ファイル3 ハブドゥール・ウムラク


 今朝7時ごろ、東京にいる上司から電話がかかってきました。

 その人の名前は、大隈(おおくま)さん。年齢は確か40歳くらい。若くして『日本特殊医療施設中央管理局』の局長を務めるほどの男です。妻と二人の子どもがいて、休みの日は家族で旅行に行ったりしてるそうです。

 

 私と大隈さんの今朝のやり取りを、ここに晒しておきます。

 ドクター・パーガトリー = Dr

 大隈さん = 局長


 Dr「もしもし……?」

 局長「もしもしパーガトリーか? パーガトリー施設長か?」

 Dr「げっ! 嫌いな人の声だ……。」

 局長「なんだと?」

 Dr「あー、いえ、なんでもないです。おはようございます、大隈局長。気持ちの良い朝ですね。」

 局長「呑気なこと言ってる場合じゃないぞ。俺が何故、お前に電話をかけているか分かるか?」

 Dr「うーん、私の素敵な歌声を聞きたいから? ラララ〜♪」

 局長「バカヤロー。お前の先日のレポートについて、お叱りを申し上げるためだよ。」

 Dr「先日のレポート? もしかして、第二回の?」

 局長「そうだ。愛結さんと方太郎さんの件だ。お前んとこの施設が、『青少年の人格形成に悪影響な行いを助長している』と、うちの局にご意見が寄せられたんだよ。」

 Dr「え〜? 助久くんと桃音ちゃんは、プラトニックな関係ですよ? 彼らの交際は至って健全ですし、うちの施設としても学生の青春は応援していきたい所存であります。OK?」

 局長「答えはノーだ。国立の機関として、そんな浅い言い訳を聞き入れるわけにはいかない。とにかく今は、是正のために行動したという事実が必要なんだ。分かるか?」

 Dr「是正のための行動?」

 局長「ああ。俺が直々に『入れ替わり病院』の視察に行く。近いうちにな。」


 ガチャリ。ツー、ツー。

 ジリリリリンッ!! ジリリリリンッ!! ……ガチャ。


 Dr「もしもし?」

 局長「もしもしじゃねぇよ。なんで電話を切った。」

 Dr「だって、局長には来てほしくないから……!」

 局長「お前は相変わらず、思ったことをなんでも口にするな。」

 Dr「私の長所ですよ。うふふ。」

 局長「バカ、短所だよ。とにかく俺が視察に行って、収拾をつけなくちゃいけないんだ。我慢しろ。」

 Dr「絶対やだ。来ないでください。」

 局長「あのさぁ。お前にとって、俺はなんだ?」

 Dr「すぐ怒る上司?」

 局長「媚びるべき上司だろっ! それに、命の恩人っ!」

 Dr「う〜ん、命の恩人ですかぁ。そう言われると、確かにそうなんですけど……。」

 局長「ふつうさ、もっと感謝するもんじゃないのか? 命を救ってくれた上司に対してっ! せめて、もう少し愛想良くできないのかよ。」

 Dr「はいはい、分かりました。じゃあ、視察に来てもいいですよ。できれば来ないでほしいですけど。」

 局長「ほんとだな? 行くからな? 駐車場の掃除をしておけよ。」

 Dr「塩を撒いておきますね。駐車場に。」

 局長「このクソ女っ、クビにしてや」


 ガチャリ。ツー、ツー。

 

 というわけで、今度上司が施設に来ることになりました。

 憂鬱です。すごく憂鬱。大隈局長は本当に声が大きくて、すぐ怒鳴るんですよ。昔から。いつも平和な『入れ替わり病院』には、もっとも来てほしくない人物です。今回もいろいろな件で怒られると思うと……はぁ〜。


 気分はあまり良くありませんが、第三回目のレポートは完成しました。

 今回の被転身者さんは、施設に入院されている方ではなく、定期的に通院されている方です。

 

 * * *


 〜 ファイル3 〜

 「ハブドゥール・ウムラク」(43歳 アラビア人男性 実業家)


 ドクター・パーガトリー = Dr

 ハブドゥール・ウムラクさん = ハブディ

 ハブドゥールさんのボディガードたち = 黒服A,B


 Dr「ではインタビューを始めます。三人共、どうぞ座ってください。」

 黒服A,B「……!」 

 

 黒いサングラスをかけた屈強なボディガードが二人。

 用意されたイスには座らず、パーガトリーに詰め寄る。


 Dr「えっ? な、なんですか……? イスありますけど……。」

 黒服A「Body check.」

 黒服B「BODY CHECK.」

 Dr「ボディチェック? 身体検査? 武器を隠し持っていないかどうかの確認ですか?」

 黒服A「Yes.」

 Dr「えーっと、体を触るってことですか? 私の?」

 黒服B「OH YEAH.」


 しかし、ハブドゥールさんが声をあげる。


 ハブディ「كف عن هذا」

 黒服A,B「!」


 すると、黒服たちはすぐにパーガトリーから離れ、部屋の外へと出ていった。

 ハブドゥールさんは深いため息をつくと、イスに腰を降ろした。


 ハブディ「اسف……ごめんね、パーガトリーさん。嫌な思いをさせちゃって。」

 Dr「ううん、全然気にしてないよ。大変そうだね。」

 ハブディ「うん……。言葉の違いには慣れてきたんだけどね。」

 Dr「外国の人だもんねぇ。まぁとりあえず……インタビューを始めてもいいかな? 受けてくれる?」

 ハブディ「もちろん。あたしの話でよければ。」

 Dr「ありがとう。じゃあ、まずは体の方の自己紹介をしてくれる?」

 ハブディ「この人の名前は、ハブドゥール・ウムラク。見ての通り、外国の男の人だよ。アラビア人って言えばいいのかな?」

 

 中東系の男性。特徴的なのは、堀が深くて目鼻立ちがはっきりした顔と、フェイスラインに沿ったあごヒゲ。

 身長が高くて筋肉質なので、日本人女性から見ても魅力的に見えるオジサンだ。気になるところと言えば、少し毛深いことぐらい。


 Dr「海外のサッカー選手みたい。ワイルド系のイケメンだね。」

 ハブディ「モテたと思うよ、この人。大金持ちだし。」

 Dr「もしかして、本当にサッカー選手?」

 ハブディ「違うよ。この人は実業家。石油の商取引で成功した人なんだってさ。」

 Dr「つまり……石油王ってこと?」

 ハブディ「そうみたいだね。だから、常にボディガードがついてるの。」

 Dr「はー。それはまた夢のある話だね。」

 ハブディ「夢のある話かな……?」

 Dr「ごめんごめん。良い事ばっかりじゃないよね。次は、心の方で自己紹介してくれる?」

 ハブディ「うん……!」


 声に明るさが戻る。


 ハブディ「あたしの本当の名前は、曽木野(そぎの)未亜(みあ)。ハブディと入れ替わる前は、高校ニ年生だったよ。」

 Dr「未亜(みあ)ちゃんだよね。可愛いお名前。」

 ハブディ「そう思う? えへへ、嬉しい。」

 Dr「写真を見せてもらえる? 当時の未亜ちゃんの。」

 ハブディ「うん。ほら、ここにあるよ。」


 写真には、都会での遊び方をよく知っていそうな女子高生が写っていた。長い髪を明るい茶色に染め、爪にはキラキラしたネイルアートを施している。青春を充分に謳歌していそうな笑顔が、太陽のようにまぶしい。

 

 Dr「遊んでるねぇ。恋愛とかしてた?」

 ハブディ「うん。高校入ってから、三人くらいの男子と付き合ったよ。」

 Dr「マジか。最近の子はすごいな。」

 ハブディ「パーガトリーさんは? 恋愛してないの? 今、彼氏とかいる?」

 Dr「おおう……。私にそれ聞く? 白衣に瓶底メガネの女が、男性にモテると思うのかい未亜ちゃん。」

 ハブディ「えー? でも、パーガトリーさんって優しいし。色気があると思うし、頭良さそうだし、本気で好きになってくれる人もいっぱいいると思うよ。」

 Dr「あはは、ありがと。まぁそもそも、男性との出会いがないんだけどね。この施設で暮らしてると。」

 ハブディ「え? この施設って、男の人もいっぱい来てるよね?」

 Dr「外見は男でも、中身が女だよ。あなたと同じように。」

 ハブディ「あっ! そっか。じゃあ無理か。」

 Dr「私はあまり恋愛に興味ないしね。かっこいい男の人より、美味しいご飯の方が好きだよ。」

 ハブディ「ふふっ、パーガトリーさんらしい。」

 Dr「それはともかく、未亜ちゃんの話をしようよ。例えば……入れ替わった時のことなんかを教えてほしいな。」

 ハブディ「あたしが、ハブディになった時のこと?」

 Dr「イェス、ザッツライト。話してくれる?」

 ハブディ「うん、いいよ……。」


 遠い記憶を探るように、ハブドゥールさんは話し始めた。


 ハブディ「あの日は確か、水泳の授業があった日。3限目が水泳なのに、あたしは水着を持ってくるの忘れちゃってて……。休み時間にお母さんに電話して、学校に届けてもらうことになったんだ。」

 Dr「お母さん?」

 ハブディ「うん! あたし、お父さんがいないから。お母さんは体が弱いけど、一人であたしをここまで育ててくれたの。」

 Dr「病弱なシングルマザーと女子高生の娘、かぁ。」

 ハブディ「えへへ。だから、あたしはお母さんのことを尊敬してるよ。お母さんを悲しませるようなことはしないって、普段は心に決めてるの。」

 Dr「ふふ、良い子だね。未亜ちゃんは。」

 ハブディ「でも、その日のあたしは、前日に彼氏と別れたせいで、すごくイライラしてて……。お母さんは急いでスクール水着を持ってきてくれたけど、『遅いよお母さんっ! もう授業始まっちゃうじゃん!』って、怒鳴っちゃったんだ。あたし。」

 Dr「あらら。」

 ハブディ「お母さんは、『未亜ちゃん、ごめんね……。』って、何度も謝ってた。元はといえば、あたしが水着を忘れたせいなのに、ずっと謝ってるの。」

 Dr「心が痛いね。」

 ハブディ「うん……。あの時、お母さんに優しくできなかった自分に腹が立つよ……。こんな姿になったのも、きっとバチが当たったんだと思う。」

 Dr「ん? バチ?」

 ハブディ「水着を受け取って、あたしは急いで女子更衣室に向かったの。すぐに着替えれば、まだギリギリ間に合う……って。制服を脱いで、下着も脱いで、水着を取り出し……。そこで突然、意識を失った。」

 Dr「えっ!!? 全裸のまま倒れたのっ!?」

 ハブディ「誰もいない女子更衣室内だから、セーフかな?」

 Dr「ふむふむ。それで?」

 ハブディ「目を覚ますと同時に、飛び起きたよ。『ヤバいっ! 眠っちゃった!』って思って。そして、そばに落ちてる水着を拾って、着ようとしたの。右手を伸ばしたら……毛が生えてた。」

 Dr「毛?」

 ハブディ「あたしの右腕は、とっても太くなってて、腕毛まで生えてた。まるで男の人みたいに。」

 Dr「あー。突発性の入れ替わりだね。」

 ハブディ「左腕も、毛が生えてた。胸を見ると、そこにも胸毛がもさって生えてるの。触ってみたら、やっぱりあたしの体に生えてる毛だった。」

 Dr「毛深いんだ。」

 ハブディ「脇にも、すねにも、アゴにも生えてるの。あたしは女なのに。男の人じゃないのに……。パニックになって、頭を抱えたよ。まだ夢でも見てるんじゃないかって。」

 Dr「それから?」

 ハブディ「自分の体を鏡で確認したくて、女子更衣室を出ようとしたの。でも、ハダカで外に出るわけにはいかないから、服を探したよ。」

 Dr「スクール水着と、学校の制服の、二択かな?」

 ハブディ「うん。まずはスクール水着を着ようとした。でも、サイズが全然合わなくて、体が入らないの。なんとか無理やり押し込んだら、今度は股間がぎゅーって、締め付けられるように窮屈になって。痛みに声を上げながら、すぐに脱いだよ。」

 Dr「そうなると……制服を着たの? その体で?」

 ハブディ「うん。そっちもかなり窮屈で、ボタンが飛びそうになったけど、なんとか着ることはできた。外国人のオジサンが、日本の女子高生の服を着てるなんて、とても不釣り合いな格好だけど、あたしはその姿で女子更衣室を出た。」

 Dr「スカートから伸びるスネ毛もじゃもじゃの太い脚……。うーん、あまり想像したくない。」

 ハブディ「でも、ダメだった。すぐに女子生徒に見つかり、大声で悲鳴をあげられてしまった。そしたら男子生徒も集まってきて、先生たちまでやってきたの。そして、私に向かって叫んだ。」

 Dr「先生が? なんて?」

 ハブディ「『こ担ぉ△く濾ぃは☓だ!!』」

 Dr「ん……?」

 ハブディ「『し眼6ぁこ野せぉ々○いぃっ!!』」

 Dr「おう……?」

 ハブディ「私の耳にはそう聞こえた。」

 Dr「つまり……言語の違いかな?」

 ハブディ「その通りだよパーガトリーさん。日本語が、全く分からなくなってたの。日本人の先生たちが、知らない言葉でしゃべってた。あたしは頭がおかしくなりそうだった。」

 Dr「なるほど。興味深い現象だね。」

 ハブディ「そして、男の先生たちに取り囲まれ、腕を掴まれた。あたしは思わず叫んだけど、口から出たのは『هذا مؤلم』『كف عن هذا』とか、そういうのばかりで……。あたしの言葉も、向こうには伝わらなかったの。」

 Dr「ピンチだね。それからどうなったの?」

 ハブディ「あたしは逃げたよ。日本人は力が弱くて体も小さいから、あたしは簡単に逃げられた。もし警察が来てたら、どうなってたか分かんないけど。」

 Dr「逃げるって言っても、どこに?」

 ハブディ「どうしよう、どうしようって悩んで……。行ける場所は、もう自分の家しかなかった。お母さんと二人で暮らしてるアパートに、その姿で行ったよ。」

 Dr「おお……。」

 ハブディ「家に帰ると、台所にお母さんがいたの。向こうは、あたしを見るなりびっくりしてたよ。娘の制服を来た外国人の男が、泣きそうな顔でいきなり家に入ってきたんだもん。」

 Dr「普通ならすぐに警察を呼んじゃうね。」

 ハブディ「震える声で、あたしは言ったの。『امي』って。言葉なんか伝わるわけないのにさ。……でも、お母さんは言ってくれたの。『未亜ちゃん……?』って。」

 Dr「えーーっ!? 信じてもらえたの!? すごいっ、奇跡だよ!!」

 ハブディ「あたしも、ぶわって、涙が溢れてきた。泣き崩れてうずくまるあたしに、お母さんは『未亜ちゃん? 未亜ちゃんよね……?』って、名前を何度も呼んでくれた。あたしの名前だけは、あたしも聞き取ることができた。」

 Dr「母の愛かなぁ。勝因は。」

 ハブディ「それから、曽木野未亜が行方不明になったって、騒動になって。謎の外国人に誘拐されたって話にまで発展したけど、お母さんは疑わずにいてくれた。お母さんは『娘は家にいます。少し療養が必要なので、しばらく家で休ませます。』って、警察や高校の先生に伝えてくれたの。」

 Dr「人前には出られないよね。」

 ハブディ「うん。それからは、お母さんと二人きりの生活。まずは言葉でコミュニケーションがとれるように、日本語を覚えていったよ。「あ」「い」「う」「え」「お」って。どうしてあたしが、この年にもなって、今更こんなことを……って、泣きそうになる日もあったけど、お母さんが優しく教えてくれたの。」

 Dr「今ではすっかり日本語を取り戻したね。」

 ハブディ「うん……。そして、体を元に戻す方法について、お母さんと一緒に調べたんだ。いろんな場所に行って、たくさん調べて、そして『入れ替わり病院』の存在を知った。」

 Dr「改めてようこそ。未亜ちゃん。」

 ハブディ「えへへ。これくらいかな、あたしの過去は。」

 

 すっきりしたような顔で、ハブドゥールさんは微笑んだ。


 Dr「じゃあ次は、入れ替わり前後の生活の違いを聞きたいんだけど……。」

 ハブディ「生活の違い? ふふっ、大きく変わったよ。見ての通りね。」

 Dr「だよねぇ。ずいぶん変わったよね。ボディーガードさんまでついてるし。」

 ハブディ「あたしは今、海外で暮らしてる。この体の……ハブドゥール・ウムラクの国でね。もちろん、お母さんと一緒に。」

 Dr「そうなった経緯が知りたいな。」

 ハブディ「パーガトリーさんのおかげだよ。一言で言うとね。」

 Dr「私っ!? 私のおかげ……? どういうこと?」

 ハブディ「この施設に初めて来た時、あたしは『絶対に元の体に戻りたいんですっ!』って、パーガトリーさんに言ったよね。」

 Dr「言ったねぇ。だから私は、『人生の修復』という方向で、未亜ちゃんのためにできることを考えた。突発性入れ替わりについての情報を集めたり、未亜ちゃんと入れ替わった相手がどこの国にいるのか探したり。」

 ハブディ「それだよ、パーガトリーさん。あたしと体が入れ替わったハブドゥールって男の人を探してくれたでしょ?」

 Dr「うん。中東の国にあるいくつかの管理局と連絡を取ったよ。」

 ハブディ「その結果ね、あたしの方に返答が来たの。『身元不明の日本人女性を保護しています。』っていう文章と、曽木野未亜が写っている写真がね。」

 Dr「おお、無事に見つかったんだ。やったね。」

 ハブディ「だからあたしも、『それ、あたしかもしれません! すぐにそっちに行って確認したいです!』って返信したの。そしたら、あたしの家にまで迎えに来てくれたんだ。……運転手付きのリムジンが。」

 Dr「リムジン? ってたしか、偉い人とかお金持ちの人を乗せる車、だよね?」

 ハブディ「うん。ボディーガードの人もいっぱいいたよ。よく分からないまま、お母さんと一緒に車に乗ったら、そのまま空港へ。空港にはあたし専用のジェット機があって、気付いたら日本を出てた。」

 Dr「わーお。」

 ハブディ「向こうの国についてからも、すごい待遇でさ。流れるように運転手付きの高級車に乗せられて、そのまま直行。ある施設まで送ってもらったんだ。」

 Dr「ある施設?」

 ハブディ「精神病棟だよ。そこにあたしが保護されてるんだって。」

 Dr「なーるほど。日本でもよくある話だね。頭がおかしくなった人だと思われて、被転身者さんが精神病棟に連れていかれるケースは。」

 ハブディ「個人部屋に、パジャマ姿のあたしがいたよ。部屋の鏡に向かって、ずっとブツブツつぶやいてるの。おそらく日本語で、『私は誰だ。私は誰だ。私は誰だ……。』って、繰り返してるんだと思う。」

 Dr「あー、それは……。」

 ハブディ「うん。すごくショックだった。」

 Dr「入れ替わりによる自己倒錯疾患B型の末期だね。周りからは信じてもらえず、パニック状態のまま閉鎖空間に閉じ込められてしまうと、心を壊して廃人になってしまう人がいる。そうならないために、私のようなカウンセラーがいるんだけど……。」

 ハブディ「手遅れだと思う。食事や睡眠はろくにとらず、糞尿すら垂れ流しだってさ。あたしの体で。」

 Dr「回復は厳しいね。仮に元の体に戻れたとしても、一度完全崩壊してしまった精神は……うーん、難しい。」

 ハブディ「お母さんと一緒にそれを見て、無言のまま病棟を出た。そしたらまた運転手付きの車が待機してて、それに乗ったら、今度は宮殿みたいな建物に案内されたんだ。」

 Dr「宮殿?」

 ハブディ「ハブドゥール・ウムラク宮殿だって。名前までついてるの。」

 Dr「ああ、ハブドゥールさんの家ね。」

 ハブディ「宮殿には大きなプールがあって、高級車が並んだガレージがあって、果樹園もあって、噴水広場もあって、音楽ホールもあって、温泉もあったかな。使用人さんもたくさんいて、裏庭にはペットのインドゾウがいたよ。」

 Dr「ゾウがペット……。スケールが違う。」

 ハブディ「あたしは、とにかくお母さんと二人きりになりたかったから、ベッドルームにお母さんを連れて行って、使用人やボディーガードを部屋から出したの。その部屋は学校の体育館くらいの広さだったけど……。」

 Dr「それはちょっと落ち着かないね。」

 ハブディ「最初はね。最初は頭の中も不安だらけで、ベッドで寝ても落ち着かなかった。でも、お母さんが隣に寝てくれて、『これから何があっても、お母さんは未亜ちゃんの味方だからね』って、言ってくれたんだ。そしたら、なんだか心が軽くなって……。」

 Dr「さすが未亜ちゃんのお母さんだね。」

 ハブディ「いきなり外国人に、しかもお母さんと同じくらいの歳のオジサンになっちゃって、声は野太いし、体はゴツゴツだし、ヒゲも胸毛もスネ毛も生えてくるし、女の人には興奮するし、お母さんと血のつながった娘じゃなくなっちゃったけど、あたしは……それでも一人の娘として生きていこうと決めた。」

 Dr「おっ、何かを決心したんだね?」

 ハブディ「うんっ! お母さんを、お嫁さんにするっ!」

 Dr「ええーーーっ!!?」

 

 ハブドゥールさんは、白い歯を見せて笑った。


 Dr「話がとんでもない方向に行った気がするよ。未亜ちゃん。」

 ハブディ「まあ、これは『将来的に』だけどね。」

 Dr「つまり、そのハブドゥールさんの体で生きると決め、お母さんと結婚する……と?」

 ハブディ「改めて考えると、お母さんの幸せがあたしの幸せなんだって、気付いたんだ。だから、お母さんといつまでも一緒に暮らしたいって、思ってる。」

 Dr「それもまたすごい考えだね……。女子高生としての自分に、未練はないの?」

 ハブディ「ううん。全くないわけじゃないよ。でも、彼氏を作って一緒に遊園地に行ったり恋愛映画とか見たりするよりさ、お母さんと手を繋いでカイトビーチをのんびりお散歩する方が、よっぽど有意義でかけがえのない時間じゃない?」

 Dr「しょ、庶民にはよく分かんないっス……。」

 ハブディ「まあ一番の理由は、体の弱いお母さんに苦労をかけたくないからなんだけど……。使用人に任せたら全部やってくれるのに、お母さんは家事をやりたいみたいで、あたしの身の回りのことは、今でもお母さんがやってくれるの。」

 Dr「身の回りのこと?」

 ハブディ「食事と洗濯と……。あと、毛剃りとか。」

 Dr「毛剃り?」

 ハブディ「この体、恥ずかしいところにも毛がもじゃもじゃ生えてて……。この人になってから、自分の毛深さにずっと悩んでたの。そしたらお母さんが、『前みたいなキレイな未亜ちゃんにしてあげるから、大丈夫よ』って、剃ってくれることになったんだ。お風呂場でね。」

 Dr「お風呂……。」

 ハブディ「うんっ! それが終わったら一緒に入浴するんだけど、この前、お母さんをちょっとビックリさせようと思って、後ろから抱きついたんだ。そしたら、『きゃっ! 未亜ちゃんっ……!? だめぇっ……♡』って、すごいエロい声出してさ。あたしもなんだか興奮しちゃって、それで……。」

 Dr「ストーーーップ!!!」

 ハブディ「あっ、ごめんね。パーガトリーさん。」

 Dr「これ以上は危険と判断し、インタビューを終了します! ……今日はわざわざ来てくれてありがとうね。未亜ちゃん。」

 ハブディ「ううん。パーガトリーさんのことは、友達だと思ってるから。困ったことがあったら、なんでも言ってね。」

 Dr「じゃあ、この施設にいくらか援助を……というのは冗談で、写真を撮らせてくれる? 記念に一枚。」

 ハブディ「いいよ。でも、ちょっと緊張するね……。」

 Dr「うーん、いい表情。ハイチーズ。」


 パシャリ。


 * * *


 以上、第三回のインタビューレポートでした。いやあ、今回も健全なレポートに仕上がりましたね。みなさんは苦情などを管理局に送らないようにお願いします。ふふふ。


 まだまだ特殊な事情を持つ方はたくさんいます。次回のレポートもお楽しみに。それではみなさんさようなら。

 

 

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