第178話 煌輝は俺を“アニキ”と慕う
「──頼もーッ!」
俺が姫命に真剣に関わって行こうと決めた、次の日。我が家に1人の来客があった。
「お!宅配かな………俺が出るか?」
「大丈夫ですよ、ゆぅーくん。私が出ますから。」
俺はリビングで姫命と鶴乃と一緒に遊んでいた為、対応をしてくれたのは葵だ。
「はいはいー、今出ます。」
葵も宅配かと思ったのか、左手には“神楽坂”のハンコを持ちながら玄関まで向かった。
──数秒後。静寂な家に、「っ!?えぇぇぇ!?」と、葵のありえないくらい驚く声が響いた。
「ど、ど、どうしたんだ、葵!?」
突然の悲鳴に、家にいた俺と姫命と鶴乃は驚き、とにかく焦りながら葵の元まで走った。玄関まで俺達がたどり着くと、そこには尻もちを着いて驚愕の表情を浮かべる葵と…………
「え……ど、ど、どうしてお前が!?」
土下座をした……
☆☆☆
──数日前。
煌輝はいつも通り中学校で、茉優の勉強する姿を見守っていた。
……つくづく思うが、茉優の実力ならば、茉優が目指す月ノ光高校に入学する事はかなり容易いはずだ。だが茉優は勉強に励み、ずっと机に向かっていた。
そこまでして頑張る理由も知っている。全ては兄と同じ高校に通う為だと。
煌輝も、邪魔をしてはならないということは分かっている。前の煌輝なら……そんなのは分からなかったかもしれないが、最近の煌輝は常識を身に付けつつあるのである。
月光祭で神楽坂 優馬に負けた事は今でも忘れられない。ましてや、生まれて初めての出会った男が……あんなにも、あんなにも………憧れるような存在なら、尚更だ。
「──はぁ……流石に疲れた、かな?」
茉優は凝り固まった体を解しながら、ゆっくりと背もたれに体重を預ける。目は疲れきり、体は軋み、頭はパンク寸前のようだ。
「オイオイ、大丈夫か?」
丁度いいと思ったので、煌輝はいつも通りの感じに話し掛ける。
「ちっ!」
「流石に、声を掛けただけで舌打ちは酷くねーか?オレだって傷付くんだぜ?」
流石にもう慣れたが……な。
こんな些細な事では煌輝は屈しない。それぐらいの強いメンタルが今の煌輝にはある。
「はい、すいません。で?要件は?」
「オイオイ、淡々と作業みたくオレを扱うなよ。」
「…………はぁ、」
「ため息もやめろよな。毎回毎回、吐かれる立場になってみろよな?」
茉優はいつもの最悪なテンション。
煌輝は相変わらず高テンション。
全くテンションの違う、2人だが……何とか、話は続く。
「貴方が私に付き纏うからでしょ?だからストレスが溜まってため息が出ちゃうの。そもそもだけど、貴方が私に今後一切関わらなければいいのよ。そうすればお互いの悩みもすぐに解決よ?」
「それは断じて嫌だぜ。オレはオレの意思でお前の前に立ってるんだからな!」
圧倒的拒絶。そんなのは……分かってる。
煌輝の事なんて茉優は何一つ見ていない事も分かっている。普通なら腐って諦める。前の煌輝だったらすぐに諦めていたはずだ。
……だけど、自分は彼女の前にめげずに何度も立ち続けている。
──どうしてだ?どうしてこんな女なんかを?
エグいぐらいのブラコンだし、性格も悪いし、煌輝に対しては特に当たりも強いし、煌輝の事なんてそこら辺のミジンコぐらいにしか見えていないだろうし。
無意識に多くの疑問が頭に浮き出ていた。
……はっ!そんなの決まってんだろ。
煌輝はニヤリと笑い、その全ての疑問を頭の中から追い払う。そして…………あの事を思い出す。月光祭のイケメンコンテストの時だ。
「──煌輝ッ!前を向けぇぇぇ!いつもの貴方は、そんな情けなくないしカッコ悪く無いでしょ!!!
いつまでそんな醜態を晒してるのよ!見てるこっちが恥ずかしくなってくるのよッ!もっと、しっかりしなさい!頑張りなさいっ!」
あの時は唯一、茉優だけが煌輝に対して初めて本気で怒ってくれた。助けてくれたのだ。
あの時、煌輝は心に決めた。茉優を自分のモノにしたいと。煌輝の後ろに一生寄り添っていて欲しいと。
「──ねぇ、前から思ってたけど……なんでそんなに私に執着するの?男としてのルールもかなり無視して、中学校にも通ってる訳だし……」
「それはな……って、オイオイ。マジ……かよ。」
ま、まさかこの女。まだオレの気持ちに気付いていないのか?そんな?まさかだろ?そこまで鈍感なのか?そんな人間いるのか?
ん……いや……違うな。茉優は、オレに興味すら無いんだな。だからオレの気持ちなんて一切分かってないんだな。
…………クソが。
煌輝の中で……嫌な感情が凝縮する。その感情とは純粋な“嫉妬”だった。
「はぁ、貴方と話している事自体が無駄ね。
帰る。」
「オイ、茉優?ちょっと待てよ。オレは……」
後もう少しで、煌輝は想いを茉優に正面から伝えられたのに……感情が邪魔をして言葉に出来なかった。茉優は煌輝の静止を無視し、帰ってしまった。
「っ……クソ。だが、オレは諦めない男だぜ!」
……直感的に、今の関係を変えるためには今しかないと思ったのだ。
───
茉優は家に帰り、すぐに自室に行く。
まだまだ今日の勉強ノルマは達成出来ていないのだ。
でも、何かがおかしい気がする。家の空気がいつもとは何処か違う気がしたからだ。
茉優は慎重に自室に入ると……
「──オー、遅かったな、茉優。」
すぐにアイツは茉優を出迎えた……?
そう、それは煌輝だった。
「え、は?何で……私の部屋に貴方が来てるの?」
驚きと、絶望を隠せない茉優。
「悪いとは思ったんだがな、抑えられなかったんだ。
……先回りして、茉優の家に行って“茉優の彼氏”って言ったら、家政婦さんが快く案内してくれたぜ。」
煌輝はこれぐらいすれば流石の茉優でも意識せざる負えないと思った。だが……煌輝は茉優の虎の尾を思いっきり踏みつけてしまっていた。
茉優はドス黒いオーラを放ちながら、真っ直ぐ煌輝に迫り、胸ぐらを掴むと強い力で煌輝を引き上げた。
「っ!?ま、茉優!?」
「あー、もういい。男だからってずっと我慢してたけど、やっぱりお兄ちゃん以外の男なんてプライバシーを考えない、クズでゴミなんだね。」
「は?」
怒涛の暴言。まさか、茉優がキレるとこうなるとは煌輝も予想出来ず……いや、この事は誰も予想すら出来なかった。
そこからは……煌輝は地獄を見た。
☆☆☆
「──そんなこんなで、オレは茉優に……心底嫌われちまったんだ。」
チャラ男は心底落ち込んでいる。
よく見ると、茉優からボコボコにされた後も残っていた。
「うへぇ…………そうだったんだ。」
茉優が……か。茉優があそこまで怒るのは正直驚きだったが、自分のプライベートにズカズカ踏み込まれるということは十分怒っていい理由だ。
「自業自得だな。調子に乗り過ぎてるね。」
まぁ、チャラ男の傲慢さが目立った感じの話だった。
「ふぅ……」
俺は姫命が入れてくれたお茶を啜りながら、心を落ち着かせ、一旦“これ”を言っておく。
「──お前と茉優の関係を俺は認めんッ!」
「っえ!?い、いきなりかよ!?」
茉優の兄として愛する妹をこんなチャラ男に渡すつもりは更々無い。俺は腕組みし、嫁を持つ親の雰囲気を醸し出し、睨む。
「で?早速内容に入るが、どうして茉優にキレられて、俺に頼ってきたんだ?」
「…………茉優の事をよく知ってるのは兄である
……義兄さん。あなただ。」
「お前如きに“義兄さん”と呼ばれる筋合いは無い。普通に呼べ。」
ピリッと空気が凍る。
「もう、ゆぅーくん。もう少しだけ、話だけでも聞いてあげたらいいじゃないですか?」
そんな空気の中、間に介入して来たのは、さっきまで腰を抜かしていた葵だ。姫命に若干肩を預けながら俺に話し掛けて来た。
ふぅ……まぁ、葵のお願いだし………茉優の事もあるしな。
「…………しょうがないな。ここは葵のお願いを聞くとするよ。」
俺はため息し、大黒柱としてリビングの中心に腰掛けると、向かえにチャラ男を座らせる。
「まず聞くけど……チャラ男、お前は茉優の事をなんでそこまで好きなんだ?」
「チャラ男って。
えと。それは……茉優はオレの事を男とか関係なく、一人の人間として扱ってくれること……だ。こんな気持ちは初めてなんだ。だからオレは茉優と仲直りしたい。」
「…………」
俺は黙ってチャラ男の話を聞き、ゆっくりと茶を啜った。なんだろう。チャラ男を見ていると、まだ婚約者がいなかった時の俺の様に見えて来て……なんだが応援したいという気持ちすら湧き出てくる。
……どうしよう。でも、茉優は俺の妹。ちゃんとしたやつと結ばれて欲しい。
……ん?待てよ。チャラ男は何個か問題はあるが……普通にイケメンだし、愛に熱意もある。積極的だし、純粋だ。
俺の中の基準には十分にチャラ男は適している気がした。
「………聞くけど、本当に茉優の事が好きなの?心から?人生を賭けて守っていける覚悟はあるのか?」
「ッ……!?あぁ。約束するぜ!」
即答……か。
「もし……茉優を泣かせたりでもしたら、俺はお前を潰すからな。何があっても。どんな非人道的な手段を用いても、ありとあらゆる手段を使ってお前を社会的に殺すからな?」
あれ、どうしてこんな認める様な流れになってるんだ?頭の中と喋っている言葉が合わない。
チャラ男は俺の圧に唾をゴクリと飲み込む。
「俺はいつもそういう覚悟で婚約者達を大事に思ってる。大切にしたいと思ってる。幸せにしてやりたいと思ってる。
……それぐらいの覚悟を常に持っていて欲しいという事だよ。軽いノリで……とか、出来心で……とかでね、人の人生を狂わせてはダメだから。男して責任を持って欲しいんだ。」
「それはもちろん。分かってる……ぜ。覚悟もしてる。だから、オレは茉優に…………謝りたい。調子に乗り過ぎたから……」
「…………」
「だから頼む!
……オレと茉優の関係を取り持ってくれッ!」
「…………く。」
チャラ男……いや、金城 煌輝は再び土下座して俺に頼み込んで来る。
もう、そこまでお願いされては……断りにくいじゃないか。それに……チャラ男の熱意に俺は感銘を受けてしまっている。
「今回……だけだぞ。」
「ありがとう。義兄さんッ……!」
「おい……まず、その呼び方をやめろや!」
「じゃ、じゃあなんて呼べばいいんだ?」
「それと、敬語も必要だ。一応、俺は先輩なんだぞ?呼び方は……………義兄さんとかそういうのじゃなければ何でもいい。」
「分かっ……分かりまし、たよ。じゃあ、“アニキ”で、どうですか?」
「アニキ……っかぁ。うーんっと。まぁ、いいか。それで。」
「分かりました、アニキ。」
アニキと呼ばれて、なんだかむず痒い気持ちになる。まるで弟が出来たような気がしたからだ。
「まぁいい。茉優への強い気持ちは分かった。だから、今度機会があったら手を貸してやる。それと、俺からも何となく言っておいてやるよ。」
俺は煌輝に手を差し出す。
「俺は茉優の兄だけど、お前との関係を決めるのは茉優自身だ。茉優は大変だぞ?それでも幸せにする覚悟があるって言うのなら……好きにするといい。
──難攻不落の茉優を惚れさせてみるといいさ。」
☆☆☆
金城 煌輝は俺からのアドバイスを数個聞き、自信に満ちた表情で帰って行ったのを見送った。
「──ねぇ、和也くん?」
「ん、どうした、姫命?」
椅子に腰かけた俺に姫命は聞いてきた。
「結局は認めてあげるんだね。さすがお兄ちゃん。やっぱり決め手は、彼の熱い思いに惚れ惚れしたの?」
「いーや、別に違うよ。」
嘘である。ただの強がりだ。
「え、じゃあなんで?」
少し笑いながら、不思議がる姫命に俺は言ってやる。
「茉優が絶対に煌輝に惚れることは無いと思ったんだよ。」
俺はそう言って笑う。
「う、うわー、心底……シスコン兄なのね。」
「あったり前だろ?俺は茉優のお兄ちゃんなんだからな。」
ドン引きしている姫命に俺は再び笑いながら言うのであった。
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