第172話 彼女の背中は……とても誇らしげだった
俺は急いで茉優の元へと戻り、バトンタッチした。
俺が来た時には、茉優は涙目でギリギリまで俺の事を演じてくれていたようだ。
うん……後で絶対に何かしてあげなきゃな。
そう心に決め、時間の許す限り、裏で茉優を褒めまくった後、俺は外に出て壇上近くにスタンバイした。
「ふぅ……」
深呼吸をし、頭を切り替え、俺に与えられた役割を全うする為に全力を注ぐ。
そして“大成功”という形で月光祭を締めるんだ。
「──では最後に月光祭実行委員長からの挨拶です。実行委員長の神楽坂 優馬くん、お願いします。」
「ふぅ……はい。」
司会の子から呼ばれ、俺は返事をして壇上に登る。
俺が壇上に上がると、夜遅くだと言うのに活気と歓声の声が上がる。
生徒、先生、保護者など……この場にいる全ての視線が俺にへと集中する。
「っぅ…………」
緊張は……もちろんする。いくら緊張への耐性を多少持つ俺でも、流石にこれ程まで大勢の前だと緊張はしてしまう。
体が震え、声が震え、まともに挨拶なんて出来なくなる。
だけど……俺は、先輩達の勇気ある行動を見て来た。だから……今の俺には尋常じゃない程の勇気が湧いてくる。
こんな些細な緊張なんて、跳ね除けてしまうほどの勇気が!
「──皆さん……月光祭は楽しんでくれましたか?思い出には残りましたか?」
俺はいつも通りに話す。声の震え、体の震えはいつの間にか無くなっていた。
「俺はこの月光祭を通じて、沢山のものを学べまし
た──」
頭の中で月光祭での楽しい思い出がリプレイされる……
「──楽しいこと、大変なこと、辛いこと。でも仲間と一緒に切磋琢磨するということは大変素晴らしいものでした。俺はこの思い出を絶対に忘れません!
……最後に、誰もが成長する事の出来た3年に1度の祭の祭典だったと思います。
それではこれで、月光祭を閉じます。皆さん本当にお疲れ様でした!」
そうして俺の宣言で、7日間にも長く続いた月光祭は幕を閉じたのであった。
☆☆☆
──月光祭が終わり、数日が経過した頃から、大々的に空さんが莉々菜の濡れ衣を晴らす為に生徒達に呼び掛けて回った。
今更?と生徒達は呆れるが……今回ばかりは違う。
何故なら空さんと一緒に大地も一緒に呼び掛けたからだ。
あの事件の被害者である大地の言葉が全ての真実なので、生徒達は新たな真実としてその言葉を信用するしか無かったのだ。
そうして、2人は莉々菜の為に頑張って行動してくれた。そして、全ての生徒、先生その他大勢に新たな真実が知れ渡った。
大地と空さんのおかげで莉々菜の学校生活はとても良く改善された。とにかくイジメはピタリと無くなり、私物も壊されることは無くなった。更に差別も無くなり、ようやく莉々菜にとっての“平和”が訪れたのであった。
今まで散々イジメてきた連中は、無実な莉々菜をずっとイジメ続けていたという最悪なレッテルが貼られ、学校での居場所が無くなったらしいが……そんなのは莉々菜にとって知った事では無い。自業自得である。
──そんな濡れ衣が晴れる前。
莉々菜はあの日泣き止むまで待ってから、母のいる病院に向かった。そして母と初めて真剣に話し合った。今までずっと嘘をつき続けていたこと、イジメられていたこと、男の大地と関わっていたこと、全部全部、吐き出した。
母はそれを聞き周りを気にせずにわんわん泣いた。そして、「母親なのに気付いてあげられなくてごめんね」と言った。そして、これからちゃんと話し合っていこうと硬い親子の約束を交わした。
今では1人で堂々と中庭で読書も出来る。女子トイレに長く籠る事も無くなり、ようやく出来た自由を莉々菜は存分に満喫するのであった。
「──さてと……」
自由気ままな読書が終わり、莉々菜は下校する。
莉々菜の下校ルートは裏口からが多い。それは人が圧倒的に少なく、こっちの方が1人になれるからだ。例え、濡れ衣が晴れ、堂々と正門を通れるようになった今でも何となくそっちの道を選択してしまう。
だが……
「──あ……」
すぐに自分のとった行動を後悔する事となる。
莉々菜より前にいた2人の“男女”。その2人は尋常じゃない程ラブラブで、裏口で人が居ない事を逆手に取り、イチャイチャが多いような……気がする。
「──もう、大ちゃんったらー!」
「ぅ、まぁ……いいじゃん、椎名。」
咄嗟に身を隠し、様子を伺う莉々菜。
本当なら無視して通過すればいいだけなのに……この2人だけは少しだけ気まずい相手だった為だ。
☆☆☆
俺は生徒会で一緒だった夜依と下校していると……
たまたま大地先輩と椎名さんが一緒に下校している姿が見えた。
この2人、月光祭が終わってから付き合い始めたばかりなのに、露骨に2人でいる時間が多い。登下校も、昼休みも、委員会でも……だから、学校ではそれなりに噂にもなってるんだよなぁ。
確か……俺と雫の時みたいに少し抑えて徐々に慣らしていくって言ってたと思うんだけどな?
なんだろう…………すごくイチャラブしてるなぁ。
「すごく、楽しそうね。」
それを見てか……夜依が何処と無く羨ましそうに見ている。口から本心は出さないけど、夜依とそれなりに長くいる俺には何となく分かった。
──既に俺と夜依は2人の事を隠れて見守るという行動を選択していた。
でも、そんな俺達よりも早くに2人の事を見守る人物がいる事に……俺は気付いた。
あれって……もしかして?
「──ど、どうして莉々菜先輩が?」
そう、それは莉々菜先輩であった。
久しぶりに見る先輩は、少し遠くの物陰からひっそりと顔を出し、大地先輩の和気藹々とした、幸せそうな顔を見て……安心した表情をしていた。
俺は声を掛けようと近付こうとしたが……くっ、
それなりに距離もあるし、余り大胆に動いたら大地先輩達にバレる可能性もあった。
なので、しばらく何もせずに様子を伺っていると……
軽いイチャイチャが終わったのか、大地先輩と椎名先輩は歩いて行ってしまう。莉々菜先輩も満足したのか、2人とは逆の方向に帰ろうとする。
「っ……」
これまでの様子を伺って、我慢ならなくなった俺は無意識的に莉々菜先輩の元へと走っていた。
「──ちょ、ちょっと待って下さい、莉々菜先輩。」
「え!?……あぁ、君か。」
莉々菜先輩は俺に話し掛けられ、驚くが……すぐにいつもの暗めな表情に戻ってしまう。だが、その表情にも少し変化があって精神的な余裕が感じられた。
「どうしたのかな、突然。」
「その…………えっと。」
話し掛けたのはいいものの、喋る言葉を用意していなかった為に戸惑う、俺。
「…………?要件が無いなら行くけど、いい。」
「い、いえ。要件はあります。」
「なに?」
「…………っ、いいんですか!」
「なにが?」
「大地先輩に声を掛けないでいいんですか……?」
裏から見守るだけなんて、辛すぎる。確かに先輩は大地先輩を1度裏切ってしまった。だが、過去は既に終止符が打たれた。だからもういいのでは?と思ってしまったのだ。
莉々菜先輩に俺の後輩としての気持ちが伝わると……莉々菜先輩は少しだけニヤけた表情を見せてくれた。そして……
「私はもうね、終わった人間なんだよ。だから大地に関わる資格はないんだよ。」
「そ、そんな……莉々菜先輩。」
「そんなこと言わないでください!」と、すぐに言い返したかった。だけど、その満足し切った顔を見て何を言ってもその覚悟は変わらないのだと分かってしまったのだ。
「それにね、もう満足してるんだ。」
「満足?」
「うん。もうね、いいの。彼と私の関係は既に終わっているから。濡れ衣が晴らしてくれただけで充分ありがたいよ。私はこれから、裏でひっそりと過ごす事にするよ。じゃ、ありがとね。」
そう言い残し、立ち去って行く莉々菜先輩。
俺は何も言わずに、ただ先輩を見送ったのであった。
☆☆☆
「ゆぅ……」
「ん、どうしたの。」
俺が莉々菜先輩を無言で見送った後、夜依が俺に尋ねて来た。
「ゆぅから大地先輩に何か言ったらいいんじゃないの?正直……納得行ってないんでしょ。」
「…………うん。そうだね。」
確かに夜依の言う通り、俺は全く納得していない。むしろ俺の口から伝えてあげたいくらいだ。
でも……あの莉々菜先輩の後ろ姿を見たら、そんなのは不要なのだと直感した。
「いいや。止めておくよ。」
だって、
「あれが彼女が守りたかった笑顔なんだからな…」
俺は大地先輩と椎奈先輩の事を見つめる。2人は満面の笑みで互いに笑い、幸せそうだ。
「──ったく……なんでそんな自分の気持ちを最優先させないんだよ。もう我慢しなくていいだろうに。素直になっていいだろうに。」
俺は再び、莉々菜先輩を見つめる。
大地先輩は幸せになった。でも彼女は過酷で辛い道を進み続ける。でも、それは彼女が自ら選択した道なのだ。だからか、その彼女の背中は……とても誇らしげだった。
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