第194話 普段の日常


──温泉旅行から数日が経過し、俺達は普段の日常に戻っていた。


温泉旅行はすごくすごく本当に、心の底から楽しかった。温泉が最高で、ご飯が最高で、景色が最高で、部屋も最高で…………思い出も皆といっぱい作れたし、お土産もいっぱい買えた。


……だけど、何かが俺の中で抜け落ちているような気がする。なぜなら夜の時の記憶が皆曖昧で、意図的に思い出で塗り潰されているかのような不自然さと恐ろしさがあるように感じられたからだ。


それに、家に帰って来てからの不思議な不揃い感というものも尋常ではなかった。確かに家には俺達以外誰もいないはずだし、前々から誰かを雇って・・・たりもしていないはずなのにだ。


それに……家ってこんなにも早く部屋が散らかるものだったっけ?こんなにも疲労が溜まるものだったっけ?皆も積極的に家事をやってくれるけど……どう考えたっておかしい気がする。


だからなのか、もう1人家事が出来る人が欲しいというもどかしい気持ちにもなった。なにか不可思議な抗力でも働いているのでは無いかと疑ってしまうくらいに。でも、おかしいぐらいに分からない。


まぁ……でもそんな事ある訳ないんだろうけどね。どうせ、こんなのは俺の想像で家事が大変だからって現実逃避してるんだろうな。


「…………?」


でもどうしてなんだ………このむず痒い気持ちは?

心にぽっかりと何かが抜けて空いている穴、それが一体なんなのかは分からない。だけど嫌な喪失感と虚無感に永遠に、悠久に襲われる。


──最近の俺は何もせずに、ただただに黄昏れる事が増えた。どうしようも無くモヤモヤしてしまう気持ちを強く噛み締めるかのように……


「はぁ……」


そうして俺はまた、ため息をこぼし黄昏れる。


☆☆☆


優馬が黄昏れるのは家だけでも無く、学校でも時折黄昏ていた。


「──あれ……って、一体どうしたの?」


最近、1人になりたがる優馬。そうして1人になると悲しそうな顔を見せる。そんな優馬を見て、夜依が心配そうに雫に話を振って来た。


多分夜依もどうしようも無い気持ちでいっぱいなのであろう。なにせ、優馬の悩む理由が分からないのだから。だが、雫も夜依と同じ気持ちである。


「……分からない。けど、旅行が終わってからずっとあんな感じで、心ここに非ずって言うの?」

「旅行が楽し過ぎて、もうそれしか考えられない、とかなのかしら?」

「……それも、ありそうだけど多分違うかも。」

「それもそうかもね。」


直感的に2人は優馬が何か思い詰めている、という事は理解していた。だが、いくら考えてもその理由は分からないままだった。


理由を直接聞いてもみたのだが、優馬自身も理由を詳しく分からないらしく、説明もあやふやで、頭の中がひっちゃかめっちゃかになるだけであった……


「……もう理由も分からない事だし、何か他の事をやって忘れさせてあげればゆーまも楽になるんじゃない?」

「やる価値は十分にあるわね。でも、私達の出来る他の事って?何か……良案はあるの?」

「……それは、まだ考え中。」


婚約者として、夫を支えるのは努め。なので話は自然に“どうやったら、優馬は元気になるのか?”という話に切り替わっていた。


1番大好きな人が辛そうにしている……悲しそうにしている。それだけで絶対に嫌なのである。彼には永遠に、笑っていて欲しい。例えどんな事があろうともだ。それが……雫の………いや、雫達婚約者の本望なのである。


そうして、覚悟を決めた雫と夜依は時間がある限り話し合うがやはり中々良案は思い付かない。


どのようにしてあの様な状態に陥ってしまったのか……そもそもが分からなければ、いくら考えたってどうしようも無い。そんなのは分かってる。だけど、諦めきれないのだ。


「……もう、お色気作戦とかで無理やり意識とか変えさせてみる?」

「はぁ、しずのんにしてはダメな事を言っているわね。その方法は、ゆぅがあまり望まない方法だって知ってるでしょ?それにその方法を使っても解決にはならないでしょう。ただ問題を先送りにしてるだけよ。」

「……それはそうだけど。でも──」


自分の気持ちが理性を先回りして言葉として現れた。雫だってダメな事だとは分かっていた。だけど、それしかもう方法なんてないのではないかと思ったのだ。


「……ごめん、ちょっと頭冷やす。」

「いいのよ。しずのんはしずのんでゆぅの事を考えているんだものね。」


互いに互いで理解し合い、共感し合う。言葉で言うのは至極簡単だけど、実際そうなるのは極めて難しい関係。


だけど、今の雫と夜依は単純に理解し合えている。

これまでの苦労や葛藤が近かったというのもあるが、目標と決意が類似していた……というのが全ての理由だ。それは今この場にいない葵とて同じだ。


優馬の婚約者達は優馬の知らない内に互いに結託し合い、話し合い、仲をこれまで以上に深めていた。


「……ありがとう、夜。私、もう一度考えて見る。」

「無論よ。」


手を取り合い、もう一度再チャレンジしようとしていた時──


「──話は聞かせてもらったよ♪」


不意にその声が耳に届き、数人の知人が雫と夜依の元へと集合した。


いきなりの事で驚いたが……すぐに冷静になり、改めて集合した知人を見る。


「……由香子、春香、それに菜月?」


それは雫達とよく話すいつものメンバーであった。


「ど、どうしたんですか、3人揃って?」


夜依が咄嗟に反応し、疑問を3人にぶつける。


「だから~~2人の話は聞かせて貰ったから一緒に考えよーって話~~」

「なので、なんっすけど……優馬君の家で女子会でもしませんっすか?」


あー、なるほど。


何となく雫と夜依は察した。そして互いに顔を見合わせ、アイコンタクトのみで要件の確認を済ませると……


「……もちろんOKよ。じゃあ早速今日でいい?」

「もっちろーんだよ♪」

「ついでに買い物もしてから行きましょう。家にあるものだけじゃ心苦しいですから。」

「じゃあ、私達も何かオヤツとか買うよ~~」

「……そうね。アオにも連絡しなきゃ。」

「よーし、楽しみっすよ!」


今、葵はいないがこのメンバーが揃うのは林間学校以来だし、女子会なんてかなり久しぶりだ。なので雫の気分は高揚して来る。


それに大勢で考えれば何か良案が思い付くはずなので、ちょっとした安心感もあった。


「よーし、じゃあ優馬君を元気づけるよー♪」

「「「「おおぉーー!」」」」


家で優馬を元気付ける作戦会議……という、ていの女子会を今日開催する事になった。いきなり過ぎな話だが、こういうノリと流れが高校生なのである。

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