第199話 さようなら、俺達の最高の神様!


「──姫命っ!」


俺は姫命が目の前に現れた瞬間に動き出していた。感情が、興奮が、その全てが抑えきれなかったからだ。


それは雫、葵、夜依も同じで……それぞれ四方から一斉に姫命に抱き着いた。その動きは謎に連携が取れていて、姫命を絶対に逃がさないという感情の現れだった。


「ちょ、皆。久しぶりだからって、流石にくっつき過ぎだよ。」


姫命はもちろん困るが、そんなの知った事か。

俺達を心配させた分はしっかりと束縛という形で返してもらう。


……という事で、しばらくの間は姫命を全員で抱き着いて束縛した。


──そうして数分後。ようやく気持ちが落ち着いた俺達は姫命を離し、久しぶりの会話を楽しむ事にする。姫命との時間は1秒たりとも無駄には出来ないからだ。


既に皆は姫命の正体も、俺の事も全て理解し合ったので、腹を割って素直に本音が語り合える筈だ。


「──皆、改めて……ありがとう。こんな身勝手な私の事を思い出してくれて。そして、ごめんなさい。皆の記憶を封印して。それに騙していて……」


最初に謝罪から入った姫命は深々と頭を下げた。いつもの姫命は余り真剣な表情になる事は少ない元々がおちゃらけた性格だからであろう。だからこんなにも真剣な表情は珍しかった。


「あぁ、随分と苦労したよ。でもいいさ、こうしてまた会えたんだから。」

「和也くん……っ。」


俺は姫命にもう一度会えたという高揚感に身を震わせていた。だから姫命が謝った内容も些細な事だと割り切る事が出来る。


それに……


「今回の件の大半は俺が悪い。だから姫命は別に悪くないよ。」


ただ俺に勇気が無かっただけだ。覚悟が足りてなかっただけだ。もっと、もっと……欲を出していれば良かったのだ。


「だからこそ、今度こそ……俺から言わせてもらいたい事ある。」

「う、うん……分かった。」


姫命も覚悟をして来たのかは分からないが、俺の言葉にすぐに順応し、悟ったかの様な目で俺を見る。


「俺はずっと姫命は神様で、偉い人で、恩人で……俺の所に来た時も何で俺なんかに?って思ってたし、好意を持たれているって分かった時も人間と神様が?って思ってた。その時の俺は気持ちの整理が上手く出来なかったんだ。

だから、なるべく接触は控えて、この気持ちから目を逸らしていた。それは謝る。ずっと、無視してごめん。」


俺は頭を下げた。そして……


「だけど今は違う。今度こそは逃がさないし、離さない。だから、俺の……エゴを愚直に突き通させてもらうからな!」


そう言った直後に俺は雫、葵、夜依の事を見る。

今の俺の気持ちを3人は認めてくれるのかが心配だったからだ。


3人は同時に、そして笑顔で頷いてくれた。


「──ありがとう。」


そう3人に向けて呟くと、もう一度姫命を見る。


「…………っ!」


姫命は潤んだ目で俺を見ていた。多分、俺の覚悟という迫力が伝わったからであろう。


「姫命、お前はもう家族の一員だ。だから、これからもずっとずっと一緒に居よう。俺は姫命の事が大好き・・・なんだからな。」


──姫命に対して、初めて“大好き”だと言葉にした。……ずっと、ずっと躊躇っていた。だけど姫命が居なくなって初めてまともに考えた。初めて姫命に対して向き合った。


そして1つの結論に至った。

『──そんなのは俺の理想である“青春”ではない』と。俺の思い描く青春には、後悔なんて2文字は存在しないんだ!


「ありがとう……私も和也くんが大好きだよっ!」


複雑な関係であった優馬と姫命。だが、ようやく……2人の関係が進展し、実った瞬間であった。





──だが、最後の最後でも運命は俺達を邪魔する。





「っ……!?」


姫命は急に力が抜けたかのように、体勢を崩し俺にもたれ掛かるようにして倒れた。


「姫命っ、どうした………………えっ!?」


突然の出来事で反応が遅れたがギリギリ姫命を受け止めた俺はすぐに姫命の体の異常さに気が付いた。


それは……姫命の体の一部が徐々に薄く透け、光の粒子として虚空に消えて行っているということにだ。


「あぁ、もう。すごくいい所だったのに……ね。どうやら私のタイムリミットが来ちゃったみたい、だね。」


とても悲しい事のはずなのに、とても悔しい事のはずなのに、それでも姫命は笑って言った……


☆☆☆


──姫命は約1ヶ月間の間しか地上にいる事は出来なかった。それは何となく……姫命の言動や姫命の持っていた指輪で察していた。


だから……姫命が倒れた事にも全く動揺もなく──って、無理に決まってるだろ!


こんなの……あんまりだろ。だって、ようやく会えたのに。ようやく俺の気持ちを伝えられたのに。ようやく実ったって言うのに。こんなにも呆気なく直ぐに別れなんて。


目元がジンジンと熱くなって、苦しくなる。感情の起伏が激しくなったせいだ。だけど涙はぐっと堪える、だって別れにそれは無粋であるからだ。


「あはは……和也くんも皆もそんなに悲しい顔をしないでよ。」

「だって……っ!」


俺と姫命のただならぬ雰囲気を感じて、3人も察した。だからこそ、俺と姫命の会話に自ら参加して来る事はしないでくれた。


「それにしても、和也くんは本当にいい子達を見つけたね。互いに大切に想っていて、互いに愛し合っている。史上最高の家族だと……私は思うよ。」

「あぁ、俺には勿体ないくらい自慢の婚約者達だ。もちろん……姫命、お前もその一員だからな。」


互いに交わす言葉を大切にしながら、姫命を横に寝かせる。


「あはは、ありがとうね。でも私は結局4番目なんでしょ?」

「おいおい、順番は別に関係ないだろ!」

「冗談冗談……分かってるって、和也くんは皆に順位を付ける人間じゃないって事ぐらいね。」

「ふぅ……」


少しだけ肝が冷えたけど、相変わらずの姫命の冗談で安心だ。まぁ状況が状況だから笑えないけどな。


「ゆくゆくは、互いに様々な事をカバーし合える良い家族になるよ、これはね神様からの神言だから100%信じていい未来だからね。」

「おぉ、そりゃあ……とてもありがたい。」


そう俺は言うと。姫命の体は徐々に薄く、光の粒子へと変わっていく……


「でも、やっぱり…………悔しいっ……なぁ。

もっともっと、皆と和也くんと居たかった。もっと愛を育みたかった。もっと愛を知りたかった。」


多分、ずっと心の底から我慢していたのだろう。

姫命はついに感情が抑えられなくなったようだ。


「…………っ!?」


俺も3人も我慢はしてた。だけど姫命の涙のせいで、俺達も涙腺が崩壊する。


「……もっともっと、神ちゃんとは一緒に居たかったし、色んな事を話してみたかった。」


「うぅっ、神ちゃん。お別れは寂しいですよ!!それに鶴乃ちゃんの事はどうするんですかぁっ!?」


「まだっ、まだ何か別の方法があるはずですよ!最後まで諦めないで下さい!私だってもっと神ちゃんとは一緒に……」


それぞれが思った事を全部、惜しみなく姫命にぶつける。それに姫命は言葉をプラスしていきながら丁寧に答えていく。


「雫ちゃん。君は和也くんの最初の婚約者で、色々と彼を支えてくれたよね。辛い時も悲しい時も……ありがとう。これからもずっと彼を支え続けてね。多分失敗ばっかりすると思うから。」

「……ええ。もちろん、分かってる。」


「葵ちゃん。君の長所はいつも明るくて元気で、周りを笑顔にさせる事だよ。だから安心して、君は変わったんだから。決して自分に負けちゃダメだからね。それと……鶴乃ちゃんの事は任せるよ。大丈夫。鶴乃ちゃんは皆の背中を見て立派に成長してるんだから。」

「は、はい……っ!!」


「夜依ちゃん。君は冷静に物事を判断して和也くんを正してくれるし、引っ張ってくれる。これからも和也くんを頼むよ。決して間違った道には進ませないようにね。それと……家族全体の事もよろしく頼むね。」

「任せて。絶対にやり遂げるから。」


姫命の言葉はまるで俺のお母さんかのようだった。

だがこれで個人個人とのお別れは済んだ……のかな。


……はっきり言って別れの言葉は全く足りていない。だけど、タイムリミットは問答無用で迫って来る。


「あ、そうだ!これ、返すよ……姫命のだろう?」


そう言って俺は懐から姫命の指輪を取り出した。

その指輪を見ると砂時計の砂はほんの僅かしかない。──いや……これは無いに等しい、な。


「あぁ、それはね。和也くんが持っててよ。姫命っていう女が確かに至って証拠になると思うし、たまには私の事を思い出して欲しいからね。」

「…………っっ。うん……分かった。」


俺は姫命の指輪をギュッと握りしめる。


姫命の下半身が光の粒子となって消え始めた。

多分、もう数分も持たないだろう……


「──っ……ばかやろう!どうして、どうして消えるんだよ!」


等々、俺は我慢出来なくなった。口調も酷く荒くなり、心の底からの本音で姫命に言い寄る。


「──和也くん……って、本当に鈍感で、素直なんだなぁ。」

「なっ……?」

「別に私は消える訳じゃないよ。ただ元いた場所に帰るだけ。それに私自体の記憶はもう皆からは消えないから安心してよ。」


涙のせいで互いの声は震える。だけど互いの声を、顔を、思い出を……脳裏に焼き付ける。


「大丈夫だよっ!ずっと和也くんがコッチに来るまで上から見守ってるから。」

「それでもっ……!」


結果はどうやったって変わらない。だけど、それでも嫌だった。信じたくなかった。姫命が俺の前から居なくなることを。


「…………もう、和也くんったら。全く、しょうがないなぁ。」


既に姫命は体が上手く扱えない筈だった。だが、姫命は両手で俺の顔ぐいっとを引き寄せると……


「…………っ!?」


──優しく、キスをされた。


「はは、これで私は和也くんの唇を奪った4人目になれたって訳だね。」

「お、おい、姫命っ!」


どこまで行っても、どんな状況でも、マイペースな姫命。


「っ……」


姫命の下半身は光の粒子となって虚空へと消え、崩壊は上半身にまで及び始めた。


「うぅ、神ちゃんっ!!」

「……アオ、泣いちゃダメ。笑顔で見送ろう。」

「そうね。それが神ちゃんの為だわ。」

「っ……はい!!」


最後に姫命は皆と目を合わせる。


「じゃあね、バイバイ。雫ちゃん、葵ちゃん、夜依ちゃん、それに鶴乃ちゃん。これまで私に関わってくれた大勢の人達も。」


そして最後の最後に俺と目を合わせると……


「じゃあね、和也くん。私が初めて恋をした唯一の人であり、男。心の底から大好きだよ……バイバイ。」


そう笑いながら光の粒子となって姫命は消えて行った……俺は最後まで姫命の事を抱きしめ続けた。

決して姫命の愛を忘れないように……決して姫命の熱を忘れないように。


「さようなら……姫命。ありがとう……姫命。」


姫命は最後まで笑顔で消えて行った……


「…………ったく、最後の最後まで姫命のペースだったな。」


姫命と同じように笑った俺達。相当泣きじゃくるだろうと思ったのに、最後の最後で姫命の笑顔が伝播しちゃったみたいだ。







この姫命の記憶は俺達にしか存在しないもの……だけど俺は、いや俺達は永遠に覚えているだろう。神様のこと、姫命のことを。いつまでも、いつまでも……





──さようなら、俺達の最高の神様!


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