第169話 温もり
莉々菜は暗闇の中に1人で……いた。
その空間には一切の灯りがなく、出口は存在しないように見える。更に無音、無臭……全てが“無”に近い感じだった。
それに浮いているのか?上下左右の感覚さえ無い。
……ただただ沈むという感覚だけが莉々菜にはあった。
普通は動揺し取り乱す所だろう。だが、莉々菜はあまり強くは動揺はしなかった。それよりかは安堵の気持ちの方が強かったのだ。
──あぁ、やっと……やっと、終われたんだ。解放されたんだ。もう、我慢しなくていいんだ。嘘をつかなくていいんだっ……
「ぁ……」
でも、そんな莉々菜にも本の少しだけ後悔が出来ていた。
……それは久しぶりに会った彼にちゃんと謝る事が出来なかった事だ。顔を見て、目が会った瞬間に、過去のトラウマがリスタートしてしまったのだ。だから、反射的に逃げてしまったのだ。
あぁ、でも今の彼は、とても凛々しく、逞しく成長していたようだった。だから一目見ただけで、昔よりもずっと男前で……イケていると分かった。どうやら、克服した……んだね。本当によかった。
──心に安心がゆっくりと蔓延した。心の中でずうーっと引っかかっていた蟠りが取れたかのような清々しさも感じた。
「───────なっ!」
んっ?
微かに……幻聴かと疑ったが、確かに。懐かしいような……心をそっと落ち着かせてくれるような声が聞こえた。
「─────────々菜っ!!!」
その声は決して止まらず、莉々菜の名を呼び続ける。う……うるさいなぁ……なに?
早く“無”になり、解放されたい莉々菜には徐々にその声が面倒に感じる。だが何度追い払っても、頭の隅に追いやっても……声は莉々菜の名を呼び続ける。
──パキッ、
突如、暗闇に大きな亀裂が入り、そこから一筋の光が立ち込める。
「───────莉々菜ッ!!!」
……そこからだ。そこから莉々菜を呼ぶ声が溢れていた。更にその亀裂は広がり続け……遂には、莉々菜は明るい空間に立っていた。そして光に反射した自分の顔を眺めると……確かに笑っているように見えた。
「────おい、起きてくれよ、莉々菜っ!!!」
「えっ…………っ!?」
そこで、莉々菜はすっと意識を取り戻す。残念ながら生きてるみたいだ。な、なんで、確かに命を絶ったはず……なのに?
「──うっ……ぐっ。」
でも深く考える暇もなく、すぐに想像を絶する痛みが莉々菜の両手を襲った。
「っぅぅうぅ………な、なんで、どうして?」
蹲り、必死に痛みに耐える莉々菜。
さっきまで……痛みすら感じなかったのに。どうして今更リストカットの痛みが来るのだ!?それに、今では全身が狂うほどに痛い。
あ、でも……それ以上になんだか、温もりを感じる。肉体も、心も全てが暖かく……暗く、病み、沈み、壊れた莉々菜の心にすっと、包み込んでくれるかのような暖かさだった。
「莉々菜っ!」
「………大地?え、だ、大地っ!?」
ようやく意識がしっかりし、目を開けて気付いた。大地が莉々菜の事を強く抱きしめてくれていた事に。あぁ、納得。だから、こんなにも温もりを感じたんだ……
「あ、だ、大地っ、手が……!」
血が大地の制服に着いている事に気付いた莉々菜は、大地が右手を怪我している事に気付いた。
恐らく、莉々菜が首に当てた包丁を自分の手を犠牲にしてまで受け止めてくれたのだ。手の傷的にすぐにわかった。
こんな……すごく痛いはずなのに、大地は真っ直ぐ莉々菜の事だけを見てくれていた。
大地と目を合わせると、笑顔で見てくれる。それは昔の無邪気で明るい好青年の姿とそっくりで……莉々菜が1番大好な彼以上の姿だった。
……温かい水が、莉々菜の頬をゆっくりと伝う。
「ぁ、あっれれ?やっぱり、おかしいな?壊れちゃったのかな?こんな感情はもう、無くなったと思ってたのに……」
でも温かい水は止まらない。既に枯れきっているはずなのに、止められない。感情が抑えられない。
「う……あぁ。」
「ごめんな。僕が……僕がちゃんと莉々菜、君の想いに気付いていれば……あんな最悪な事にはならなかった。本当に、本当に迷惑を掛けた。謝って済む事じゃないってのは重々承知だ。だけど、謝らせてくれないか?」
「ち、ちょっと待って、大地が謝る事なんて何も無いよ。全部全部私のせいなんだから。勝手に決めつけて自爆しただけなんだから。大地は被害者なのよ。」
「だけど、これだけは言わせて。
………決して莉々菜は悪くないよ。」
「え……でも、違うっ。」
大地は更に抱きしめる力を強めた。密着度は上がるが、温もりが上がり気持ちがいい。心がそっと安らぐ。
「よく、1人で耐え抜いた。よく頑張ってくれたっ!もう大丈夫だから。我慢しなくていいから。」
──な、なんでよ。そんなこと言われたらまた、
あなたの事を…………
「うっ……うわぁぁぁぁぁああぅん。」
──大号泣。莉々菜にとって、久方ぶりの大泣きであった。久しぶりに莉々菜は自分の感情に素直になり、感情を我慢しなかったのであった。
☆☆☆
「──ねぇ、ゆぅ……もう大丈夫そうかしら?」
「うん、そうだね。大地先輩、莉々菜先輩。お互いにちゃんと前を向けたみたいだね。」
屋上の入口前に陣取った俺と夜依。大地先輩達に気付かれないように屋上のドアを少しだけ開けて、様子を伺っていたが……2人共、自分の力だけで拗れていた関係を改善出来ていて本当に良かった。
素直に賞賛を送りたい。
あれ、でも、どうして莉々菜先輩が?とは思ったけど、そういう細かい所は今は気にしないでおこう。
うーん、それにしても……梵 愛葉がまだ来ないな?もしかして迷子なのか?それか、奈緒先生の言っていた事がデマ情報だったのかなぁ?
まぁ、いいや。後は大地先輩と椎名先輩が結ばれるまで見守るという任務を遂行出来れば。それに、もしもタイミングを逃したりでもしたら勿体ないしな。
そんな、梵 愛葉に要警戒をしながら、2人の事を見守る俺と夜依であった。
☆☆☆
──あの大地の惨劇にはまだ続きがあった。
それは、あの最悪の日から物語はリスタートする。
大地が襲われ精神的に病んでしまい、学校の全ての人間から怒りを買ってしまった莉々菜。すぐに生徒達は学校から莉々菜を排除しようと、想像を絶する……過酷で辛いイジメが開始された。
初めは逃げたり隠れたり色々した。不登校にも若干なったが……ダメだった。怒り狂う生徒達からは決して逃げられず、毎日のようにボロボロにされたのであった。
こういう時は学校が莉々菜の事を謹慎にしたり等守る為の対応をするはずなのだが、裏で梵 愛葉が動いていたようでそういう対応は一切される事は無かった。
莉々菜自身も、分かっていた。梵 愛葉の計画は完璧で、既に手に負えない状態になっている事だと。
でも、精一杯抗いたかった。真実を皆に知って欲しかった。だから生徒達に真実を伝え続ける。だが、その言葉は偽りだと決めつけられ聞いてすら貰えなかった。
それに母にだけは絶対に迷惑をかけさせまいと、必死に………耐えて耐えて………耐え抜いた。嘘を偽り続けた。
必ず、誤解が解けると信じて……
だが、いつまで経っても莉々菜の言葉を信じる人はいなく、精神的にも肉体的にも莉々菜は衰弱して行った。感情が徐々に徐々に死滅して行き、自傷行為も遂にはしてしまうようになるほど追い込まれて行った。
そんないつもボロボロで、心身共に疲弊しきる毎日。誰も見向きも助けもしない。それが当たり前の光景となっていた。
──だが、そこにふと手を差し伸べてくれる人がいた。
その人の名前は“九重 空”。後の生徒会長で、大地の実のお姉さんであった。
「…………っ!?えぇ!?」
初めは驚きを隠せなかった。思いもよらぬ人だったからだ。今まで、何度か顔を合わせた事はある。だが、今の先輩は普段の優しさに溢れたオーラとは全く違う、常軌を逸したオーラを全身から放っていた。
そのオーラの大半は“強い憤怒”の感情だった。
正直言ってこんな先輩は見た事が無い。単純な殺意も感じ、殺されると……一瞬だけ恐怖もした。
だが、そのオーラに反して先輩は優しく莉々菜に話し掛けてくれた。そして唯一まともに、莉々菜の言葉にちゃんと耳を傾けてくれる人になってくれた。
莉々菜だけが知る、本当の真実を聞き、最後に「──私は莉々菜、お前を信じる。」と言って貰えた時は、涙腺が崩壊するほど、嬉しかったのを覚えている。
先輩はほぼ全てを独自のルートで調べ上げていて、黒幕が梵 愛葉だという事も既に知ってくれていた。莉々菜に聞いたのはただの確認のようだった。
それからしばらく、莉々菜は空先輩のお世話になった。空先輩は莉々菜の事をイジメから守り、空先輩と一緒にいる時だけはいつもの莉々菜に戻れた。
約2ヶ月程、お世話になった頃……
秘密の隠れ場所の“屋上”で、空先輩と莉々菜は話をしていた。この屋上は立ち入り禁止の場所ではあるが、時々鍵が開いていたりして中に入れていたのだ。
「私は……梵 愛葉を許さない。弟の大地をこんなにもした罪は重い。だから、私に出来る全てを用いて、あいつを排除する!そうしないと、いつまで経っても大地はこの高校に戻ってこられないからな。」
「ど、どうやるんですか……?」
梵 愛葉は策略家だ。それに、親の権力も強い。
そんな梵 愛葉をこの高校から排除するというのは至難の業だろう。
「はっ!1つだけあるだろう。取っておきの物がな!」
そう言うと、懐から1枚の書類を取り出した先輩は自信満々に見せてくる。
書類には“生徒会長立候補志願書”と大きな文字で印刷されていた。
「せ、せ、せ、生徒会長ッ……ですか!?」
「あぁそうだ。高校のトップ、生徒の代表、そしてあらゆる権利を得られる生徒会長だ!」
生徒会長ならば……と思うが、
「でも、大丈夫なんですか……?」
「何がだ?」
莉々菜はふとある噂を耳にしたことがあった。
それは……
「──この高校の生徒会長という役職は死ぬほどキツイって有名なんですよ。」
確か、仕事量が尋常じゃなかったり、先生や役員との交渉、生徒達からの期待、その全てを一身に背負って引っ張っていかなければならない。その重圧というものは尋常ではない。
先輩には心配など不要なものだとは思うが、後輩として、恩人には心配ぐらいさせて欲しかった。
「何言ってるんだ、そんな事どうでもいいんだよ。私が生徒会長にさえなれればな。
そうすれば梵 愛葉をこの高校から排除しやすくなる。それに、莉々菜の濡れ衣も時間がかかるかもしれないが確実に晴らせるし、大地がこれから復活するための環境も整えられる。生徒会長の座に着くことさえ出来れば全てが上手くいくんだ!」
全てを掌握するために、この人は自分の事などどうでもいいという考えなのだ。
すごいと思った。度胸も、覚悟も……これこそ生徒会長の器に相応しいと思った。
「…………生徒達は先輩に着いて来てくれますかね?」
「そこら辺は……まぁ、頑張る。だから、莉々菜、お前も決して負けないでくれ、私が……必ずお前の濡れ衣を解いてみせるから!」
「…………ぁ、はい。期待……して待ってます。」
その時は流石に疲れていたからか、上手く返事が出来なかったのを覚えている。でもその言葉は莉々菜を支える強い言葉となり、イジメだけでは決して折れない”心”を作ってくれた。
だが、後にあんなにも簡単に信じていた親の言葉だけで、心に限界を迎えてしまうなんて……夢にも思わなかったのであった。
──そして、覚悟を決めた空先輩は様々な試練を難なく突破し、遂に“生徒会長”という頂点へと、降臨したのであった。
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