第174話 茉優とお詫びのデート


クラスメイトとの打ち上げの日の翌日。


「ふぁぁーあ。」


俺は眠気の籠った声で、欠伸をしながら家から出る。気道に湿った嫌な空気が流れ込み、少しだけ不快なりつつ、俺は傘を広げる。


この傘は黒色の頑丈なやつで、昨日の打ち上げで特別男護衛官の藤森さんに貰ったやつだ。色も大きさも俺好みだった為かなり気に入っている。


──今日は朝から雨が降りしきり、デートには少し向かない日。でも今日のデートは俺が必ず参加し、感謝の気持ちを伝え、敬ってあげないとならないため、憂鬱な心に喝を入れる。


「──もう、寝不足はダメだよ、お兄ちゃん。」


そんな俺に妹の茉優は笑顔で言ってくる。

突然声を掛けられ、びっくりした俺。だが、俺には兄としての威厳があるのでポーカーフェイスで何とか表情を変えずに反応する。


「おー、随分早いご到着で。」

「うん!だって今日はお兄ちゃんとお出掛けだもん!気合い入れるに決まってるじゃん。」


……そう。今日のデートの相手は妹である茉優なのだ。茉優には月光祭ですごく助けて貰ったし、迷惑もかけた。なので今日は“お詫び”という名の兄妹デートなのである。


──今俺は婚約者の皆と鶴乃、姫命と一緒に生活している為、家には居ない。だから今日のデートをするに当たって、俺の家で待ち合わせ……という事になっていたんだけど。どうやら茉優はかなり早く来て、俺を待っていたようだ。


茉優は相当な気合いの入りようで、いつもはスポーティな格好が多い茉優も今日は女の子らしく、可愛さ重視のスカートを履いていて、メイクとかもちゃんとしていて……やっぱり俺の妹は究極に可愛い。


「そっか………じゃあ、行くとするか!」

「うん!」


無性に撫で回したい気持ちを我慢し、早速俺達は街に向けて歩き出す。


──途中、さり気なく茉優は自分の傘を閉じ、俺の傘に入って相合傘をしてきた。


いつも茉優のそういうのは軽くいなす俺だけど、今日だけは“妹”だけの優馬としていようと決めたので、何も言わない俺であった。


「えへへ、お兄ちゃん、お兄ちゃんだぁ♡」


俺の腕に絡みつき、頬ずりし、まるで猫のように愛情表現をされる。もちろんドキドキはするが……これは妹だとちゃんとした割り切っていて、境界線はきちんと立てているので特に興奮とかはしない……と、思う。自身はそこまでないけどね……


☆☆☆


街に無事到着し、茉優のプラン通りにデートは進む。


初めは映画鑑賞。もちろん兄と妹の恋物語で、ラブっラブでエチッエチな展開が多々あり、茉優も俺も興奮しっぱなしな時間だった。


最近は外を気軽に出歩く事すら難しくなってきている俺。それは前のテレビ放送の影響もすごいが、月光祭の宣伝の影響もある。

月光祭実行委員長であった俺は何枚かのポスターに顔写真のみで写っている。それがどうやら不味かったようだ。


既に俺は大人数とかで居ないと、ほぼほぼ確実に声を掛けられ人集りになってしまう。

街だと特別男護衛官の皆も俺を守り切れないかもだし、それでいつ犯罪が起きるかも分からない。という事で余り外に出ないようにしていた。


でも今日は生憎の雨。だけど、雨様様である。

この雨のお陰で人通りが極端に少なく、顔は黒色の傘で上手く隠せるので、ほとんどの歩行者に俺だとバレずにデートをする事ができるからだ。


「映画楽しかったね。」

「そうだね。あの展開は中々意外だったよ。」

「じゃあ次行くよー」

「へいへーい。」


俺は茉優に手を引かれながら歩く。

次は────


久しぶりに、いや、初めて2人だけで出掛けて遊んだと思う。だからこんなにも無邪気に笑い、遊ぶ茉優を見たのは初めてであった。


☆☆☆


──夕方。

色々と遊びまくった俺と茉優。兄と妹の絆を改めて実感できたと思う。あんなに幸せそうな茉優を見れて俺も幸せだ。


「──じゃあ、最後に服屋さんに行こっか。」

「え、あぁ。服屋さん?」


服屋さんには昼にも行ったはずだけど。もう1回行くの?と思ったが、最後に行った服屋さんは……まさかのスポーツ店だった。しかも、この店は……サッカー専門店だった。


昼に行ったのは至って普通の服屋さんで……このサッカー専門店は全くの別物だ!


元サッカー少年の俺からしたら、この店はまさに至高、夢の国にも勝る。今日1番に興奮しながら周りを見渡し、ついつい色々な買い物をしてしまった。


そんな中、茉優は何着か服を見比べながら、スポーツウェアコーナーでウンウン悩んでいた。


「どうしたの、茉優?」


多少の荷物を抱えながら、俺は茉優に声を掛ける。

「え、もう買ったの?」とツッコミを入れられつつ、俺は茉優から事情を聞く。


「えっとね、次の遠征で使うスポーツウェアが欲しいんだ。」

「スポーツウェア?」

「そうだよ。チームで揃えてるやつもあるんだけど、1着じゃ到底足りないから、毎回ここで揃えてるんだ。」

「ふーん、そうなんだ……」


茉優はサッカー界ではそれなりに期待度が高い選手だ。なぜなら茉優は超有名中学のサッカー部のキャプテンだし、全日本の代表にも選ばれてるらしいし……見かけによらず本当にすごいのだ。


昔から応援する妹の茉優。俺もサッカーをしてたから分かるけど、ここまですごい選手になるのには並々ならぬ練習を積んだのだ。それは尊敬にも値する。


そんな妹が頑張っているのである。

──ここは兄の見せ所である。


「よーし!ここは俺がなんでも買ってあげるよ!」

「えっ!?お兄ちゃんが?」


手に持っていたスポーツウェアをギチギチに引っ張ってしまうほどに……茉優は驚く。

うん。一旦落ち着こうか。服破けちゃうからさ。


……程なくして、落ち着いた茉優はもう一度リピートする。「本当にお兄ちゃんが?」と。


「そうだよ。任せろ!」

「あっ、えっと、どうして……?

もしかして買って欲しいみたいな雰囲気出てた?」

「いやいや、そんなんじゃなかったけど。

単純に俺は茉優の熱狂的なファンだからさ。推しを応援する感覚みたいなものさ。それに、たまには兄らしい事もしたくてね。」


別にアイドルって訳じゃないけど、俺にとってサッカー選手はアイドルで……茉優は俺のアイドルで1番の推しなのである。


「やったー!お兄ちゃん大好きぃ♡」

「はいはい、じゃあ、何を買おうか。あ、金銭の問題はしなくていいぞ。お小遣いは沢山貰ってきてるからな。」


昨日夜依と話し合って、お小遣いを沢山貰っておいて良かった。


「うん。ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ──これとこれと……」


☆☆☆


買い物が終わり、今は帰宅中だ。


「ふん♪ふーんふーん。」


茉優は鼻歌を口ずさみながら、楽しそうにスキップする。それぐらい高テンションなのである。


なんでここまで高テンションなのかと言うと、さっき俺が茉優に服(スポーツウェア)を何着か買ってあげたからである。


初めての兄からのプレゼント。どうか大切にして欲しい。そして、これからもサッカーを頑張って欲しい。


そんな茉優は俺からのプレゼントが嬉し過ぎたのか、買ってもらってすぐにそのスポーツウェアに着替えていた。


スカートにスポーツウェアって、あんまり無い組み合わせだったけど、流石は我が妹だ。絶妙なバランスで似合っている。さっきまでは、The・妹という感じで死んでも守ってやりたくなる感じだったけど、今の茉優は……一緒にサッカーをしたくなる感じだった。


うん。語彙力無いね。でも、語彙力を失ってしまうほど可愛いのだ。それだけは絶対に揺るがない真実なのである。


そんな茉優の高テンションに神が応えてくれたのか、さっきまで降りしきっていた雨が止んでくれていた。


あともう少しで楽しかった茉優とのデートが終わる。名残惜しいけど、また何度でも行けばいい。家族なんだしな。


──そんな、今日一日をゆったりと思い返していた時だった。


ある1台の車が俺達のすぐ横を通り掛かった。

至ってシンプルな乗用車。もちろん悪い人も乗っていないし、これから起こることは完全に不運なのである。


「っ!?」


そう、全ては雨が原因なのである。

その車は思いっきり水溜まりの場所を通過し、近くにいた俺達に勢いよく泥水をぶっ掛けたのである。


「──え!?」

「──っ、うぉっ!?」


視界外からの予測不可能な攻撃に、いくら身体能力が高い俺達でも交わせずに、まともに泥水を食らってしまった。


「っ、冷たぁ。」

「あ、あぁ!」


俺はびしょびしょになった服を絞りながら茉優を気にかける。

すると……あ……ヤバい。茉優を見てみたが、さっき丁度着替えた服。つまり、俺が買ってあげた服がびしょびしょで泥まみれになってしまっていた。


「うっ……うわぁぁぁーん。」

「茉優っ!?」


茉優は瞬間的に泣き出してしまう。


「えっと、えと。どうしようか。大丈夫だよ。また買ってあげるから。」

「でも、でもせっかくお兄ちゃんが買ってくれたのにぃぃー」


茉優は俺に強く抱き着き、涙を溢れさせる。


「大丈夫。大丈夫だからっ!

まず、風邪をひかないように家に帰ってお風呂に入ろうな。」


俺は戸惑いつつ、茉優を優しく慰め、なるべく早く家に帰るのであった。


☆☆☆


久しぶりに家に帰ってきた。


家に茉優を連れて行く前にかすみさんに連絡を取り、事情を説明し、お風呂の準備をして貰っていた。


家に着いてすぐに茉優をお風呂へ行かせ、俺はかすみさんに茉優の服の事を頼む。


「なるべく綺麗にしてあげて下さいね。」

「分かりました。ただの泥汚れですのですぐに仕立ててみせます。」

「お願いします。」


やはり、流石かすみさんだ。頼りになるな。

後はかすみさんに任せて俺は家を濡らさないように玄関で待つ事にした。


──数十分後。


……茉優がお風呂から上がって来た。

パジャマ姿の茉優。その表情は暗く沈んでいて、辛そうだ。お風呂に入り体の芯まで温まったはずなのに……ずぶ濡れの俺よりも冷たく落ち込んでいるようだ。


「茉優。」


だから俺は茉優を手招きし、目の前に来た所でほっぺを優しくつねる。


「痛っぅー。お、お兄ちゃん、何するの!?」


一気に顔に生気が宿り、怒る茉優。


「──やっぱりその茉優の方が俺は好きだな。」

「え?」

「だから、悲しむ顔なんて見たくないって事だよ。」

「お兄ちゃん……」

「今日の事は仕方が無いよ。運が悪かったんだよ。」

「うん……でも。」

「大丈夫。また行こうぜ。次は家族みんなで。」

「う……うん。行く。絶対行く!」


まだ本調子じゃない茉優だけど、納得してくれたみたいだ。


やっぱり茉優はこうじゃないとな!


☆☆☆


「──優くーんっっっ!!!!」

「ちょ、お母さん。今俺濡れてるからあんまり抱き着かないでよ。服、濡れるよ?」

「ダイジョーブよ。そんなものよりもお母さんが優くんを愛する気持ちの方が熱いんだから。常に沸騰してるんだから!」

「あー、そう?」


久しぶりに会うお母さんは……うん。いつも通りのお母さんだった。


「──ふぅ、じゃあ俺はそろそろ帰ろうかな。」


もう夜だ。皆がご飯を作って待ってる頃だろう。

それに俺の役目はもう終わっただろう。


「えー、もう帰っちゃうの優くん。」

「だって、皆が待ってると思うからさ。」

「せめてお風呂でもどうですか?風邪引きますよ?」

「あー、大丈夫ですよ。濡れてるって言っても、もうほとんど乾きましたし。」


お母さんとかすみさんから呼び止められたけど……

そろそろ門限だし、早く帰らないと注意されるしな。


ふぅ……完全に家での立場が低い俺。まぁ、構わないんだけどさ……男としての威厳がなくて困る。それが今の俺のちょっとした悩みである。


「俺は帰るよ────はぁはァ、ハクションっ……あ……」


俺はドアに手を掛けたと同時に大きなくしゃみをしてしまう。


「「「………」」」


3人から無言の圧力を感じる。


「え……っと。うん。分かったよ。お風呂、入って行くよ!」


──その後、お風呂にしっかりと入り、おまけで夜ご飯も頂いてから俺は帰宅し、「帰ってくるのが遅い!」と雫、葵、夜依、姫命から注意を受けるのであった。

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