第191話 姫命の本音


俺は1人、雫が来るのを部屋で待っていた。


……緊張はもちろんしてる。だって、初めてを経験するかもしれないんだから当然だ。


うーん。でも……やけに来るのが遅いような気がする。特に時間の指定はしなかったけども、雫ならもう来ていてもおかしくは無いんじゃないかと思ったのだ。


まぁ、女の子には女の子で色々と準備が必要なのであろう。


俺は気長に平常心を保ちつつ、いつも通りの俺で待つ事にした。こんな時に妙に慌てたり、興奮気味でいるのはハッキリ言って愚行である。なぜなら、普通に女の子に惹かれるからだ。


俺は初めてを既に経験済みの大地先輩から、初めての時に男が気を付けた方がいい注意事項を予め教えて貰っていた。俺は男としてのプライドを保つ為にテンプレに頼る。そして余裕のあるクールな男である事にしたのだ。


そして、そういう雰囲気に自然な流れで至る様な工夫も色々としておいた。まぁ、それは後々説明するとして……


1つだけ気になった事がある。それは、こんな便利な情報を大地先輩はどこで仕入れたのかという事だ。もちろん事前にネット検索や本で探したけど、流石は男がほとんどいない世界……ロクな情報が無かった。


それで最終手段という形で大地先輩に頼ったんだけど……もしかして俺の調べが足りなかったのか?

それか男会の知り合いの人からでも聞いたのかな?

それとも、もしかして────大地先輩の実体験とかじゃないよね?まぁ、大地先輩に限ってそれは無いだろうけど……


妙にそれの説明が生々しかったから、つい実体験では無いかと想像してしまったのだ。


「あ、そうだ!」


今、唐突に思いついた事で……別に深い意味は無く、ただの暇つぶし程度のものだけど、雫とのなりそめを思い出しながら待つ……というのも悪くないかもな。


……うん。だな。


そうと決まれば、早速俺は雫とのなりそめの記憶を1列に並べて思い出す事にした。


☆☆☆


──雫との最初の出会いは5歳の時だっけ。


あの頃は、この世界に男がほとんどいないという“真実”をお母さんから伝えられて、かなり絶望していた時なんだよなぁ。


俺は純粋な青春を送りたかった。本当にそれだけだった。だから、新しく転生した世界に強い希望と期待をしていた。なのに……俺の新たな目標は意図も簡単に崩れ去った。


あの時が俺史上1番の反抗期だったのかもしれない。まぁ、暴力的とかになった訳じゃなくて、ただ全てのものに無気力になって、自暴自棄になってただけだけど……


でも、今思い返してみると……その時に雫と出会えたのは俺にとっての“奇跡”で、大きなターニングポイントだったんだな。もし、あの時に雫と出会えていなかったら、今の俺はこんなんじゃなかったかもしれない。単純にコミュ障を拗らせていたかもしれない。まだ家に引きこもっているのかもしれない。


……でも、確実に悪い方に進んでいたと思う。


雫とは本当に出会えて良かった。だって、あんなにも可愛くて素直で、俺をひたすらに愛し続けてくれる子なんだから。


雫が婚約者になってからは……色んな事をしたな。デートもいっぱいしたし、部活の合宿にも一緒に行ったり、文化祭ではしゃいだり……本当に本当に一緒にいると幸せで、大好きなんだよなぁ。


………なんだか、無性に雫に会いたくなってきた。

雫の事で頭をわざといっぱいにさせたからだろう。だけどそんな事はもうどうでもいい。今はただ単純に、雫と一緒に居たいのだ。


「あぁ、早く来ないかな……」


俺は布団でうたた寝しながら、ゆっくりじっくり雫を待つのだった。


☆☆☆


それから1時間ぐらいしただろうか……?


あー、やばい。そろそろ眠くなって来たかも。


どうやら……ゆっくりじっくりうたた寝をしていたら本当に眠くなってしまったようだ。


初めは確かに緊張もあって眠くは無かった。だって初めての経験をするかもしれないんだからね。だけど、そこまで長く緊張とは続かないものなのだ。


俺は緊張感の欠けらも無い大きな欠伸をかましながら、ぼーっと待つ。


俺はどちらかと言えば日中型だ。だから頑張らないと夜遅くまでは起きていられないし、1度寝ると滅多な事じゃ朝まで起きない。


なので、こんな深夜に数秒でも寝てしまったら俺は即脱落なのだ。雫との約束を破ってしまうのだ。だから持ち前の根性で目を見開き、耐えていた。


だけど、そろそろ肉体的にも精神的にも限界だぞ?

マジで……そろそろっ。


そんな俺が満身創痍の時────────コンコン



「──っ!?」


ようやく、ようやく俺の部屋がノックされた。


寝落ち寸前であった俺は、瞬時に機能が停止していた肉体を強制起床させ、ベットから勢い良く飛び起きた。そしてダッシュで出迎えに向かった。


ようやくっ!ようやくだっ!!!

テンションは既にハイパーMAX。興奮もしていた。


「──待ってたよ!」


俺は深夜なのにも関わらず、それなりの声で部屋から出る。


「あ……?」


あ……れ……?

だけど、俺はそんなの関係無くなるくらいに呆然としてしまう。だって……


「やっほー、和也くん!来ちゃった。」


俺の目と耳が眠くておかしくなったのだろうか……いや、違う。間違い無く俺の目の前にいるのは姫命だった。


☆☆☆


「は?」


黄金の瞳、黄金の髪……いつ見ても姫命は神々しく、美しい。更に浴衣姿の姫命は目のやり場に困る程のエロさも感じられた。


だけどそんなものはどうでもいい。どう思考を巡らせても、姫命がこの部屋に来る理由が思いつかなかったのだ。


「来ちゃった、和也くん!」


だが俺の思考を邪魔するように連続ウインクで魅了しようとしてくる姫命。


「そうなんだ……?」


そのせいで未だに上手く状況を判断出来ない。でも目の前にいる姫命に説明を頼んでもしょうが無い訳だし……うーむ。どうしたものか。


「あ、姫命、ここまで来る間に雫は見掛けなかった?」


一応それを聞いておく。


「え!?」


ん……?

何故か酷く動揺した姫命。一体どうしたんだろう。


「え、し、知らないけどぉ?」

「そっか……?」


まぁ、露骨という感じもするけど、姫命っていつもこんな感じだし、どうせ些細な事だろう。


「──じゃあ一旦、俺は大部屋に行ってみるよ。」


取り敢えず、そろそろ我慢の限界だし、約束に来ない雫が心配なので大部屋に行ってみる事にした。


「は?え、普通にダメだよ。」


だがそこに意味無く立ち塞がったのは、さっきから意味不明な言動の姫命。またもや何故かは不明だが呼び止められた。


「なんでそんなに俺を行かせたくないの?」

「いや……そうじゃないんだけど。」

「じゃあ、行っていいだろ?」

「でもダメなの!」

「くどいよ、姫命!」


俺の中ではどんな事よりも“心配”が勝っているのだ。

……俺の婚約者達は傍から見れば誰よりも強く見えるだろう。だけどそれは違う。彼女達は俺の為に強がっているだけであって、本当は臆病で、か弱い、普通の女の子達なんだ。だから……俺が守ってあげなきゃ行けないんだ。


俺は姫命を無視して進む。


「和也くんっ!」


だが今度は俺の手を掴み姫命が無理やり止めて来た。


「姫命……いい加減にしろよ。そろそろ怒るよ?」


これじゃあ、疑いたくなくても、疑ってしまうじゃないか……神様っ!


俺は怒りをぐっと我慢し、姫命の手を強く振り払った。そしてそのまま進もうとする。


「──いい加減にするのは、和也くんの方だよ!」


だが、姫命の感情の乗った声で俺は足を止めた。

俺の強い言葉が姫命の癪に触ったのかは分からない。だけど、初めて姫命が怒りの感情を顕にさせたのかもしれない……


「あー、もう我慢の限界だよ!私は……私はこんなにも君の事を想っているのにさッ!」


姫命は顔いっぱいに涙を浮かべ、俺に強く抱きついてくる。


俺はそんな姫命を初めて見て動揺を隠せない。


「──どうして君は私を愛してくれないの?」


それは姫命の心から漏れ出た本音であった。

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