第168話 絶対に、絶対に死なせない!
「──へぇ……すごい大盛り上がりだなぁ。」
大地は屋上から、下の特設ステージでリズミカルにダンスを踊る人達を眺めながら、ボソッと呟く。
その声には少しだけ興味の感情が含まれていたが、まだあんなにも人が密集している中で踊るなんて流石に大地には無理だった。
熱気や歓声がここまで来る。それ程までに大盛況なのだ。それに若干圧倒されながらも……
「やったな優馬!月光祭は大成功だぞ。」
心に思った事がすっと言葉として出る。心の底から自慢の後輩を褒める。
優馬の指揮したこの月光祭は、大地にとって自分に素直になれた行事で、久方ぶりに心から楽しめるものだった。
優馬には毎度毎度、世話になり過ぎている。今回は特にそうだ。大地は椎名さんに告白するだけなのに、優馬には色々と動いてもらった。先輩として大変情けないかと思うが……致し方が無い。後でちゃんとお礼もしようと思うし、失敗は許されない!
告白という初めての事の緊張もあるのだが、失敗しては行けないという重圧もあった。
「ふぅ……気持ちを切り替えよう。」
大地は時間を確認する……そろそろ約束の時間だ。
あと少しで椎名先輩が来る……
そう思うと、心臓の鼓動が大きくダイナミックになる。緊張がえげつない程、増加しだしたのである。
足がガタガタと震え、歯が震えて鳴り、まともに喋ることすら出来なくなってきていた。このままじゃ……や、ヤバいかも。
椎名さんが来る前に何とか気持ちを切り替えないと。そうは思っても、緊張は溢れ続け大地を邪魔する。
こんな緊張をしない為に、今日ほぼ1日を精神統一をして過ごしていたのに……どうやら考えすぎて逆効果だったようだ。
「っ……このままじゃダメだ。男として格好が付かない。僕は変わったんだ!男として!これじゃあ、いつもの僕だぞ!“男は常に冷静でカッコよくあれ!”だ。」
優馬から前に助言された言葉を思い出し、今のままじゃダメだと心で受け止めた大地は、一旦頭を整理する為に告白の事は考えないようにした。
「お!」
告白前なのにダメかもしれないと一瞬思ったが……案外いいアイディアだったようで、大地を強く縛り付けていた緊張は大分緩んでくれた。
──それでか、椎名さんの次に頭に浮かんだのは……“莉々菜”の事だった。
結局、莉々菜は月光祭に1日も来なかった。トラウマを克服してすぐに謝りたかった。大地のせいで人生を大きく狂わせてしまったのだから……
だけど、当の本人がいないと、どうしようにもならなかった。
椎名さんに告白する前までに謝りたかったな。
……少しだけ、思い残す事があったが、しょうがない。そんな少し肌寒い風を浴びながら、大地は黄昏ていると……
──ガチャ!!!
屋上のドアが開く音がした。
「──ん?」
屋上という場所は、そもそもが立ち入り禁止の場所で一般生徒が来る事はまず無い。なので……椎名先輩?と、思ったが……まだ早くないか!?
まだもう少しは来ないと決め付けていたため、心の準備が……全然出来ていなかった。
「やばいやばいやばいっ!」
そんなかなり焦っていた為か、咄嗟に物陰に隠れてしまった大地。若干情けなさを感じながらも、来客者を見守る。多分椎名さんだけど。
──ん……?
確かに屋上のドアは開いている。なのにも関わらず、来客者は中々屋上へと足を踏み入れて来ない。
……何か警戒をしているのか?
まぁ、普段立ち入り禁止な屋上がたまたま開いてるなんて事は無いもんな。
お、足がスっと出て来た。やっと来るみたいだ。
今は若干の情けなさよりも大いなる興味で来客者のことを見つめていた。そしてようやくその姿が見れた。
「…………っっっ!!??」
大地はハッと息を飲む。何故って……?
そこに現れたのが、まさかの人物だったからだ。
──彼女の名は東雲 莉々菜。元、大地のクラスメイトで、大地が初めて異性を意識した人物でもある。
莉々菜はドス黒いオーラを全身に纏い、1歩1歩苦しそうに歩く。顔はここからだとあまり見えないが、強い悲しみと覚悟を強く感じた。
さっきまで大地がいた場所まで歩いた莉々菜は大地と同じように下の特設ステージの方を眺める。上から観戦しに来た……って訳じゃないよな?何をしに来たんだろう?
息を極力殺し、彼女の事をじっと伺っていると……
──突然、莉々菜はフェンスをよじ登り始めた。
「っ!?」
な……何しているんだ、莉々菜っ!
莉々菜がやろうとしている事が反射的に分かった大地は体が動き出していた。
フェンスは安全を考えてかなり高く設置されているが、登ろうと思えば簡単に登れる高さだ。だが、力が全然入っていなく中々登りきれていなかった莉々菜。フェンスの裏側に行ってしまう前に、莉々菜の元に辿り着いた大地は莉々菜に抱き着き、フェンスから引き剥がした。
「う……」
「ぐっ……」
互いに地面に転がった。
大地は膝を強打したが、まぁ大丈夫だ。痛みには強くなったから……すぐに立ち上がる莉々菜の事を見る。
莉々菜は尻もちを着いていたが、全く痛みを感じていないのかすぐに立ち上がり、邪魔をした大地の事を強く睨んだ。
「──あ、あぁ……?」
邪魔をしたのが大地だと分かり、酷く掠れた声で……少しだけ反応した莉々菜。
久しぶりに見る莉々菜は酷く憔悴していて、顔が酷く荒れていた。昔の、大地が知る莉々菜の姿はどこにもなかった。
「…………」
「…………」
数秒、無言で見つめ合った2人。
先に動いたのは莉々菜。すぐに手で顔を隠し、大地から距離をとった。
「どうして、どうしてだよ!」
大地は必死に叫ぶ。
「…………」
でも莉々菜は何も言ってくれない。大地の声でも莉々菜の壊れた心には響かなかった……ようだ。
──莉々菜は表情を変えた。どこか満足したかのような顔だ……すると、懐から包帯に巻かれた何かを取り出す。
その包帯を解くと、中から小さめの包丁が出て来た。少し血の着いたように見える包丁は月明かりに照らされてより鋭く見えた。
「な、何やってんだよ!そんな物、一体何に使うんだよ。」
すぐに辞めさせようと声を張るが……
莉々菜はゆっくりと包丁を首元に当てる。
「──ッ!?」
大地は既に走り出している。絶対に、絶対に死なせない!
間に合えぇぇぇっっー!!!!
全身の力を込め地面を蹴り、大地は莉々菜に飛び付いたのであった。
☆☆☆
「──あのー、優馬君?」
一般の生徒の1人が優馬に声を掛ける。
「っ!?あ、私……じゃなくて俺か。あ、ごめんなさい。それで、なんでしょうか!」
優馬……では無く、茉優はキョドりまくりながら反応する。
「一緒にダンスを踊ってくれませんか?」
「えっ!ダ、ダンス!?」
姿はもちろん茉優本人なのだが、今日一日優馬は女装姿で過ごした。なので一般生徒も女装姿の優馬だと認知して普通に茉優に声を掛けてくる。
そう、茉優は優馬の替え玉として優馬の代わりにそこにいるのだ。
そんな挙動不審な優馬(茉優)は少しだけ、不審がられ るが……頑張って優馬を演じる。服装などはどうにもならなかったが、適当に誤魔化した。
流石、妹。優馬と一緒にいた時間が長いのでそれなりに優馬を演じられる。だが例外もあって、優馬と関わりが深い雫や葵などには簡単に見破られていた。
はぁ……もう、お兄ちゃんは一体何をしに行ったんだろう。かなり焦った様子だったけど…………もしかして、また危ない事なのかな?毎回毎回お兄ちゃんと別れる度、茉優はそんな不安に襲われる。
茉優の中でお兄ちゃんが大怪我をした時の記憶が思い出される。あの時は気が狂いそうなほど、心が締め付けられた。もうあんな悲しい思いなんてしたくない。だからつい心配してしまうのだ。
まぁ、お兄ちゃんの婚約者の頼りになる夜依さんが一緒にいるから大丈夫だとは思うけど。
──それで、今は見ず知らずの人とダンスを踊っている。だけど正直茉優はうんざりしていた。
それに踊るんだったら、お兄ちゃんと踊りたいのになぁ……
なんて愚痴も吐きたい。声には出さないけど。
後で沢山褒めてもらわなきゃ、割に合わないな。
優馬に後で何をして貰おうか、頭の隅で考えながら茉優は任されたの役目を真面目に全うするのであった。
☆☆☆
俺と夜依は校舎を全速力で駆け上がる。
絶対に頭を縦に降らなかった夜依は、俺に同行するという事と月光祭の俺の役割を一時的に妹の茉優に任せるという事の2つで何とか納得して貰えた。
「──それでゆーま。目指す場所は決まってるの?」
走りながら夜依が聞いてくる。ただ闇雲に走っている訳では無いと分かったのだろう。
「あぁ、目指すは屋上……大地先輩の所だ!」
梵 愛葉が屋上に向かっているという確証は無いのだが、俺達が屋上の手前で待ち構えていれば大地先輩と梵 愛葉が出会う事は無くなる。それさえ出来れば万々歳だ。
“大地先輩”という名前を出してすぐに察してくれたのだろう。夜依の表情が強く引き締まった。
昨日のうちに夜依だけには莉々菜先輩は悪い人では無かったと説明済みなので、梵 愛葉の危険性が十分に分かっている。
トラウマを克服した大地先輩を見て梵 愛葉が何をしでかすか分かったものでは無い。早々に身柄を確保し、大地先輩から少しでも遠ざけなければな。
間に合ってくれ……そう願いながら、暗闇の廊下を俺と夜依は走るのであった。
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