第184話 温泉とはやはり素晴らしいものだ!
無事に新幹線を降り、俺達は目的地に到着した。
今回、俺達が来た場所は隣県にある有名な秘湯で、『恵の湯』という所だ。この秘湯は大自然の奥深くにある予約専門の高級温泉旅館だ。
今回は予め男が3人来るという大事な情報は伝えてあるので、俺達以外の予約を初めから入れないようにして貰っていた。(藤林さん達特別男護衛官の皆さんは極秘に宿泊してもらっている。)なので、この1泊2日は貸切の状態で温泉を満喫できる。
広大で壮大な大自然を心身に感じ、温泉の匂いが鼻を誘う。美しい木造建築に足を踏み入れ、初っ端から大興奮な俺達。
大量の温泉旅行のチケットを福引で引き当てた大地先輩には感謝してもしきれないほどの恩を感じつつ、俺達は清らかな空気を全身に取り入れる。
まだ温泉に入ってすらないのに、気分は高揚し、最高だ。
「ねぇ、早速入らないか?」
「そうですね!」
大地先輩の誘いに俺はすぐに乗っかる。
「大ちゃん?」
「ちょ、ゆぅ……荷物は?」
「えー後ででいいじゃん。荷物なんて。」
「そうそう。どうせ僕達の貸切な訳なんだしね。」
椎名先輩と夜依に俺達は止められるも、温泉の欲求には勝てず、俺と大地先輩は煌輝を無理やり連れて温泉に入りに行くのであった。
「──オ、オレはまだ……温泉にはッ!?」
なんて……煌輝が言ってるが、既に俺と大地先輩に両手をガッチリ取られているので、抵抗虚しく連れて行かれるのであった。
☆☆☆
俺は温泉に浸かり、日頃の疲れをゆっくりと癒す。大自然の中にポツンとある温泉なので心が洗われる感じがする。だから日頃の疲れなんてどうでも良くなるな。
この世界に男風呂だとか女風呂だとかのそういう概念は存在しない。そのため、複数ある露天風呂を俺達で時間を決めてそれぞれで楽しむ事にした。
今俺達が入っているのは、旅館にある1番大きく、立派な露天風呂だ。女性陣には悪いが早い者勝ちなので男性陣でゆっくりじっくり堪能させてもらおう。
「──あぁ、極楽だなぁ……」
「そうだなー」
俺の隣に大地先輩もいて、心身共に体を癒していた。やはり男というものは、存在自体が大変で……毎日毎日ヘトヘトになる。そのためこういう息抜きはやはり素晴らしいな。
「大地先輩、どうします。取り敢えず、ここの温泉を全部コンプリートしますか?」
「おー、ナイスアイディアだ、優馬。」
「俺、調べてきたんですけど、こういう温泉もあって、効能は…………」
「ほうほう実に興味深い話だね……」
温泉好きな俺と大地先輩は会話も“温泉”の内容で固定される。
そんな中……
「う……熱ぅぅ……」
俺と大地先輩は普通に入っている温泉に足をつけ、熱かったのかすぐに足を引っ込め、中々温泉に入って来ない煌輝。
「おーい、煌輝。お前も早く来いよ。」
煌輝は温泉が苦手だと言っていたけど……まさかここまでとはな。幼い子供みたいな弱点に俺は少々呆れる。
「大丈夫だって、そんなに熱いわけじゃ無いから。」
「そうそう。慣れると最高にいいよ。温泉は。」
でも、まぁ、せっかくの秘湯の温泉。例え温泉が苦手でも、温泉という最高の娯楽を堪能させてあげたい。そう思う俺と大地先輩は熱心に煌輝を誘う。
「いや……ちょっと、まだ。オレ、熱さに慣れてなくて、もっとゆっくり入りますんで……お2人は楽しんでいて下さいよ。」
初めての男3人同士。その中で1番歳下の煌輝は珍しく自分を小さく見せているようだった。いつもはイキってるのに……
「「…………」」
さて、どうしようか………もう、あれしかないと思うけど。
「じゃあ……」
「そうだね。」
俺と大地は顔を見合せる。どうやら、考える事は同じだったようだ。
──ザバッ
勢い良く湯船から立ち上がる俺達は、熱いお湯にビビる煌輝をすぐに取り囲む。
「な、なにを!?」
「ほらー」
「行くぞー」
そう、この素晴らしい温泉を無理やりにでも分からせてやるのだ。
「いや、無理ですって!」
「絶対大丈夫だって。」
「そうそう。」
煌輝も、もちろん抵抗したが……
「ひ、ちょ、待って────ぐぎゃわぁぁぁぁ!」
俺と大地先輩の“後輩弄り”によって煌輝は温泉にゆっくりと浸かることになったとさ……
うんうん。温泉とはやはり素晴らしいものだ!
「──オレ……先に出てますね。」
数十分程、温泉に浸かった煌輝はすぐにのぼせたのか……体を真っ赤に火照らせ、フラフラと立ち上がった。
うーん。温泉の素晴らしさ分かってくれただろうか。
「おう、気を付けろよ。水分も忘れずに取れよ。」
「はいぃ。」
まぁ、ちゃんと言葉のキャッチボールは出来ているから問題は無いと思うけど……
少しだけやり過ぎたかな……と、心配しながら見送る俺と大地先輩であった。
☆☆☆
お兄ちゃん達を見送った後、茉優達は荷物を先に部屋に置き女性陣で露天風呂に入る事にした。
場所は少し小さめの露天風呂。だが、家の大きなお風呂よりは全然大きく、いつも以上に伸び伸びと体と気分を伸ばせる。
「…………」
茉優は目だけを動かし、周りを見る。
やはり……皆、美人さん。茉優自身も自分の体には確かな自信を持っている方なのだが……先輩達の綺麗で立派で整った体を見ると自信が無くなってくる。
「はぁ……」
まぁ、願っても理想の体にはなれない。そんな事分かり切っているのですぐに頭を切り替える。
そして頭を温泉モードにする。
やはり……この温泉はいい。体がポカポカと癒される感覚がダイレクトに伝わって来るからだ。
そんな1人で温泉を堪能していると……さっきまで雫さんや葵さん、夜依さんの近くで話をしていた姫命さんがすっと茉優に近づいて来た。
前々から思っていたけど……この人だけは少し別の次元の美しさを放つような気がする。神々しさというのだろうか……究極の美を極めたかの様な……それ程までに美しい。
茉優はその美しさに圧倒され、つい見とれてしまいそうになるのをぐっと堪える。
「──ねぇ、茉優ちゃん。茉優ちゃんって煌輝くんの事、どう思ってるの?」
「え……どうって?」
この人とは話した事は多分無いはずなのに……どこか親近感がある。不思議な感覚だ。
「だから……茉優ちゃんは煌輝くんの事を“好き”なの?」
「──はっ、とっ、突然何なんですか!?」
突然の事に茉優は動揺を隠せなかった。
「いや、だってねー、煌輝くんってあんなにも熱心に、一途にアピールしてるのに茉優ちゃんはいっつもシカトするじゃない?あんなにも献身的で真面目な青年なのにね。だからさ、この際ハッキリさせた方がいいんじゃないのかなってお姉さん思ったんだよねぇ。」
その話し方はどうも的確で、茉優をとことん悩ませる。
「そ、そんなの……まだ、分からないです。もう、最近はその事で頭がグチャグチャで、何が何だかで……」
「あー、なるほどね。でも、本心に嘘は付けないんじゃない?」
「……っ。」
いつもの茉優なら、その言葉をそのまま全否定している所だった……だけど、今の茉優は何も…………言い返す事が出来なかった。
☆☆☆
「はぁ……はぁ……熱ぅ……」
茉優は温泉から上がり、浴衣に着替えると……エントランスで風に当たりながら、火照った体を冷やしていた。どうやら温泉に浸かりすぎてのぼせてしまったようだ。
女性陣全員で温泉から上がり、また後でと一旦別れたが……茉優は部屋には戻らなかった。今は1人になりたかったのだ。
姫命さんの的確な言葉に茉優は何も言えず、ただただ黙る事しか出来なかった。
少しだけ頭を整理し、考えてみたけれど……やはり答えは見つからない。
もう、自分でも分からない。感情がもうグチャグチャなのだ。お兄ちゃんはもちろん大好きだ。心の底から、ずっとずっと。
──じゃあ、アイツは?
……たった一つの素朴な自分への問い。
だが、その乱れた感情では正確に物事を判断出来ず、何もかも正解には導かれない。
「はぁ……どうしちゃったんだろう、私。」
自分で自分を理解出来ない。このお兄ちゃんへの恋心も全部全部虚像かのようにすら見えて来る。
そんな訳ないと……自分に言い聞かせるも、完全には否定出来ない。
「──オウ!茉優。」
「っ!?」
既に頭がいっぱいいっぱいな茉優。そんな所に、元凶が現れた。驚きながら振り返ると、その浴衣姿の元凶はコーヒ牛乳を沢山抱えて茉優の前に立っていた。
「急に話し掛けないでよ……」
「悪いな。」
いつも通りシカトしようと思うも、ついつい言葉を出して怒ってしまう。
「それで、どうしてここに?」
そう聞くと、煌輝は恥ずかしそうに頭を掻く。
「あー、恥ずかしいけど言うが……ちょっと、ここの湯はオレには熱すぎてな。風に当たろうかと思ったんだぜ。」
「そう……」
いつもなら男らしくないと、罵倒する所だったが茉優も同じ理由でここにいるので言い返せない。
無言で隣に座る煌輝。意地になった茉優は意識して知らんぷりする。そんな茉優に煌輝は持っていたコーヒー牛乳の1本を差し出す。
「ほら、茉優。飲めよ、コーヒー牛乳。アニキから風呂上がりに飲むと、最高に美味いって言われたから沢山買って来たんだぜ。」
「ありがと……」
冷たい牛乳瓶を茉優は受け取り、煌輝と同時に口を付け、飲む。
冷たくて、甘いコーヒー牛乳が茉優の口の中を支配する。
「美味しい。」
「な、だろ。オレもさっき飲んだんだけどよ、美味しすぎて追加で買ってきちまったんだぜ。」
茉優と同時に飲み始めたのにも関わらず、もう既に煌輝は追加のコーヒー牛乳を飲み始めていた。
「ふぅ、ご馳走様。体も充分冷えたし私は部屋に戻るけど、煌輝は?」
「オウ、オレはもうちょい風に当たってるぜ。また後でな。」
「…………うん。」
初めは、心底嫌いだった。ウザイし、面倒だし……お兄ちゃんとは比べ物にならない程の未熟の男だったし。だけど……
「煌輝──ありがと。」
どうしてだろう……体は充分に冷えたはずなのに…………心はいつまで経っても冷える事は無かった茉優であった。
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