園は身分による生徒の分別は行っていないため、在籍する生徒は様々な場所から集められている。

 が、魔導士は基本的に上流階級と結婚することが多いので、その分遺伝的な要素から、どうしても上流階級の子供が多くなってしまうのだ。


 あの日からロザリアは、アリスのことばかりを考えていた。

 どうやってお礼をすれば、とか。

 まずどうやって話かけよう、とか。

 頭の中では百回くらいシュミュレーションしているのだが、行動に移れない。


 もし仲良くなれたら、放課後にクレープ食べちゃったりして。

 あんなこととか、こんなこととか、できるかも。


 友達ができた自分の姿を妄想しては、ロザリアは一人で幸せな気分に浸っているのだった(現実は一人きりなのだが)。


 そんなこんなで現実逃避していたロザリアだったが、ついに定期試験が迫ってきていた。

 一学期に二回、この学校では生徒の成績を評価するための定期試験が行われる。筆記試験と実技試験の二つの科目で成績を評価するのだが、一回目の実技試験は魂装武具の召喚だった。


 黒寮の男子たちは「簡単でよかったー!」と盛り上がっていたが、ロザリアは真っ青だった。今だ魂装武具の召喚に至っていなかったからである。

 ロザリアは覚えることは得意だったので筆記試験は多分なんとかなると思うのだが、魂装武具の召喚に関してだけは、多分なんとかならない。

 勉強してどうにかなるものではないのだ。

 

 談話室の隅っこに座りながら、ロザリアはうなだれていた。周りには友達同士で固まって、教えあいながら勉強しているグループがいくつかちらほら。

 結局友達もできずじまいだしで、ロザリアの最悪な状況は変わらないのだった。

 

「なあ、お前知ってる? 七つの大罪の話」


「七つの大罪って……アレイオス帝国時代に暴れまわってたっていう、あの都市伝説?」


「そそ」


 ロザリアが教科書に目を落としていると、すぐ近くで勉強していた男子学生のグループが、何やらこそこそと話し始めた。

 ロザリアはなんとなく気になって、その話に耳を傾けてしまった。


 バルハザード国における七つの大罪とは、帝国時代にアンブラを殺して回ったという、世界で初めての魔導士たちのことだ。

 なぜアンブラを殺して回ったのに、大罪と呼ばれているのか。

 それは、アンブラを抹殺すると同時に、その人物たちが帝国崩壊の引き金となったからだと言われている。


 アンブラをたたきのめすと同時に、七つの大罪と呼ばれるその人物たちは、帝国を破壊し、炎で焼き、時に水で埋め尽くし、多くの人たちを死に導いた。アンブラは抹消されたが、あまりにも多くの人が犠牲になったため、七つの大罪などと言われているが、あくまでそれは噂話にすぎない。

 歴史の教科書にもそんな話はのっていない。


 だが強さやより珍しい魂装武具に憧れる学生たちの間で脈々とこの噂は受け継がれてきたのだ。

 バルハザードの七つの大罪。

 この学園で知らないものはほとんどいないだろう。


「それがよ、先輩から聞いたんだけど、七つの大罪の一つが、この学園に封印されているんだってよ」


「封印?」


「そそ。で、その封印を解いたものは、その幻の武具を使えるようになるんだって」


「へえ。なにそれ、かっこいい! 俺も最強の武具がほしいなぁ!」


「お前は盾だから守る専門だもんな。ださい」


「うっせ、お前だって中距離支援の微妙な武具じゃねぇか」


「んだとこのやろー!」


 いかにも男の子が好きそうな噂話だと思った。

 バタバタと喧嘩を始める男子たちを横目に、ロザリアは再び本に視線を下ろした。


 ロザリアは多分、噂の内容に興味があったのではない。

 友達同士のやりとりに興味があったのだ。

 そう気付くと、ロザリアはなんだか悲しくなってしまったのだった。

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