第198話 悠々と乗り越えられる


俺が俺に至ったまでを全部……前世の鈴木 和也が死ぬ所、転生する所、幼い頃の時、そして皆と出会った時、そして今に至るまで……その全てを隠す事なく俺は話尽くした。


雫、葵、夜依の3人はただ黙って俺の話を聞いていてくれた。だから心行くまで真実を伝える事が出来た。


「──これで、俺の話は終わり……だよ。」


俺はこの家に住み始めた辺りまでを丁寧に話した後、ようやく話を閉じる事が出来た。


緊張の糸が解れ、続けてため息を吐く。そして手汗でいっぱいの手を改めて強く握り締めた。


「「「…………っ。」」」


──静まり返ったリビング。こういう湿った空気になるのも概ね予想はしていた。話が話だしな。


実際の所、3人が内心俺の事をどう思ってるのかは分からない。嫌な想像をし、怖くもなる……だからか、未だに3人の顔は見れていなかった。


でも必ず前は見据えなきゃならない。3人と一緒に歩むためなら────そう覚悟を決めた俺は恐る恐る顔を正面に向け、3人の表情を伺う。


「…………うっ!?」


俺はつい声を上げてしまう。なぜなら……3人は真っ直ぐ、俺の事だけを見ていたからだ。


表情の変化は全員から強く感じられる。その中でも特に移り変わりが激しかったのは、


「──え、あ、どうした、葵!?」


そう、この家のムードメーカー的存在である葵だった。葵は俺の話を聞いて涙を流していたのだ。


「…………うぅっ。ゆぅーくん!!」


俺はすぐに葵の元に駆け寄ろうとするが、それよりも早くに動き出していた葵から逆に抱き着かれた。


「うぶっ!?えぇ……?」


葵の行動の真意が分からず、素っ頓狂な声を出してしまう。


「ゆぅーくんはすごく“偉い”です!!」


すると葵は俺の頭を優しくなでなでしながら、そっと俺を褒めてきた。


「え……偉いって何が?」

「ゆぅーくんがゆぅーくんのままでいてくれた事にです。こんな歪な世界の色に染まらずに、自分の色を保持し続けてくれた。そして男女の関係を重んじてくれた事にです!!」

「あ、葵……っ。」


俺の事を真剣に考えてくれた上での返答に、正直俺は嬉しかった。


今までの造り物のような心が……元々存在した素の心へと変化していくような心地良さと温かさを感じた。今までの俺とこれから俺、その全てを認めてくれたような気がした。


「──そうですね。確かにゆぅは元々奇想天外で、不可思議な人でしたが、改めて考えてみれば納得出来ます。」


葵の返答で感動しそうになり、涙を堪える俺。そんな精神が不安定な状態なのにも関わらず、夜依は畳み掛けるように返答をしてきた。


「ゆぅはゆぅです。私が好きな人という事に変わりはありません。」

「夜依……っ。」


穏やかで、微笑ましい笑顔を見せてくれた夜依。


──最後は雫。葵と夜依の流れから良い言葉を貰えると勝手に想像をしていた。だが、


「……それで?」

「え?」


雫は一言……単純明快な返答をして来た。


「いやいや、俺今結構大事な話をしたよね!?」


それを「それで?」のひと言で返すのは、逆にすごいと思う。


「……そんなの別に関係無くない?」

「えぇ。そんな身も蓋もない事を……」


若干呆れるが、雫はなんの迷いも無く次の言葉を言い切る。


「……だから、私達にとってゆーまが前世の記憶を持っていようが持っていまいがどうでもいい。だって私達は、過去のゆーまと今のゆーま。そしてこれからのゆーま。その全部を支えて行こうって決めたから。一緒に歩もうって決めたから。好き……なんだから。」

「し、雫……っ。」


俺が心から悩んでいた事を……俺の婚約者達は意図も簡単に乗り越えてしまった。


「雫、葵、夜依……ありがとう。3人が俺の婚約者で本当に良かった。」


俺の歓喜の言葉に3人は嬉しそうに頷くのだった。

俺の真実の告白は意外とあっけなく終わるのであった。


──次は『彼女』についての話だ。

だが、まだほとんど思い出せていない『彼女』の事を話していいのかと何度か迷ったが、できる限り俺の言葉で話してみるとする。


今の所良い雰囲気に部屋が包まれて、その雰囲気を断ち切るのはすごく気が引けるが……取り敢えず俺は話した。


☆☆☆


『彼女』について話した事は全部で3つ。


・『彼女』の記憶はほとんど無いということ。

・『彼女』は必ず存在しているということ。

・『彼女』は大切な存在だということ。


かなり大雑把な説明だったと思うけど、今の俺にはそれぐらいが限界であった。


「「「…………」」」


3人は再び顔を見合わせる。そして数秒の間の後に代表して夜依が言葉を発した。


「私達も……前々からゆぅ程ではありませんが、気掛かりのようなものはありました。それが今日互いに共有し合えて良かったです。」


そこから詳しく説明を承ったが、なんと……3人も何処と無く矛盾に気付き始めていたらしい。


『彼女』という存在自体は認知していなかったが、そういう存在が居たという感覚は俺の話を聞いて実感したらしい。


そうして俺達はそれぞれ『彼女』について思い出した断片的な情報を一つ一つパズルのように組み上げて行き、少しずつ……順調に『彼女』に近づいて行った。





「────痛っ!?」


それは突然だった。

不確定な彼女像が着々と出来上がってきた時、再び頭に強い衝撃が走ったのだ。


この鈍い頭痛……それは『彼女』の記憶を思い出す為には乗り越えなければならないストッパーのようなものだ。


「ぐっ……」


何度も何度もそのストッパーを乗り越える為に挑戦するが……中々。それ程までに『彼女』へと辿り着く事は難しいのだ。それ程の“存在”なのだ。


この酷い頭痛に1人で立ち向かう事はハッキリ言って無謀である。


震え出す手……バキバキに壊れそうになる頭。

でもっ、でもっ!これだけの条件が揃うのはチャンスなんだ。だから諦めきれない。


「……手伝う。」

「わ、私もです!!」

「もちろん、私も。」


すると、3人が俺の震える手をそっと握って支援してくれた。たった、それだけのこと……だけど、俺に気付かせてくれた。


今は俺には“皆”が居るという事に。


だから……その程度・・・・のストッパー如き、皆の力があれば悠々と乗り越えられた。


──バキリ、と頭の中でストッパーが砕ける音がする。その小さな崩壊は素早いスピードで伝播して行き、俺の頭を縛って封印していたものを順々に開放させた。


──俺が神楽坂 優馬として初めて出会い、知った存在。神楽坂 優馬としての新たなる生をくれた存在。


『彼女』との数々の記憶が、まるでビデオのフィルムのように1本に繋がって思い出させてくれた。


そして『彼女』……いや、もう『彼女』なんかじゃないな。


「────姫命っ!!!」


俺の……心から敬愛する神様の名を、ようやく……ようやく俺は呼ぶ事が出来たのであった。


☆☆☆


「やっと……やっと、思い出せた。姫命、姫命っ、姫命ぉぉ!」


俺は拳を強く握り、嬉しく笑う。そして何度も何度も姫命の名前を叫んでしまう。


「……姫命って、か、神ちゃんのこと?」

「ですよね!?神ちゃんの事ですよ!!」

「急にピンと来ましたね。神ちゃん……全て思い出しました。」


3人も俺の姫命コールを聞いて、徐々に姫命の事を思い出して来たようだ。


「──姫命、お前が俺達の記憶を封印した理由は分かってる。だけど、それは流石に酷いんじゃないか?もしも近くに居るのなら……姿を見せてくれないか?」

「……そうよ、勝手に居なくなるなんて随分と水臭いじゃない。」

「お別れは寂しいですよ!!それに鶴乃ちゃんの為にも出てきて欲しいです。」

「別に、怒ったりはしないから!」


居るか居ないかなんて分からない。だけど、俺達はただただ信じて姫命に呼び掛け続ける。


「俺はもう一度だけ、お前と会いたいんだ。今度は曖昧になんてしない。迷ったりもしない。はぐらかしたりもしない。」


俺は懐から姫命の指輪を取り出し、掲げる。


……だから。


「俺は1回姫命の事を忘れて……いかに姫命が大事な存在なのかを実感させられたんだ。」


…………だからっ!


「俺は姫命、お前も大事な────」

「──もう。皆には完敗だよ。」


姫命を呼び掛ける途中で……俺は覚悟が籠った言葉を言おうとした。だが、その言葉を言い切る前に久しぶりの、懐かしさすら感じる声によって俺の言葉は断ち切られた。


「え……!?」


いつの間にか、俺の前に立っていたのは……姫命であった。


「──ここまで呼ばれたら、姿を表すしかないじゃん。ズルいよ、皆。」

「み、み、み…………姫命っ!!!」


ようやく姫命は俺達の前に現れてくれた。

もう二度と会えないと思っていたから……俺含め全員が喜んだ。気付いた時には抱き着いてしまうほどに。

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