第192話 姫命っ!?
「──どうして君は私を愛してくれないの?」
その姫命の本音は俺の心に深く突き刺さった。
「なんで……そんな事を今……?」
だけど、俺には姫命がこんな状況で何を言っているのかさっぱり分からなかった。
これ以上この場の話を深堀する時間は今は無い。
「ごめん。でも、俺行かなきゃ。」
「…………うん、だよね。」
姫命はもう俺を呼び止めてはこなかった……
ただただ淡い笑みで俺を見送るだけであった。
☆☆☆
──静か過ぎる旅館。そんな中を俺は走る。暗闇だとかは特に関係無い。ただただ皆の事で、頭がいっぱいな俺は走る。
今の時間が深夜だからか……まるで人の気配がない。どこまで行っても静寂が永遠と広がっている。でもほんの直感だけど……何か不可思議な力が働いているように感じた。
俺は確実にこの旅館で“何か”が起こっていると断定して大部屋まで走った。
「──雫、葵、夜依、鶴乃ッッ!!!」
大部屋に早々に辿り着いた俺は、ノックなど全くせずに部屋に入った。緊急事態だからしょうが無いと判断しての行動だ。いつもなら皆に絶対に怒られるはずだ。だけど今は……今だけは怒ってくれていい。叱ってくれていい。その方が逆に安心出来るから……
そう願いながら俺は目を開ける。
「っ!?暗いな!?」
当然と言っちゃ当然なのだが……部屋の電気が消えていて大部屋は真っ暗だった。
この時間なら寝てて当然。目で見えてなくても、耳が数個の呼吸音を拾って来てくれる。
──皆は、ここにいる。
少しの安心感で落ち着きを取り戻しつつ、すぐに電気のスイッチを探し、押す。
……すぐに明かりが付く。
「ほっ……」
俺は心の底から安堵を得た。雫、葵、夜依、鶴乃の4人は皆揃って綺麗に布団で寝ていたからだ。茉優、空先輩、椎名先輩の3人が居なかったのが少し気になったけど。多分、それぞれの所に居るのだろう。
「あ……れっ?」
でも、おかしくないか?
俺って結構大きな声で入って来たよな?それに電気も付けたし……
4人のうちの1人ぐらいは起きてもいいはずなんじゃないのだろうか?それに鶴乃を除く3人は警戒心がやたら強く、寝起きもいい。だから絶対に起きていたはずなのに……
「な、なぁ……雫?」
冷や汗がどっと出て来た。さっき得た安堵も既に無くなっている。
俺は震える足と困惑と恐怖の気持ちを何とか抑えて、静かに眠る雫にそっと声を掛ける。
「…………」
……だけど無反応。いつもなら多少の足音でも起きて、イタズラもさせてくれないのに。
「おいおい……冗談なんだろ?ふざけてるんだろう?だから起きてよ、雫。俺を安心させてくれよ。」
今度は強く、激しく呼び掛けた。無理やり体を起こし、揺らした。
──だけど一向に起きない。
圧倒的な不自然。圧倒的な不条理。もう訳が分からない。
どんなに寝起きが悪い人でも絶対に反応はしてくれる方法なのにも関わらず起きてくれない。
隣に眠る葵にも同じ事をした、が──無反応。
その隣の夜依は──ッ……やはり、無反応。
鶴乃も──変わらず、当然のように無反応。
俺は皆を再び寝かせる。毒リンゴを食べて永遠の眠りについた白雪姫。それをただ見守る事しか出来ない無力なコビト……そのような気分にさえ陥る。
でも……人間にはこんな不自然な事は確実に出来ない。つまり……っ!?
俺には……俺にだけは、1人の心当たりがある。
「っ……姫命…………なのか。」
でもそれしか考えられない。否定したくても、現実として身に起こっている事なのだから。それが現実なのであろう。
姫命にはあれほど力を使うなって……言っておいた。約束も結んだ。
──破ったのか、俺との約束を。
……なんで?……分かんない。
俺自身への問は、否定という形で返ってきた。
だから俺は“元凶”であろう姫命にもう一度、会う事に決めた。
☆☆☆
俺は全速力で来た道を戻り、自分の部屋まで戻って来た。
「──姫命!」
怒りの感情ではない。恨みの感情でもない。ただただ彼女への虚偽の感情を言葉に乗せた。
姫命は俺の部屋でさっきまで俺がうたた寝していた布団に寝転がって俺を待っていた。
「あ……和也くんだ。どうだった?皆、静かに寝てたでしょう?」
……暗い沈んだ声。何もかも諦めているかのようなそんな声。どう考えたっていつもの姫命では有り得ない事だと分かる。
俺は早歩きで姫命の前に近付き、隣に座る。
「姫命、お前。俺との約束を破ったのか?神の力は使わないんじゃなかったのか?」
「約束……か。破ってごめんね。でも、使うか使わないかの選択肢があったのなら私は“使う”を選んだ。ただそれだけだよ。」
「雫、葵、夜依、鶴乃の4人は無事なのか?それに茉優、椎名先輩、空先輩の3人も。後大地先輩、煌輝も。」
「それは大丈夫だよ。ただ、私と和也くんとの会話に皆は邪魔だったから眠ってもらってるだけ。皆、朝にはちゃんと起きるはずだよ。」
「そうなんだ……」
取り敢えず、一安心だ。だけど……
再び俺の中で姫命の本音がリピートされる。
もし、そうだとしたらこの件の全ての辻褄が合う。
「──どうしてだよ。どうしてこんな事をした?」
「あれ……?まだ分かんないの?とことん……鈍感で、おめでたい人……なんだね。」
「それは違う。流石に……俺でも何となく分かるよ。」
「あー。だよね、流石にあからさま過ぎたよね?」
姫命は布団から起き上がり、視線を俺と同等に合わせた。切なく、絶望し、憔悴した顔……だけど作り笑いを織り交ぜた巧みな努力で顔を作った姫命。
「──私はね。和也くんの事が好きなんだよ。」
俺にとっても、姫命にとっても大切な一文。だが姫命は意図も簡単に、簡潔にその言葉を言い切った。
「いや……もう、好き“だった”なのかな?」
そしてその言葉をすぐに否定し、過去形にした。
つまり……そういう事なんだな。
俺の心の中ではとっくに姫命の想いに気付いていたのかもしれない。だけど認められなかった。俺と姫命は次元が違う人だから、と。神と人間だから、と。そう自分自身で確定させて、わざと遠ざかっていた。
「なぁ、俺は一体どうすればいいんだ?」
「別に……いいよ、何もしなくて。もういいから。」
「いや、でも……」
「いいの。それと、さっき言ったことも忘れていいよ。ただの私の自己満足だから。」
違うだろ。だって、それじゃあ……
「どうして、どうしてそんなにも──悲しい顔をしてるんだよ、姫命?」
これ以上、姫命には何も言えなかった。俺の言葉では何を言っても無駄だと思ったからだ。
……告白され、振られる。その2つをほぼ同時にされた俺の精神状態はもはやぐちゃぐちゃ。若干の放心状態にもならざるを得なかった。
……そんな放心状態の俺を放っておいて、姫命は言葉を空中に固定するような重い言葉を残した。
「──ごめんね……和也くん。やっぱり私と和也くんじゃ釣り合わないんだね。だって人間と神様だもん。当然だね。私は強い愛さえあれば、どんなに逆境でさえも乗り越えられる……そう信じてた。だけど愛とか、幸せとか……もう何かね、どうでもいいんだ。なんだか求めていた物とはなんか違ったしさ。」
姫命は美しい手で俺の頬を包む。
……冷たいその手は人の手とはとても思えない。それによく見ると、ほんの僅かだけど手が透けているような気もした。
「バイバイ和也くん。ありがとうね。」
「姫命っ!?」
姫命の姿はゆっくりと薄れてゆく。そして虚空に消えて行く。
「待って……まだ俺は────」
俺の言葉は最後まで姫命に届かず、1つの指輪だけを残して姫命は消えた。
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