第181話 煌輝は変わった
雫と別れ、一人ぼっちで中学校を彷徨う俺。
何と言うか……知り合いが誰もいなくて、知らない場所をなんの手がかりもなく歩くというのは本当に心細い。
早く2人を見つけてチケットを渡して帰りたい……
なんて……いつにも増してキョドりながら俺は歩く。
「取り敢えず、茉優か煌輝の事で聞き込みしないとな。」
……そうじゃないと茉優や煌輝が帰ってしまうかもしれないからな。
俺は知らぬ場所で右往左往と迷いながらも中学生が居そうな場所に何とか辿り着き、数人の中学生を見つけると、茉優と煌輝が何処にいるかを尋ねる。
「あのー、ちょっと話を聞かせてくれないかな?」←(裏声)
もちろん声は全力の裏声で、差し障りない無難な聞き方でだ。
茉優と煌輝は恐らくこの中学校では有名な人物なはず……だから何か情報を持っていてもおかしく無いはずだ。
……大丈夫。俺の方が歳上という事は確定なんだ。堂々としていればいいんだ。表情には出さなかったが、内心はすごく緊張していた。
中学生はいきなり高校生に声を掛けられ、戸惑いながらもすぐに答えてくれた。
「──茉優さん、あぁ、生徒会長の事ですね。生徒会長でしたら……恐らく図書室にいると思いますよ。」
「へぇ、そうなんだー」←(裏声)
茉優がまだ中学校に居る可能性が高いと分かり、ホッとする俺。
「じゃあ続けて聞くけど、煌輝……ちっ、煌輝くんの居場所は分かるかな?」←(裏声)
俺的には茉優だけの情報で良かったと思うけど、しょうがない。煌輝の情報もついでに調達しておくか……
「え、えと。煌輝君は多分……生徒会長の所にいると思いますけど。あの2人、いつも一緒にいるので。」
「…………は?茉優と……煌輝が、か?」
嘘だろ。あの野郎ッ!?
中学生の予想外の情報に俺はついつい、いつもの男の声で怒鳴ってしまう。
「ひっ!」
俺の怒号にビビる中学生に男である事を誤魔化しながら謝り、近くにいた中学生数人にも、もう一度同じ事を聞いてみるが……皆、口裏を合わせたかのように同じことを言う。
つまり、それが真実なのであろう。
……ふーん、そっかそっか。煌輝の野郎ッ!
俺は図書室の場所を中学生に教えて貰い……怒りを顕にさせないように我慢しながら走るのであった。
☆☆☆
──優馬が向かっている事など露知らず……茉優と煌輝は図書室にいた。
図書室には茉優と煌輝の2人しか居らず、静寂な空間が場を支配する。だが、居心地が悪くなったのか煌輝は茉優にそっと声を掛ける。
「──オイ茉優。悪かったって。」
「…………」
相変わらず煌輝の言葉は茉優には届かない。だが、それでも煌輝はめげない。毎日、何度も何度もタイミングを見つけては謝罪を続けていた。
茉優にブチ切れされて以来、煌輝は心を入れ替える事にした。それはプライバシーを守ることと女性という存在を大切にするなどの“常識”を身に付ける事である。
なので煌輝は不器用ながらも、周りの女達にも気を遣い、ボディーガード達にも感謝を忘れず、目上の人には敬意を表す様にした。まだまだ慣れないが……少しずつ、少しずつ茉優の理想に近づけている気はする。
むしろ、最近は茉優の兄の“アニキ”と関わりを持てた事で自信も付き始めている。だから何度でも何度でも茉優が音を上げるまで煌輝は挑戦し続ける……
──最近では煌輝を本気で避けようとしているのか……教室から図書室へ勉強場所を移し勉強を続けている茉優。まぁ、一瞬で煌輝にはバレていたが。
だが、最近の茉優は本当に本当に頑張っている。
授業中も、休み時間も……常に鬼気迫る表情で勉強している。小耳に挟んだが、毎日12時間勉強をしているとかなんとか……
だからか……日に日に体調が悪くなって行く一方で、とても心配でもある。
──ようやく話に戻るが、煌輝の誠意の篭った謝罪を茉優は軽く無視しをする。
「はぁ、悪かったって、茉優。」
「…………」
やはり…………………届かない。
だったらッ!
「確かにオレは茉優のプライバシーをぐちゃぐちゃに踏みにじってしまった。本当に悪かったと思ってる。もう、そういうのは絶対にしない。だから機嫌直してくれよ。反応してくれよ。流石にもう……寂しいよ。」
それは煌輝の心からの本音であった。
「………………っ。」
少しだけ茉優が反応してくれたような気がした。
気の所為かもしれない。だが、そんな些細な事でも煌輝には嬉しかった。ついつい笑顔になってしまう。
そんな煌輝の隠しきれない笑みを見て、茉優も我慢の限界だったのか……
「あー、もうウザったらしい。分かってるって。何度も何度も同じ言葉を繰り返して、どれだけ私の頭をバグらせてくるのよッ!」
持っていたシャーペンをいきなりへし折り、怒りを露わにする茉優。今にも煌輝の胸ぐらを掴みそうな勢いだった。
「…………あ、あぁ。悪い。でも、やっと反応してくれたな。嬉しいぜ。とってもな。」
もう一生、反応されないとまで思っていた。
だから、恐怖なんかよりも嬉しさが勝り、ガッツポーズをしてしまう煌輝。
「あ……」
茉優もつい反応してしまった事に後から気付き、悔しそうな顔を見せた。
「──帰る。」
「オイ、待てよ。」
荷物をまとめ帰ろうとする茉優。
「もう家で勉強する。あなたに……絶対に邪魔されないように。」
「そうか……まぁ、いい。だが体には気を付けろよ。最近根を詰め過ぎだからな。」
今日は久しぶりに茉優と話せた……それだけで煌輝は充分すぎるほど満足していた。
「はぁ?何でそんなの分かるのよ。」
「いつもお前を見てるからな。少しの変化も見逃すつもりはないぜ!」
「気持ち悪い。」
単純明快な罵倒。だが、その言葉は何処となく弱々しいと煌輝は感じた。
「じゃあ、あなたも早く帰った方がいいと思うよ。最近は暗くなるのが早いんだから……危ないと思うし。」
そう言い、茉優が踵を返し図書室を後にしようとした時、急に茉優の力が抜け倒れそうになる。
……煌輝はずっと茉優を見ていた。それに何処と無く体調が悪い事も分かっていた。だから反応できた。
「──茉優ッ!」
煌輝は茉優との距離を軽く2歩で詰め、茉優が倒れる前に体を間にねじ込み支えた。
「っと……アブねぇーな。オイ、大丈夫か茉優?」
茉優はどうやら貧血で力が抜けてしまったようだった。軽く揺さぶり、茉優を正気に戻すと、今の状況を理解したようだ。
「あ……うん……ごめん。ありがとう……煌輝。」
茉優からの初めての“感謝”。それは煌輝にとって初めての経験で……それが何故か心を強く躍らせた。
煌輝の心の中は……圧倒的“可愛い”に支配された。
今までそんな感情は抱いたことさえ無かった。どんな女を見てもだ。だが………………茉優の事を心の底から幸せにしてやりたいと思った。
「──茉優、好きだ。オレと結婚してくれ!」
もう無意識の領域に近い。心の中でふと思った事が勝手に口から出てしまっていた。
「え、は?あえっ??」
茉優は唐突すぎて上手く対応出来ずにいる。
煌輝だってそうだ。自分自身の発言に驚いている。
──煌輝が人生で1番挑戦した瞬間であった。
☆☆☆
一部始終を見ていた俺だけど……うん。一体図書室で何があったんだ?
茉優と煌輝がかなり接近していて、何か話をしている……そして茉優が顔を赤面させている?
何がどうなってるかは分からないけど……取り敢えず煌輝を極刑にかけていいのか……?
俺はわざとらしく拳をゴキリと鳴らし、咳払いを1つする。その音は静寂な図書室に案外大きく響く。
俺の出した音でふと我に返った2人。
勢い良く俺の方を見ると……
「…………え、あ!?お、お兄ちゃんっ!?」
茉優はすぐに女装した俺を見抜く。
「え、アニキなのか!?ど、どうしてここに?」
茉優が「お兄ちゃん」と言った瞬間、煌輝は女装した俺に察しが着いたようで、サァーと血の気が引け青ざめていた。
「いーや、別に。ただお前達に用があってなぁ。」
俺の負のオーラにビビる煌輝。茉優から急いで離れ、何事も無かったかのようにするが……今更遅い。
俺は茉優と煌輝の中心をぶった斬る形で遮ると、ドスの効いた声で言う。「おい煌輝。覚悟はもちろん出来てるな?」と。
「…………っ、ふぅ、はい。」
覚悟を決めた煌輝は素直に俺に従う。
そのすぐ後に……嫌な音が図書室に響くのであった。
──その後、煌輝が貧血で倒れた茉優を支えていたという真実を知り、煌輝に謝罪する俺であった。
だが、茉優にどうして赤面していたのかと聞いても答えてはくれなかった。
☆☆☆
「──煌輝。」
俺は茉優を合流した雫に任せ、煌輝と図書室で2人っきりになる。
「な、なんすかアニキ。」
煌輝はたんこぶができた頭を優しく擦りながら若干半泣きで俺の方を見る。
「お前、温泉は好きか?」
「温泉っすか?温泉か……まぁ、好きか嫌いかと言われたら嫌いっすね。なんであんな熱いお湯に浸からなきゃいけないんだって思いますし。」
「おぉ、そうかそうか。じゃあ
俺は嬉しそうに話の流れを持って行こうとするが……話切る前に煌輝が俺にすがりついて来た。
「ア、アニキッ!それはズルいですよ。オレも、どうか、オレも行かせて下さい!」
「えー、だってお前温泉嫌いなんだろ?じゃあ行く意味無いじゃん。」
「アニキだって、分かってるでしょ。意地悪しないで下さいよ。」
ちっ、まぁ。いいか。妹を助けた恩も今さっき出来たようだし、この前の約束もあるならな。
「言っとくが“これっきり”だからな。今後は絶対に何も手伝うつもりは無い。ということは宣言しておく。というか、むしろ邪魔もするかもしれないからな。今回ばかりは機会は作るが、それをモノにするかどうかはお前次第だ。いいな?」
「っ、はい!頑張ります。」
俺は煌輝のやる気の満ち溢れた声を聞いた後に、大地先輩から貰ったチケットを1枚手渡す。
「日時は……今週の土日で、集合場所は……」
俺は流れ作業の如く煌輝に日時、集合場所を説明し、煌輝と別れたのであった。煌輝の去り際は超ハイテンションで、口笛を吹きながら帰っていた。
──茉優にはその日の夜に温泉旅行に行くかどうか聞いてみたが。もちろん返事はOKでした。
茉優には……煌輝が来る事は教えなかった。そうじゃないと茉優が来てくれないかと思ったからだ。
煌輝との約束を守るためには致し方がなかったのだ。
当日に茉優と合流したら、しっかりと謝っておこう。
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