第170話 その資格なんてない


梵 愛葉は途中で莉々菜の事を見失い、月ノ光高校の校舎を彷徨っていた。


久しぶりに来るこの校舎は全然変わっておらず、少しだけ懐かしささえも感じた。


「はァ、どこに行ったんだし。ダルいねェ。」


愚痴を吐く。


一人でいる時の梵 愛葉は大体こんな感じで、言葉遣いも適当で、態度も雰囲気も素のままだ。

……いつもは相手を欺く為に猫を被っているのだ。


「──まぁまぁ、そう言うなよ。」

「──っ!?」


独り言のつもりだったが……どうやら人に聞こえていたらしい。油断していた梵 愛葉はそれなりに驚く。


瞬時に声のした方向に振り向き、警戒体勢をとる。

声の掛け方的に自分の事を知っていると判断したからだ。そして、声を掛けてきた人物を見て、更に警戒レベルを最大まで引き上げる梵 愛葉であった。


「おい、梵。こんな人気の無い場所で何をやってるんだ?是非私に聞かせてもらいたいなぁ……?」

「──え、えと……そ、空さん。ど、ど、ど、どうしてここに?」


その人は……梵 愛葉にとっての最大の天敵。

“九重 空”だった。


空さんは妙に馴れ馴れしく、肩を組み、身長差から生まれる目線から見上げてくる。それにイラついた梵 愛葉は睨みを利かせるが……それよりも強い睨みで睨み返される。


「っ……」


やはりこの人だけはダメだ。どんな人間でも知略で攻略し快感を覚える梵 愛葉でも例外はいるのだ。


この人の前だと、無意識に怯えてしまう。体が言うことを効かなくなる。


「で?また大地か莉々菜にでもちょっかいを出しに来たのか?」


空さんはゆっくりと笑いながら近付いてくる。それとほぼ同時に梵 愛葉は後ずさりを開始する。


「くッ!?」


そして壁際まで追いやられた梵 愛葉。これでは逃げる事など出来やしない。


目線がほんの数十センチ程の近さまで来る。


空さんの圧倒的殺意の籠ったオーラは梵 愛葉を襲い、恐怖を抱かさせる。


「ヒ、ヒッ………」


本能的に負けしまっているのだろう。梵 愛葉は頭が真っ白になり、無意識的に笑ってしまう。


「お前、私がしてやったこと……もしかして、忘れた?」

「ッ!?」


そう言われて、今まで封印してきた嫌な思い出が脳裏で再生される。


梵 愛葉には一つだけ人生の汚点がある。それは……

九重 空という人間が生徒会長となってすぐの事だった。


☆☆☆


──空が生徒会長になってから数日。

梵 愛葉は自分の策略が全て上手く行き、やり切った幸福感にとても満足していた。


だが、この幸福はそう長くは続かなかった。本能がもっともっとと……求めるのだ。

今の玩具にはしばらくは近付けそうにないし、彼は既に自らの手で壊しちゃった。


「あーぁ、誰でもいいからァ、グチャグチャにしてあげたいよォ。」


梵 愛葉の欲望は既に快感、快楽を覚えてしまった。

だから、すぐに新しい玩具が欲しくなってしまう。

無意識に次のターゲットの品定めを開始してしまう。


うーん、例えば友達がいっぱいいるクラスカースト上位の人とか、部活のエースとか、委員会の委員長とかかなァ……次はァ。


そう思うと、様々な策略が無限のように浮かんでくる。もちろんリスクは尋常じゃない程高いのは分かっている。無駄に今の玩具が自分の名前を出すから余計にだ。

──だが、それがいい。それでいいのだ!


ゲームは難しくて難解の方がいい。じゃないと、面白くもないし、興奮もしない。このハラハラ感がいいのだァ!


さァってと。誰にしよーかなァ?


……そんな次のターゲットの品定めをしている時、突然その人は梵 愛葉の元へと来た。


「──おい!」

「ッ!?」


☆☆☆


──遡ること、数日前。


空は生徒会長に就任し、すぐに行動に移っていた。

まずは、梵 愛葉の決定的な証拠を生徒会長特権をフルに使用して探した。だが、流石は梵 愛葉。証拠は全くと言っていいほど残っていなかった。それに、あの事件から既に数ヶ月も経っているという事で、聞き取り調査の成果も微妙だった。


それでも、空は諦めなかった。壊れた大地の事は椎名に任せ、生徒会長の激務を軽くこなしながら梵 愛葉を排除するために力を加え続ける。


──1週間が経過した。

それでも証拠は一切見つからなかった。かなり綿密に練られた計画だったのだろう。

更に証拠探しの弊害となったのは、梵 愛葉のバックには膨大な権力を持った親がいるという事だった。ちょっとやそっとの証拠では簡単に揉み消されてしまうはずだろう。


そうなれば、空の今の立場も危うくなるし、この学校を梵 愛葉に支配されかねない。それだけは気を付けなければならない。


もっと、確信を着いた証拠が必須なのだ。そうすれば梵 愛葉を追い込めるのにッ!


だが、別に空の行動が全て無駄だった訳では無い。なぜなら、梵 愛葉に比べ莉々菜はバッチリ監視カメラなどに映っていて、ちゃんとしたアリバイがあった事を確認出来たからだ。


この証拠を使えば……莉々菜の濡れ衣を晴らすことが出来るはずだ。そう確信した空はすぐに生徒や先生達の元へと走った。


「──だから、これを見て下さい!日付も!莉々菜が大地を襲っていないという確かな証拠があるんですよ!?すぐに、莉々菜を助けるべきです!」


「──しっかり、聞いてよ!莉々菜は絶対にやっていないのよ!」


だが……


「──へぇ……そうだったんですか?でも?」


「──それって、本当にそうなの?偽物?生徒会長、弟さんがおかしくなって戸惑ってるのも分かるけど、嘘はダメだと思うよ。」


ほとんどの人が誰も信じてくれなかった。それが例え、大地の姉の言葉だったとしても……

初めに着いてしまった莉々菜の負のレッテルは中々剥がれなかったのだ。


何人かの先生や生徒には信じて貰えたが莉々菜の濡れ衣を完全には晴らす事は出来なかった。だから莉々菜のイジメも収まることは無かった。


やっぱり大地自身の言葉が重要なのだ。大地がトラウマを乗り越えられるまで、完全に莉々菜の濡れ衣を晴らすことは出来ないだろう。だが生徒会長として、精一杯の事はした。


……そんな少しだけ、生徒会長として風格が出てきた頃、ようやく空はある方法を思い付いた。


「──そうだ、排除するんじゃない。自分から出て行かせればいいんだ!」


空はすぐに生徒会で新たな役職を作った。その役職の名は、『他校視差』というもので、一定の期間、生徒会に所属する生徒が他校に趣き、一緒に授業を受けて他校の特色を勉強する……というものだ。だが、そんなのは建前に過ぎない。これは実質追放命令に等しい。なぜなら一定の期間というものは……

“卒業するまで”だからだ。


「──おい!」

「ッ!?」


空は悠々と過ごす梵 愛葉に声を掛ける。

……目の前に全ての元凶がいる。そう思うだけで怒りが爆発しそうになる。殴りかかりそうな気持ちを抑えて、必死に怒りを堪えるが、雰囲気から怒りが漏れ出して周りにいる生徒達は怯えてしまう。


「生徒会長?どーしたんですかァ?」


梵 愛葉はもちろん、空の事を知っているのだろう、ニヤニヤしながら反応される。ふざけた反応だ。

だが──空には切り札がある。


「これ、お前だよな?」


イラつく態度の事は一旦無視し、ある1枚の写真を梵 愛葉に見せる。


「──えェ?」


梵 愛葉はその写真を見て、目を大きく開けて飛びつく。


……その写真には梵 愛葉の顔がバッチリと映っていて、1人の女の人をイジメている写真だった。


「な、何これ?私はそんなの知らない。やってない!」

「はぁ?なに言い逃れしようとしてるんだ。うちの生徒を裏でイジメやがって、イジメられたやつはもう学校に来れなくなったんだぞ!どうしてくれるんだ!?」


わざとらしく、大きな声でなるべく多くの人の耳に入るように言う。


「そ、そんなァ!?嘘でしょ。」


作戦成功だ。


これはフェイク写真。生徒会長になって出来た伝で合成写真を頼み極秘に作ったのだ。

ちゃんと調べればこれが嘘だと分かるが、初めのレッテルだけ貼れればそれでいいのだ。


「くッ!」


すぐに梵 愛葉はこれが偽物だと気付く。そしてやり方が莉々菜とほぼ同じだという事に怒り狂う。だが既に遅い。例えこの写真が偽物だと簡単に証明したとしても、梵 愛葉の親の会社や子会社にこの写真とイジメの内容を大量に送り付けてある。流石に権力がとんでもなくあろうとも、揉み消せないだろう。

更に、生徒達にはこの事がしっかりと頭に入った。そうなれば、学校に居ずらくなるはずだろう。


こうして梵 愛葉の立場を危うくさせた。

そして……自ら出ていかせるように甘い言葉で誘ってやる。「生徒会に入ってみないか?」と。

そして、半ば無理やり生徒会に所属させた空はすぐに『他校視差』で日ノ元高校へと自らの意思で移動させた。


梵 愛葉と同じやり方。本当につまらなくてクソみたいなやり方。でも、やられたらやり返す。

大地と莉々菜の恨みを空が代わりに晴らしてやったのだ。


空は後悔なんて微塵もしていない。むしろ、まだまだ足りないと思うほど、スッキリしなかったのを覚えている。


☆☆☆


……だから、この高校に居られなくなり、親にかなり迷惑をかけた。沢山怒られ、失望もされた。今まで積み上げてきたものが全て崩壊させられたのだ。この恨みは一生忘れないだろう。


生徒会長が近くの日ノ元高校に留めさせてくれたのは、幸運と言ってもいい。なぜなら復讐がやりやすいからだ!


その気持ちを持って梵 愛葉はここに来た。

だが………………


──空さんは許可無く、無断でこの高校に戻って来た事に尋常じゃない程の怒りを感じているのだろう。そのドス黒いオーラからは言葉で言われなくともそうだと強く感じられた。


「二度と、私の顔見知りに………ましてや大地に、その汚い面見せんなよ!次、もし私らの視界に入った瞬間、私はお前を殺すからな!」

「こ、殺すッ!?」


その言葉にはやると言ったらやる“凄み”があった。


「グッ……」


梵 愛葉はたじろぎ、動揺を隠せない。尻もちを大きく着き、梵 愛葉にとって最大の“恐怖”を恐る恐る見上げる。復讐……なんて言葉、頭から一瞬で消え去った。それほどの恐怖であった。


「行け……さっさと消えろ。このクソ女が!」

「くッ…………………!」


梵 愛葉は逃げ出してしまった。

何も考えられない。ただただ、この人の近くには居られないと本能が錯覚してしまったのだ。


その姿は酷く滑稽だったらしく、背中の方から大きな笑い声が聞こえてくる。でも、決して後ろを振り向けなかった。振り向いたらダメだと本能が言っているからだ。


──梵 愛葉は二度と、大地達には手を出さず……現在在籍している日ノ元高校で静かに、怯えながら残りの学生生活を過ごしたという。


長く縛り、乱れ続けた2人の感情。それの元凶がいなくなったのだ。遂に……大地と莉々菜の2人は、正真正銘悪魔から解放されたのであった。


☆☆☆


「──り、莉々菜っ。」


目の前にいる大地から少しだけ緊張気味に声を掛けられる。


「どうしたの、大地?」


2人の目線が真っ直ぐ重なる。そして、少しだけ間を開けて大地は口を開く。


「──僕は……これから椎名さんに告白するんだ。」


……あぁ、やっぱりね。


「……………へぇ。そ、そうなんだ。いいじゃん。

今の大地なら100%告白成功するはずだよ!」


何となく察していた。だからあまり驚かない。


……だけどね、やっぱり、心に応えるものはあった。でも、その立場は莉々菜には無いと分かり切っている。

自分は祝福して、送り出して上げる立場なんだ!そう決めつけて笑顔で賞賛する。


悲しい顔や寂しい顔はしてはダメだ。それだと、大地を困らせてしまうから……

必死に笑顔を取り繕う。


「でも、僕は……莉々菜、君の事も………………」


あ……っ。そうなんだ。

もう、大地にそんな感情なんて無いと思っていた。自分だけだと思っていた。だけど、大地にもその感情が残ってくれていたらしい。


すごく、すごく嬉しい。今までの辛い事が全て無になるくらいに。でもね……


「──好……」

「ちょっと待って!」


大地が言葉を言い切る前に、言葉を被せて莉々菜は大地を止めた……

そして、キッパリと言い切る。


「──私に、その資格なんて無いよ。」


心が酷く軋む。今までで1番の痛みかもしれない。だけど、それでいいのだ。もう自分は終わった人間なのだ。大地と一緒にはいられないのだ。


「そ、そんな、資格なんてどうでもいいだろ!僕は……莉々菜、君の事が……」

「──どうでも良くないよ。私自身が許せないんだもの。同情なんていらないよ。それにね大地が責任を負う必要も無いよ。」

「いや……同情とか責任とかじゃなくて、僕は本当に……」

「いいの……大丈夫だから……ありがとうね。」


これ以上言葉を聞くと……後戻りが効かなくなりそうだ。心の中で決めた覚悟がすぐに緩みそうになる。だから少し無理やりにでも莉々菜は大地の言葉を遮り続けた。


そしてようやく、


「──分かった。そう言うのなら。

僕は…………………………諦めるよ。」


ようやく……大地は諦めてくれた。でもその寂しそうで、どうしようもない表情を見て、莉々菜は涙が溢れそうになるのを堪える。拳を強く握り閉め、必死に耐える。


「……だけど、僕は君の味方だからね。もし、困った事があったら遠慮なく話しかけて来てよ。絶対に助けるから!」

「うん、ありがと……大地。私はもう大丈夫だよ!」


……全ての気持ちを抑え込み、莉々菜は感情を覆い隠す。生憎、嘘を着くのは得意技だった。


「じゃあ私は……」


莉々菜が居心地が悪くなり、早々に立ち去ろうとした時……


「莉々菜!」

「──っ……!!!」


大地が莉々菜の事を強く抱き締めた。

その大地の抱擁は……とてもとても素晴らしいものだった。莉々菜の壊れていた心が一つ一つ修復されて行くかのような……そんな感覚さえもあった。


時間はほんの数秒。だけど、莉々菜にとってはかけがえのない時間だった。


高鳴った感情……後戻りしたい感情……その全てを更に抑え込む。強く強く抑え込む。


「じゃあ……私はそろそろ行くよ。母に沢山心配をかけちゃったから……すぐにでも安心させてあげなきゃ。」

「あ、うん。そっか。じゃあ……またな!」

「うん、また!」


そう言葉を交わした後に、莉々菜は屋上を後にする。もっとずっと……大地と居たかった。だけど、これから大地は前を進み続けて行くんだ。大地にとって自分はもう既に邪魔な存在だろう。邪魔な存在は早く立ち去らないとね。


「──莉々菜先輩。」


ずっと陰で様子を伺っていたのだろう……

神楽坂 優馬とその婚約者が屋上を出てすぐにいた。


その2人の顔を見ると、どことなく心配そうな面持ちだ。


だから、神楽坂くんの耳元でそっと………


「…………私はもう、大丈夫。これからも大地の事をよろしく頼むね。」


と、言っておいた。大地にとって神楽坂くんはかけがえのない存在だろう。だから、ずっと仲良く互いに支え合って行ってほしい。


☆☆☆


「…………ふぅ、」


やっと1人になった莉々菜。


校舎から出ると、夜の少し冷たい風が莉々菜の隣を通り過ぎる。いつもなら、なんとも思わなかった。だけど今の莉々菜にはどんな事でさえ悔しく思えてしまう。


……まだだよ。まだ、人の目がある。莉々菜は歯を食いしばりながら、誰もいなそうな場所まで来る。


よく見てはいないが、辺りには人はいない……と思う。そんな事を気にしているほど、莉々菜の心情に余裕など無い。


今の莉々奈は、心の蟠りも完全に外れ、清々しい気持ちもあるが……大地の事での後悔で胸がいっぱいだった。


「もぉ……私って、本当にバカなんだよなぁ。人生最大のチャンスだったのになぁ。」


あーあ。もう、最悪。もう、限界。

もう……もうっ………………もうっ!


涙が大量に溢れ、止まらなくなる。止められるわけが無い。だって、大好きだったんだもん。本当に……心の底からっ!


「──うっ、うわぁぁぁぁぁん!!!」


大声で泣きながら、莉々菜は月ノ光高校を後にするのであった。


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