第171話 君と見た一輪の花


──莉々菜や梵 愛葉が高校から去った後、何も知らない椎名は大地との約束の場所へと向かう。


空ちゃんや李ちゃんとは用事があると言って少し前に別れたので今は椎名1人だけだ。


椎名は人気の無い校舎に入り、真っ直ぐ屋上を目指す。外からは大きな歓声が聞こえ、少し羨ましく感じるがまずは約束が優先だ。


──数分して、何の問題も無く時間通りに屋上前に着き、少しだけ深呼吸をする、椎名。


なんだろう。いつもならすぐに入って行けるのに……少しだけ今は胸騒ぎがする。

この状況とシチュエーションから、本能が何処と無く期待してしまっているからだろう。だからこんなに心臓が鼓動しているんだね。


そんな訳が無いのにねぇー


もう一度、深く深呼吸をし、いつもの調子を取り戻した事を確認して椎名は屋上へと入った。


入ってすぐに、彼とは目線が合った。


「──あ……椎名さん……」


……屋上には、大地くんが1人、静かに椎名の事を待っていた。


「やっほーぉ、大地くん!」


気さくに、元気よく声を掛けたつもりだったけど……


いつもとは全く違う彼の雰囲気に何故か椎名は圧倒される。そして乙女の感情が心の中で渦巻く。


どうして……いつもはこんな感情になんてならないのに?


今日初めて見る大地くんは何故か吹っ切れた表情をしていたからかな?それか、いつもはすごく控えめだけど、今日だけは自信に満ち溢れている……そんな感じだったからかな?


昨日と今日では全く違う。


今日一日で本当に何があったのかと、聞きたかった。でもそれを聞く前に、視線を下に動かすと……大地くんの右手に怪我でもしたのか……ハンカチが巻かれていた。


そこから……何処と無く。分かったような気がした。ここで何があったのかを。それで、どうして大地くんが吹っ切れているのかも分かった。だから、椎名は何も聞かなかった。


「それで、どぉーしたの大地くん。こんな所に呼んで。」

「あ、その。はい。」


ただ要件を聞いただけなのに……何故か大地くんは戸惑う。いくら吹っ切れていると言っても、いつもの大地くんだ。


「……………っう。」


思った事が上手く言えなかったのか、何度も深呼吸を繰り返し落ち着こうと努力する大地くん。


だけど、それは数秒とは行かず、数十秒、無言の時間は続いた。そこで、居心地……というか、何かこのシチュエーションを誤魔化したくて、話の話題を探していると……


「──ぁ」

「あー!ここからだとダンスパーティーの迫力が凄いねぇ!」


椎名は駆け足でフェンスまで行き、下を眺める。

やはり椎名の思った通り、ここはダンスパーティーを見るのには適した場所で穴場だと言えるだろう。


「おいでよ、大地くん。一緒に見よう!」

「っ……………すぅ、」


椎名は呼び掛けた。手招きもした。


だが、大地くんは微動だにしない。下を向き、何か独り言を呟いている。

そして……本当に覚悟を決めた表情を見せた後、


「──椎名さん!」


大地くんはいつにも増して、大きな声で椎名を呼ぶ。それが……非常に珍しい行動だったので、椎名は驚きながら振り返るのであった。


☆☆☆


「んん?どーしたの。」


椎名さんは大地に呼ばれてくるりと振り返る。

……やっぱり。好きだ。好きで好きで堪らない。


この秘めた想いは、誠心誠意を込めて言葉にしなければならない。緊張だとか不安だとかはどうでもいい。例えどんな結果になろうとしても……大地には後悔なんて無かった。


「その…………僕は…………椎名さん、あなたのことが、」


ずっとずっと、言いたかった。

……でも心に踏ん切りが付かなかった。それに救いたい人もいた。謝りたい人もいた。でも、今日でその全てに終止符が打ち、本来の自分にようやく素直になれた大地は何も躊躇がなく言葉が言える。


「──ずっと、ずっと、ずぅーっと、あなたの事が“好き”でした。僕と結婚を前提に付き合って下さい!」


精一杯。気持ちを伝え切った。


「──────えぇ……??!!?!」


椎名さんは大地の告白を聞いた瞬間……一瞬で乙女の顔になった。元から美人な椎名さん、いつもはニコニコ顔でのほほんとしてる。だが、今の椎名さんは……腰を抜かしてしまうほど、動揺している。


「え、え、ぇ?わ、わた、わたた、私ぃ!?」

「っ、はい。そうです。」


大地はしゃがみ、椎名さんと目線を合わせる。


「ほ、本当にぃ!?」


それが恥ずかしいのか、両手で真っ赤な顔を隠しながら逃げようとする椎名さん。


「はい。椎名さん以外ありえないんです。」


行ける!そう思い、大胆に椎名さんの両手を握り、逃がさない。


でも……椎名さんの、次の行動で大地の押せ押せモードは一瞬にして途切れるのであった。


「…………うっ……ひっく。ひっ。うぇーん!」


そう……突然、椎名さんは涙を流し始めたのだ。


「──ど、ど、どうしたんですか、椎名さんっ!?」


そりゃぁ、もう。大混乱。だって、大地にとって椎名さんが涙を流すなんて初めての事だったからだ。

とにかく、何とかしようと考えるも、動揺しすぎて頭が上手く回らなかった。


椎名さんは涙を拭こうともせずに大地に近付くと、力一杯抱き締めてくる。


「うっ……だってね、嬉しいんだもん。こんなにカッコよくて、心優しい大地くんが、私のことを選んでくれたんだから……」


それは、ほぼほぼ、確定演出の言葉で……大地の心情は一気にオーバヒートする。


「っ、じゃ、じゃあ。返事はっ!?」

「…………もちろん。お願いします!だよ。」


大声で……力一杯、涙を溢れさせながら、椎名さんは叫んだ。


「っつ……!やっ──」


大地は今まで生きてきた中で1番の幸福感に包まれ、その熱を声に出して放出したかった。だが、大地の叫びは新たに生まれた爆音によって打ち消されるのであった。


────ぴゅぅ~~ドパァァァァァンッッ!!!!


「「!?」」


突然の轟音……からの閃光。夜の暗闇に包まれていた月ノ光高校に赤く美しい1輪の花が咲いた。それに続くかのように、様々な色の花が花束のように咲き誇る。


そう、それは“花火”

初めて見たその花火は、大地にとっては祝福の光であった。


☆☆☆


隣で大地くん……いや、大地……うーん、なんかしっくり来ない………………大ちゃん?……うん。これがいいねぇ。


椎名は大地の隣で花火に見とれつつ、考えをまとめる。


「ねぇ、“大ちゃん”花火。綺麗だね。」

「だ、大ちゃん!?………っとと。まぁ、うん。そうだね。椎名さん。」


初めて呼ばれる呼び方に少しだけ戸惑うも、すぐに笑顔で笑う大地。だけど……


「ん!」


椎名は軽く大地を小突く。


「えっと……?」

「違うでしょ、呼び方。私も変えたんだからぁー、大ちゃんも変えてよー」

「えっと……で、でも。椎名さんは先輩ですし……」

「──もう!」


椎名は大地の顔を両手で持ち、真正面から言う。


「先輩とか後輩とかぁー、今更じゃないのー?だって、もう先輩とか後輩とか関係ない……じゃん。」


珍しくモジモジしながら、椎名さんはボヤく。


「じゃ、じゃあ。なんて呼べば、いいんですか?」

「敬語も禁止!それとぉー…………呼び方は大ちゃんに考えて欲しいかなぁ。」


そう言われてしまい、大地はキョドりながらも、椎名さんの事を改めて考えて、自分が椎名さんをどんな風に呼びたいのか、何度も自問自答を繰り返した。そして……


「やっぱり僕は普通に“椎名”……って下の名前で呼びたい。ひどく、シンプルだけど。」


大地は椎名の名前を変に省略したく無かった。なぜなら、彼女の名前を真正面から正々堂々と呼びたかったからだ。


「なぁーに、大ちゃん!」


椎名も嬉しそうにはしゃぎ出す。


「し、椎名!」

「大ちゃん!」


………

……


そこから、複数回名前を呼び合った。

何度も何度も……今までお互いに呼べなかった分も含むかのように。そして……お互い、恥ずかしくなってくるまでそれは続いた。


「──ねぇ、大ちゃん。」

「ど、どうしたの……椎名。」

「呼び方は……これでいいとしてー、それ以外は……いつも通りの感じで行こーよ。その方がお互いに楽だよねぇ?」

「そ、そうだね。うん。慣れるまで……そうしよっか。」


そう2人で約束するが……傍から見ると既に2人からはバカップルでラブラブな雰囲気が盛れ出しているので、その約束は案外早く無くなる可能性が高いはずだ。


☆☆☆


「…………もちろん。お願いします!だよ。」


──っ、よし。今だ!!!


俺はタイミングを見極め、サプライズのボタンを起動する。


────ぴゅぅ~~ドパァァァァァンッッ!!!!


そして、豪快で美しい花火が夜空に咲き誇る。


「よぉーしぃ!大成功っ!」


俺はついつい声を出してしまう。慌てて口を塞ぎ、大地先輩達の事を見るが……俺の声には気付いていなかったようなので助かった。


「ふぅ……危ない危ない。」


でも……サプライズ大成功だ!

ようやく、大地先輩と椎名先輩のカップルが誕生した。やっと、大地先輩が男として1歩前に進める。それが嬉しくて、椎名先輩の感動の涙に貰い泣きしそうになる。


「ゆぅが用意した花火はこれに使うつもりだったのね。」

「えーっと、まぁ。うん。そうだね。」


ジト目で夜依に睨まれる。俺の嘘がバレたからであろう。


そう、俺は生徒会と月光祭実行委員達に頼み込み、特注で花火を作って貰っていたのだ。もちろんそれは大地先輩達用ではなく、月光祭のフィナーレで使うという理由でだ。


多少、月光祭のフィナーレとズレてしまったけど……まぁ構わないだろう。だから……そんなに睨まないで欲しいな……夜依さん?


「はぁ、まぁいいわ。最高のものを見せて貰ったし、サプライズのタイミングは完璧だったから。」


という事で、そこまで強く言われなかったけど……今度からそういうサプライズとかをする時は必ず夜依に相談すると約束をしなければならなくなった。

はぁ……どんどん、俺の立場が無くなっていくかのような感じがした。


「さてと、俺達の役目はこれで終わった。大地先輩にはもう椎名さんがいるから、俺達がここにいる必要も無いね。」

「えぇ、そうね。早く戻りましょう。早くしないと、茉優ちゃんが困るものね。」


茉優?どうして茉優が出てくるんだ…………あ!


「っ、そうだった!や、やばい!急いで戻んなきゃ!」


完全に忘れていた。そう言えば茉優に俺の替え玉をやってもらっているんだった!


やばいやばい!月光祭の閉会式がもう始まってるじゃん。確か……その閉会式の最後には月光祭実行委員長の挨拶があるんだったけ!


俺は終始慌てながら、急いで茉優の元へと急ぐのであった。

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