第186話 覚悟を決める


優馬や大地達が、絶景を見に行っている頃……

茉優は1人、目をつぶり、リラックスしながら部屋の布団で寝込んでいた。


「うっ……」


体の熱は大分抜けた。時間が経過したからかもしれないけど、さっき煌輝から貰ったコーヒー牛乳のおかげなのかもしれない。


茉優自身も、どうしてここまで自分が悩み苦しんでいるのかが分からなかった。いつもなら一瞬で判断できる事のはずなのに。この“状況”が不思議にそう思わせるのかもしれない。


「お兄ちゃんっ……………………………煌輝……」


頭が考えで満杯になり、無意識的に名前が出てしまった。


もちろん、1番大好きなお兄ちゃんの名前だ。

………え、今、お兄ちゃんの名前の後に誰の名前が出て来た?


「は……?」


あり、えないっ!

ダメだダメだ。こんなこと……無意識でも言っちゃダメだ。頭を切り替えろ!あんなヤツ、誰が好きになるものか!こんなの頭が少しバグってるだけのはずなんだ!目を覚まして。お願いだから!


茉優は目をつぶったまま、一旦深呼吸し、煌輝の事を考えるのをやめようと意識する。そして、お兄ちゃんの事を強く意識して考えるように脳に命令する。


頭の中で無意識のうちに広がったアイツの領域を大好きなお兄ちゃんで逆に埋めつくしてやるのだ。


時間は少し掛かるけど、確実に頭からアイツを追い出し、数分後には思考がお兄ちゃんの事をいつも通り考えられる様になるまでには回復した。


はぁ……そうだ。今頃お兄ちゃんは近くの絶景を見に行ってるのか。いいなぁ、羨ましいなぁ。お兄ちゃんと一緒に絶景、見てみたかったな。


なんて……思いながら、ようやく茉優は目を開ける。精神が統一され、いつもの自分を取り戻せたので目をつぶる必要が無くなったからだ。


「──えッ!」


だが、目を開けてすぐに目に飛び込んで来たものに茉優は絶句してしまう。完全に油断していたのだ。


なんと……茉優の目に映ったのは煌輝だったのだ。


いつの間にか茉優の寝ている傍に座っていた煌輝は、目を覚ました茉優を見て、嬉しそうに声を掛けてくる。


「オーイ大丈夫か、茉優?」

「──はぁッ!」


謎の掛け声と共に、寝ていた姿勢から勢いよく上半身を起こすと、体を滑らせるかのように横回転し煌輝と距離をとった。


も、も、も、もしかして……聞かれて、ないよね?

恥ずかしさで頭が再び一杯になる。時間を掛けてゆっくり正常に戻ったって言うのに。1からやり直しである。


「な、な、な……なんで、ココに居るのよっ!?」


顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながらも、茉優はすぐに煌輝に質問を投げかける。

とにかく、茉優はさっきの独り言には絶対に話を持って行かないようにしたのだ。


もし、その話を切り出されたら、恥ずかしくて死んでしまう。


「はぁ……何言ってんだ茉優?

お前が来て欲しいって言ったんだろう?」


その質問に対し、煌輝やれやれと言った表情で笑った。


「え……?」


まさか、無意識の内に煌輝を呼んでしまう程、煌輝の事を意識してしまっているのかッ?と……自分自身が怖くなる茉優。だが、煌輝はすぐに言葉を付け足した。


「…………そう神ちゃんが言ってたんだぜ!だから、たまたまここに残ってたオレが見舞いに来てやったんだぜ!あー、ったくよ、茉優も素直じゃないなんだなー」

「あ……?」


状況から察するに、恐らく姫命さんが煌輝の事を唆したのだろう。くっ、やってくれる。今は1番コイツと一緒に居たくないのに。


「ん?茉優、お前本当に大丈夫なのか?」


茉優が煌輝の言葉にほとんど反応せずに、色々と考え込んでしまっていた。それが煌輝には体調が悪そうに見えたのだろうか……


「茉優、コッチ向けるか?」

「?」


無言で茉優は煌輝の方を見る。

煌輝は謎に頬を少し赤く染めながら、何かを決意した表情で…………茉優に迫った。


何をされるのかが全く分からず、ただただ反応出来ずに茉優は─────トンッっと、軽く小さな音を聞いた。


「…………え、は?」


煌輝は突然、茉優のおでこに自分のおでこを軽く当てて来たのである。


は、は、っ!?

何をやってるの!ヘディング?いや、そんな訳ない、と言うか何がしたい?も、もしかしてこれって、キ、キス……?


とうとう完全に頭がバグり、正常な判断が何も出来ない茉優。


顔と顔の距離が圧倒的に近い。だから、そうでなかったとしても、茉優は煌輝とのキスを意識せざるを得なかった。


「な、な、な、何するのよ!!!」


おでこを当てられ数秒後に、ようやく正常に戻った茉優は煌輝を突き飛ばす。


「うおっ!」


尻もちを着いた煌輝。だが、表情は安心した表情になっていた。


「何がしたかったのよ!」


再び茉優は聞き返す。この気持ちを怒りへと変換しないと、自分がおかしくなりそうだったからだ。


「ん、何って、茉優にまだ熱があるんじゃないかと思ってな。おでこ同士を当てて熱を測ってたんだぜ?」

「なんで、そんな回り口説い方法で……?」

「神ちゃんにそうしたらいいってアドバイスを貰ったんだ。」


やはり……ね。煌輝は大胆に行動できる覚悟は持ち合わせているけど、そういう知識は全く知らない。

煌輝の事を知っているからこそ、茉優の怒りはどこかに消えてしまった。


「はぁ、今は体温計っていうちゃんとした器具があるのよ。そんな原始的な方法でまともに熱なんて測れる訳が無いでしょ。」

「オ、オォ、確かにそうかもな。でも、まぁ熱は無いと思うぜ。感覚だけどな。」


煌輝は笑顔を見せてくれる。

──正しく“純粋”

茉優はそれだけで……


「も、もう……バカっ!バカ煌輝!私はもういいから出てって。もう大丈夫だから。」


もう、茉優は煌輝の顔が見れなかった。直視出来なかった。もし、顔を直視してしまったら茉優は気持ちを心の中で認めてしまうかもしれないと思ったからだ。


「オ、オウよ……お大事にな。」


気の利いた事を言いながら立ち上がり、歩いて行く煌輝。やけに今日は素直だなと思った。

だけど、煌輝にも考えている事があったようで、


「──あ、そうだ……茉優、言わなきゃならない事があったぜ。」

「な、なによ。今思い付いたみたいに言葉を付け足して……」

「あぁ、本当は言わないつもりだった。だけどな、オレも覚悟を決める事にするぜ。

……今日の夜。オレの部屋に来てくれないか?」


それは煌輝からの誘いであった。


「っ、はぁ!?なんで、そんな夜に私が煌輝の部屋に行かなきゃならないのよ!」


煌輝の誘いの本当の意味は分からない。単純に煌輝が純粋なのかもしれない。だが、欲望への誘いかもしれない。

……だから茉優は強く動揺しながら拒否した。


自分は屈しないと。お前の物には決してならないぞと反抗するためにだ。


「その時に話したい事があるんだ。」

「別に今じゃダメなの?私的にはそうして欲しいけど。」

「あー、あぁ。ちょっと……な。もう少しだけ、時間が欲しいんだ。」

「そう……」


緊張で変な表情な煌輝。だが、それを見ると少しの曇りもない純粋な表情だと分かる。


「ダメ……か?用事でもあるのか?ま、まぁ別に、今日じゃなくてもいいけどな?選ぶのは茉優だ。」

「っ……」


だったら…………いや、もう自分自身に嘘は付けないよね。誤魔化せないよね。限界だよね。


今日でハッキリさせた方がいいよ……ね?

その方が絶対いい。自分の直感を信じよう。


「…………っ。うぅ、」


茉優は強く拳を握り締める。まだ答えてすらいないのに全身の震えが止まらない。冷や汗が止まらない。


この“行動”全てで茉優の人生が大きく変わるのは明白だからだ。つい、躊躇ってしまうのもしょうが無いのである。


だけど……だけど、だけど、だけど、だけどッ!

ハッキリさせるんだ!ハッキリさせてこの気持ちに終止符を打つんだ!


「──わかった……行く。今日の夜、私は行く!」


そう、茉優は決意を持って答えるのであった。


☆☆☆


姫命は内心、焦っていた。

圧倒的に彼との時間が足りないし、そもそもイチャイチャが出来ていないからだ。


だから、あれ程までに言葉が溢れてしまった。

いつもの自分だったら絶対に言わない言葉も使ってしまった。彼に裏の顔を見せてしまい、どうしようも無い気持ちでいっぱいになる。


だけど、謝るのは何か違うと思うし……いつもの様に気軽に話し掛ければいいのかな?

でもな……もう、分からなくなって来ちゃったよ。


姫命はここに降りて来て沢山学んだ。常識もルールも様々な事を一杯一杯学んだ。だけどそれは全部、彼に少しでも近づければいいなと思っての事だった。


どうして……?どうして、こんなに大好きなのに、愛してるのに気づいてくれないんだろう。振り向いてくれないんだろう。愛を……愛を分けてくれないんだろう。


姫命は歯をギリギリと鳴らす。強い怒りと嫉妬が姫命を激しく襲うからだ。


「…………」


真っ暗闇の部屋で、姫命は手を胸元に持ってくる。そして目をつぶり祈る。そうすると──姫命の手に淡い光を放つ力が溢れ出た。


いつもなら美しいその光だが、今の姫命の光は普段の光とは明らかに違うもので……黒く濁り、辺りに嫌な空気が漂う。


「もう、四の五の言ってる場合じゃないんだよね。

覚悟を決めなきゃ。私は“幸せ”を知りたいんだから。」


……姫命は躊躇うのをやめる事にした。そうじゃないと後悔するからだ。

姫命は彼だけを想った。彼だけしか見ない事にした。もう、その他周りの人間は姫命の視界には入らなかった。

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